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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-22.Wrath/或る信仰者の墜天
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22-(7) 着席、末席

 再び彼が現れた時は、彼らの最期の時。

「……? 神父様!」

 その日も住民達は、相次いだ事件の不安から教会を訪れていた。救いを求める為に、一心

に祈る。だがそこに現れたのは、他でもない来栖だった。

「──」

 しかし様子がおかしい。

 彼の存在に一人また一人と気付いて振り返った住民達だったが、程なくしてこの異変に気

付いて近寄ろうとする動きが止まる。

 ここ暫く臥せっていたという話から、以前よりやつれているのは仕方ない。だが彼はこの

教会に住み込んでいる神父であり、姿を見せるなら住居を兼ねる奥からの筈だ。

 それに、後ろに二人は誰だ? 何よりも、自分達を見る彼の眼が明らかに以前とは違う。

まる憎しみのような、激しい感情に燃えた眼をしているような……。

「神父、様?」

「一体どうなされたので──」

 怪訝に思い、何人かが意を決して近寄り、訊ねようとした。

 その瞬間である。来栖は不意に懐から何か──短銃型の装置を取り出し、銃口をこちらに

向けると、燃える敵愾心のままに引き金をひいたのだった。

 現れたのは……怪物。赤銅の肌に擦り切れた僧服を纏った、三面六臂の怪人だった。

「ひぃ!?」

 或る者は恐怖で引き攣り、或る者は腰を抜かしてその場に倒れ込む。

 何が、何が起きた? 混乱し、悲鳴を上げる礼拝堂内の住人達。

 そんな彼らへとゆっくり近付いていきながら、三面六臂の怪人はデジタル記号の光から生

まれた剣や槍、弓などの武器をめいめいの手に握り締め、次の瞬間先ずこちらへ近付こうと

していた住民数名を地面を蹴ると同時に斬り伏せた。

 がっ……?! 赤く激しい飛沫を撒き散らして、一瞬の内にこの数名が倒れ込む。

 絨毯や石畳に転がって動かなくなった同胞。住民達の悲鳴は更に激しく、切迫したものと

なり、てんでばらばらに逃げ出してゆく。

 だがここは礼拝堂。空間も限られていれば長椅子や祭壇など、障害物も少なくない。

 或る者は壁際に追い詰められ、或る者はこれらに足を取られて転び、その隙を容赦なく突

かれて殺された。斬り、刺し、撃ち。白と藍のタイルを基調とした堂内は、瞬く間に、幾つ

もの皮袋から噴き出す赤色で塗りたくられていく。

「……」

 来栖はその間も、じっと引き金を握り続けていた。眼は細められ虚ろで、害意の感情しか

表出しない。そんな彼と彼の呼び出した三面六臂の怪人を、ゴスロリ服の少女と高級そうな

スーツの男は、入口の縦枠にもたれ掛かったまま満足げに見物し続けている。

「ぐびゃッ?!」

「ぎ……ぎゃばッ!!」

 形振り構っていられなくなったのだろう。中には近くの椅子や祭具を手当たり次第に投げ

つけ、何とか追い払おう逃げようとする者もいた。

 しかしそれらも結局は無意味──次の瞬間、カッと目を見開いた怪人の力によって目に見

えない壁のようなものに押し返されると、そのまま潰れてしまう。

 只々殺戮だけが実行された。来栖は誰一人として、ここから彼らを逃がす気はなかった。

 ……清算する。この教会で祈った日々を無にする。祈られた日々を無かったことにする。

 何も救わなかった。何も救えなかった! 全ては彼らの、自分の、人間という生き物が孕

む怠慢さ故だ。それ故に、彼女達は失われた。お前達など祈るに──救うに値しない!

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 殺し尽くすのに、そう時間は掛からなかった。堂内が静まり返った頃には全ては終わって

おり、何十人ものかつての信徒──住民達だった赤黒い肉塊が辺り一面に転がっているだけ

である。

「お見事。初めての繰りハンドルにしては中々のものだ」

「私達の見込みは間違っていなかったようね。喜びなさい? 貴方には素質がある」

「……いや、まだだ。まだ壊し足りない。苛々が、私の中の苛々が、治まらない……!」

 その、次の瞬間だったのだ。

 高級スーツの男とゴスロリ服の少女からの賛辞にも、来栖は満たされていなかった。憎悪

に満ちた瞳で喉元を掻き毟り、肩越しに彼らを見遣って訴えようとする。

「──いや、もうその必要はない。用なら済んだ」

 振り向いたその隙を突かれていた。来栖は他でもない、自身が呼び出した三面六臂の怪人

の手によって背後から胸を刺し貫かれ、激しく赤をぶちまけた。ガッ……?! 口からこの

傷口から、あらゆる穴から鮮血を吐き出し、来栖はゆっくりと震えながら振り返る。何故?

怪人を見たその眼は、あたかもそう問うているかのようだった。

「案ずるな。君の憤怒は、私が引き継ごう」

 握った刀剣を引き抜き、どうっと来栖がその場に崩れ落ちた。どくどくと赤い血だまりを

広げながら、静かに冷たくなってゆく。

「実体、手に入ったのね」

「ええ。これだけの数の存在を抹消すれば、嫌でも影響力ちからを得られる」

 三面六臂の怪人は、そのまま予めプログラムされたかのような動作で倒れ伏した来栖から

短銃型の装置──改造リアナイザと装填されたデバイスを回収すると、ずぶずぶと自身の身

体の中へと取り込んだ。実体化しんか完了である。ゴスロリ服の少女の問い掛けにも、この怪人は

垣間見せる牙と共にすっかり余裕を獲得していた。

 かくして、教会内は真に皆殺しとなった。

 来栖の握っていたリアナイザを取り込んだ怪人は、デジタル記号の光に包まれ、その姿を

他でもない来栖そのものに変える。薄眼鏡の神父姿──人間態へと落ち着いたのだ。ゴスロ

リ服の少女と高級スーツの男が、陰のある微笑みを向けて言う。

「後始末の方はこっちに任せておいて?」

「そしてようこそ。我らが蝕卓ファミリーへ」


「──そうですか。トレードは斃れましたか」

 ポートランドの地下空間に広がる、長い秘密の通路を行く。

 ラースは道中、サーヴァント達からの報告を聞き、そうさして驚きもせずにごちた。

 彼が直接戦闘に向かない個体であることは、とうに把握している。故に今回の真の目的は

この戦いで守護騎士ヴァンガードを公の眼に曝すことだった。自分達の前に立ちはだかる彼は十中八九、

何かしらの組織の後ろ盾がある。これまで何度となく刃を交えてきたというのに、その尻尾

をこうも出したがらないということは、向こうもその存在を知られては困るということ。真

偽はともかくとして表に引っ張り出しさえすれば動き難くなるし、こちらも討伐がし易くなる。

 ……忌々しい。この“憤怒”の名を与えられたアウターはカツカツと歩を進めながらも、

また自身の内側で渦巻くエネルギーの躍動に眉を顰めていた。

 突き当たりの大扉の前に立ち、懐から取り出したカードキーと暗証番号でこれを開ける。

 中には薄暗い中に点々とランプを灯す巨大なサーバー群と、その半階下の円卓に陣取る者

達の姿があった。

『──』

 一人は柄の悪そうなチンピラ風の男。一人は特大のコーラを既に何本も空けている肥満の

巨漢。一人はゴスロリ服の少女で、一人は黒スーツに身を包んだ寡黙な青年だった。

 加えてサーバー群の前には、彼らの主たる痩せぎすの白衣の男・シンと──。

「これは珍しい。貴方も来ているとは。プライド」

「ああ。俺達も最初びっくりしたんだけどな」

「ふふふ。今日は他でもない、彼からの要請なんだよ」

 チンピラ風の男がわざとらしく肩を竦め、シンが不気味に微笑む。

 そこには普段中々顔を出せない、彼ら蝕卓ファミリーの一角を占める者がいた。

 高級そうなスーツに身を包んだ鋭い目の男──飛鳥崎中央署警視・白鳥涼一朗だった。

 皆に促され、視線を受け、フッと彼は嗤った。黒スーツの青年──黒斗がじっと密かに横

目にその様子を窺っている中で、彼は流れるような所作で本題に入る。

「是非、皆に紹介したい者がいる。“七人目”の候補だ」

 パチン。言って白鳥──プライドは軽く指を鳴らして合図した。カツンと、それに合わせ

て暗がりの一角から、こちらへ近付いて来る人影がある。

「……」

 シン及びラース以下、蝕卓ファミリー一同が一斉に視線を向ける。

 現れた人影。暗がりに隠れた何者かの姿。

 しかしそこから覗く両の眼光は、間違いなく並々ならぬ鋭さを宿していた。

                                  -Episode END-

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