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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-22.Wrath/或る信仰者の墜天
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22-(6) 堅き巨人の手

「嘘……だろ?」

 夜闇の外に響いた咆哮。変貌したトレードの姿に、仁以下新参メンバーを中心とした面々

が特に驚愕する。

 だが勿論の事ながら、敵はそう悠長に待ってくれる筈もない。次の瞬間、この暴走態──

トレースの大狗は睦月達に向かって大きく前脚を上げ、叩き付ける。それだけで一同は巻き

起こる風圧で吹き飛びそうになり、かわすのに精一杯で、ビル全体も轟音を立てながら大き

く軋んだ。

「み、皆人。これって」

「ああ。法川晶の時と同じだ。奴め、潜伏している間に同じ者を受け取っていたか」

 舞い上がる粉塵とぐらつく足場。間一髪の所で回避した仲間達を横目に確かめながら、睦

月は大きく後退りつつ、クルーエル・ブルーと同期した親友ともに問う。

 皆人も同じことを考えていた。見上げるそれは、かつて自分達が遭遇したアウターの暴走

形態。周囲の被害など顧みず、ただ敵を叩き潰すそれだけに特化したもう一つの姿。

「どうしますか?」

「どうするのも何も、こんなデカブツどうやって倒せってんだよ……?」

 逡巡する睦月達。だがその間にもトレースの大狗は眼下の一同を見つけると咆え、前脚を

払ってこれを吹き飛ばそうとした。寸前で姿勢を低くする睦月達。しかし一方でその風圧を

避け切れなかった仲間達が大きくバランスを崩し、空中に投げ出される。「危ない!」寸前

の所で冴島のジークフリートが流動する風の身体を伸ばし、彼らを引き戻した。一歩間違え

ればそのまま地上へ真っ逆さまだっただけに、コンシェルの同期越しに彼らはがっくりと床

に膝をついて息を荒げている。

「くそっ! とにかく攻撃だ!」

「とにかく撃ち込め! これだけ的がデカいんだ、外しはしない!」

 誰からともなく隊士達が、一斉にそれぞれ同期するコンシェル達の大技をこの巨体目掛け

て放った。大型のエネルギー弾や散弾、炎に冷気に電撃、回転する錐など。

「──」

 だが当のトレースの大狗はけろっとしていた。痛くも痒くもないといった様子で、ただあ

っという間に四散していく彼らの攻撃を浴び、牙を剥いて睨みつけている。

「効いて……ない?」

「だ、駄目だ! 身体が大き過ぎて威力が追いつかない!」

「怯むな! 撃って撃って撃ちまくれーッ!!」

 絶望する。されどここで自分達が退けば、一体誰がこの化け物から街を守るというのか。

 隊士達や仁、國子、冴島らが引き続き一斉攻撃を開始する。双頭の巨体に繰り返し繰り返

し幾つもの爆風が飛び散るが、やはり仰け反る様子すら見せない。

 ……そんな時だった。バババとこちらへ近付いて来る耳障りな機械音が数個。

 ヘリだった。保護色も何もなく、ただ近付こうか近付くまいかと旋回を繰り返している姿

を見る限り、報道のヘリか。

 おい、馬鹿──。思わず誰かが口にしようとしたが、もう遅かった。次の瞬間、トレース

の大狗が闇夜の中の自身を撮ろうとする彼らの存在に気付き、大きく開いた二つの口から炎

弾を放ったのである。

 爆音。一発は機体のど真ん中に当たり、もう一発は傾いた瞬間のプロペラを捉え、この報

道ヘリはそのまま為す術も無く炎上しながら真っ逆さまに落ちてゆく。

「……何てこった」

「やべぇぞ。もうこいつ、見境なしだ」

「こ、こんなのが地上に降りちまったら……」

 そうしてトレースの大狗が再びこちらを見、雄叫びを上げて前脚を叩き付ける。再び轟音

と共にその足元がへしゃげ、ビル全体も更に軋んで無数の破片を落とす。

 とばっちりを──逃げ惑うのは地上の人々だ。件の屋上で何かが起き上がったように見え

て程なく、繰り返し激しい揺れが襲い、上空から幾つもの炎の塊と瓦礫がまるで雨霰のよう

に降り注いでくる。

 消火活動、救助活動に奔走する隊員達さえも散り散りに逃げ回った。ビルの入口で押され

押し返されをしていた内部バリケードの別働隊と当局の突入班も、それぞれ崩壊の進む頭上

に恐れをなして悲鳴を上げ、縮こまる。

「拙いぞ……。このままじゃ俺達よりも先にビルがぺしゃんこだぜ」

「そもそも私達が無事で済むとは。地上の被害が、更に甚大になってしまいます」

 元より足元の面積はそう大きくはない。暴れ回り、こちらを追ってくるトレースの大狗の

攻撃に、睦月達は確実に追い詰められていた。コンクリを積み上げた筈の床はとうに大きく

傾き、深くひび割れ、もう立っているのがやっとだ。

「場所が悪過ぎる。どうにかもっと人気の無い場所へ移せれば……」

「で、でもどうやって? あんな巨体、俺達の力じゃ到底──」

「僕がやるよ。皆は、逃げる準備をして」

 だがそんな時である。流石の皆人も作戦を練り直そうとしていたその時、ふと睦月が真っ

直ぐトレースの大狗を見上げたままで言ったのだった。

「佐原……?」

「冴島さん。さっきの風で、あいつを浮かせられないでしょうか?」

「? あ、ああ。最大出力を足元に送り込めば何とか。でもそう長くはもたないよ」

「充分です。お願いします。合図と同時に、僕ごとこのビルから引き離してください」

 怪訝にも答え、しかし決定打にはならないと返す冴島。

 しかし睦月はこれに振り返ろうともせず、既にEXリアナイザのホログラム画面を呼び出

していた。一歩二歩、仲間達の前に進み出る。

「無茶だ、睦月! ここは一旦奴を誘導するんだ!」

『そっ、そうですよ、マスター! この前とは状況が違います。ライノ・コンシェルで貫い

ても地上の人達に──』

「大丈夫。それに、そんな時間を掛けている暇なんてないでしょ? ここで、一撃で倒さな

きゃ、皆が犠牲になる」

 パワードスーツの下で、睦月は眼を光らせながら二人の言葉を撥ねつけた。

 ホログラム画面をタップし、新しいサポートコンシェルを呼び出す。それはこの状況を逆

転させる、起死回生の一手となった。

『ARMS』

『COMPOSE THE IRON』

 銃口から飛び出した光球は、銀色を宿していた。光球は睦月の右腕から背中を通って左腕

にも及び、その両腕を大きく頑丈な手甲へと変える。

『アイアン・コンシェル……。シルバーカテゴリ……?』

「冴島さん、お願いします!」

「あ、ああ!」

 パンドラがきょとんとホログラム映像の中で小首を傾げた。睦月が大きく腰を落として拳

を握り、冴島とジークフリートに合図する。

 加速度的に、巨大な風が生まれ始めた。それらは崩壊の一歩手前だった屋上を覆い、この

様子に低い唸り声を漏らしていたトレースの大狗の足元にも潜り込み始める。

「チャージ!」

『MAXIMUM』

 そして次の瞬間、睦月は更にこのサポートコンシェルを選択した状態で、必殺の一撃を放

つ体勢に入った。力を込める両腕にバチバチッとエネルギーの迸りが溜まってゆく。皆人ら

仲間達がゆっくりと後退しつつ、彼のこの一手に目を離せないでいる。

 睦月と、トレースの大狗が睨み合い、互いに前のめりになりかけた。その瞬間、睦月はこ

れだと言わんばかりに叫ぶ。

「今です!!」

 同時、地面を蹴った睦月。そしてその背中を追い越し巻き上げるように、ジークフリート

の全力の突風が巨大な竜巻となって吹きすさいだ。

 まさかこんな事をするとは思いもしなかったのだろう。いや、もう相手にそんな冷静な思

考をする能力など失われているのか。

 はたして睦月とトレースの大狗は、冴島が起こした渾身の豪風によってビル屋上の更に頭

上へと巻き上げられた。その距離十メートル近く。前のめりになった所を狙い、僅かな時間

の浮遊ではあったが、この戦いに決着をつけるには充分だった。

(……ここはビル街。周りには無数の瓦礫。“材料”なら、いくらでもあるっ!)

 バッと空中で広げた両腕。その周りには目に見えない引力があった。

 引き寄せられていく。屋上の瓦礫が、地上の瓦礫が次々に引き寄せられていく。屋上から

ふわりと浮き上がった何か──怪物の存在にようやく気付き始めた人々が、筧達が誰からと

もなく夜の空を見上げ、同時自分達の周りからひとりでに無数の瓦礫がそこへと吸い寄せら

れていくのを目撃する。

 仲間達も、その光景に唖然とした。見る見るうちに、睦月の両腕が巨大なそれへと変わっ

てゆくではないか。

 ……いや、厳密には睦月の腕ではない。睦月が装備したあの手甲を中心として、瓦礫達が

巨大な鋼鉄の腕として再構築されていたのだ。

 組成コンポーズ──それがこのコンシェルの特性。

 シルバーカテゴリは金属系、防御力に特化したサポートコンシェル達。だが堅固な防御力

は即ち、高い攻撃力にも転化する。

 トレースの大狗もようやく理解したようだった。獣の眼を見開き、目の前に造り出された

自分よりも遥かに巨大な鋼鉄の腕に驚愕する。

「う、おオォォォォーッ!!」

 メゴッ。そして次の瞬間、雄叫びと共に睦月はその巨大な両手でトレースの大狗を挟むよ

うに左右から手刀を打ち込み、捻じ切ったのだった。隊士ら仲間達総出の攻撃でもびくともし

なかった巨体が、メキメキと不自然にひしゃげて引き裂かれる。

「ガ……ッ?! ゴ、ガアァァァーッ!!」

 破裂した。そして次の瞬間、堅固な攻撃力に耐え切れなくなった大狗の巨体は、三つに千

切れて爆発四散したのだった。ビル屋上、その更に上空で爆ぜた膨大なエネルギーは、風圧

こそ地上の皆を散々に煽りはしたものの、結果として誰も巻き込む事はなかった。あの化け

物が倒された。その事実を理解するまでに、人々はたっぷりと十数秒を経ることになる。

「やっ──」

「やったぁぁ! 倒したぞーッ!!」

「すげー、すげー! あんなデカブツを!」

「あ、ははは……。やっぱり規格外なんだなあ。あいつ……」

 崩れかかった屋上で、仲間達が弾かれたように喜び、互いにハイタッチをした。この一撃

の一部始終を見ていた皆人や國子も、冴島のジークフリートが流動の風で睦月を無事回収し

終わったのを見届けると、ホッと息をついて酷く安堵したようだった。

「やったよ! やったよ睦月君!」

『反応、完全にロストしました。やりましたね。マスター』

「……うん」

 冴島や仁達に抱えられ支えられ、流石に脱力した睦月。

 彼らの喜びは、安堵は、即ち地上の人々もまた同じである筈だった。

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