22-(5) 最小幸福(ミニマム)
壁掛けのテレビに、火の海と化した夜のビル街が映っている。
飛鳥崎東部・藤城邸。一人を除きもう誰一人味方のいなくなってしまった屋敷のリビング
で、淡雪は黒斗と一緒にテレビを観ていた。画面の向こうでは複数の報道ヘリが飛び、しか
しあちこちで上がったままの火の手が故に、下手に近付けないでいる。
『こちら現場、万世通り上空です! ご覧になられるでしょうか? 火の海です! 夜の街
が……炎に包まれています!』
『現場は、まさに地獄絵図の様相を呈しています! 突如として起こった謎の連続爆破から
二十分以上が経過しましたが、未だ消火活動は間に合わず、被害も広範囲に及び、我々報道
班も地上からでは近付くことができず──』
その直後だった。上空から決死のレポートをしていた彼女らの少し後方を飛んでいた別の
報道ヘリが、突如として爆音を上げて粉々になったのだ。
誰の目にも明らかだった。犯人に撃ち落されたのである。
機内ではその轟音に思わず後ろを振り向き、呆然と固まってしまった女性レポーターの姿
が映っている。暫く言葉が出なかったのは他のクルーも同様だったが、それでもこの目の前
で起きた出来事を伝えるよう、マイク外から呼びかけている様子が確認できる。
だが彼女は、画面から見てちょうど奥へと振り向いたまま、震える身体を止める事ができ
なかった。一歩間違えれば自分達が狙われていた事実と、文字通り消し飛んだ同胞。そんな
すぐ背後で放たれた一撃に恐怖しない訳がない。
「……黒斗。これって」
「ああ。間違いなく同胞だろう。随分と傍迷惑な暴れ方だ」
ソファに座る淡雪は、暫くの間絶句していた。それでもごくりと息を呑み、傍らに控える
執事の黒斗──かつて自身が召喚したアウターに、確認するように問うた。一方で黒斗当人
は彼女を見るでもなく、じっと画面に目を遣って渋い顔をしていた。言葉通り、悪目立ちが
過ぎるという意味なのだろう。
先日、守護騎士打倒の為に“蝕卓”が召集した刺客達。話によればその後内二人は返り討
ちに遭い、残り一人は逃亡したという。
おそらくはその最後の一人なのだろう。ラースが一体何を吹き込んだのかは知らないが、
追い詰められて発狂したといった所か。刺客という割には案外肝の小さい──浅慮な者であ
るらしい。
案の定というべきか、個人的には安堵するべきか。
黒斗は内心、そう複雑な心境でこのニュース映像を見ていた。
手段としてはあまりに粗雑過ぎるが、これも守護騎士を誘い出す為なのだろう。蝕卓とし
て動きがない以上、この暴走も計画の内か。……少なくとも、それでも彼は止めに駆けつけ
るのだろうが。
「ねえ、黒斗。本当に彼らに話さなくてよかったの? そもそも私達があの子の正体を報せ
なかったから、こんな事になったんじゃ……?」
「……それとこれとは話は別だ。互いを売らない。そういう約束だった筈だ」
不安げにこちらを見上げてくる淡雪。黒斗はそこでようやくちらっと、位置関係上見下ろ
す形で、彼女を見遣って言った。
淡々と。その話し方は静かで付け入る隙がなく、主人である淡雪にも遠慮がない。
だが、当の彼女は「そうだけど……」と特に気にも留めず、しゅんとただ眉根を下げるだ
けだった。そもそもに、これが二人の本来の姿なのだ。二人っきりの時は主従の垣根などは
必要とせず、もっと親密なそれへと装いを解く。
「それに、あの同胞の暴走についてお前が気を揉むということは、私達という存在の暴力性
に屈するということだ。こじつけても、何の利益にもならない。お前は、お前の幸せを考え
ていればいい」
「……。うん……」
ぽすん。ソファの肘掛け越しに、淡雪が頭をこちらに預けてきた。その表情は不安に圧さ
れてくしゃっと哀しげになり、今にも泣きそうである。
たっぷりの沈黙。やがて黒斗は黙ったまま彼女の頭にそっと手を乗せ、撫でた。艶々の黒
髪が掌の中に流れる。フッと、それだけで淡雪は少なからず安堵しているように見えた。
「……」
全く。どうして我が同胞達は、こうも極端で節度を知らないのだろう。
黒斗はもう片方の手でそっと懐から自身のデバイスを取り出し、目を落とした。そこには
既に、ビルの屋上を撮った画像──巨大な黒い怪物の影がアップされていた。




