22-(4) 禍夜の外
「──んぅ……?」
時を前後して。海沙は着信を告げ始めたデバイスの音で目を覚ました。
全身をふわっと包む感触がする。仰向けの背中も大きく受け止められていて……どうやら
自分はベッドの上にいるようだ。
(ここ……私の部屋……?)
そしてまだ頭はぼうっとしていたが、程なくしてここが見慣れた場所だと分かる。
しかし妙だ。今日は新生電脳研の創部パーティーが開かれ、皆で学園に泊り込みで遊び明
かす予定だった筈だ。予め学園側にも許可を取ったし、家族にそう伝えてある。
にも拘わらず、自分は今家に帰っており、眠っていた。誰かが送ってくれたという事なの
だろうか? 確かに皆で飲んで食べて、お喋りしてゲームして、その後の記憶があまりはっ
きりと残ってはいないようだが……。
「……っと。それよりも」
そう疑問は浮かんだが、それよりも先ず海沙は自分を起こした着信に応えることにした。
ベッドから這い出し、うつ伏せに身を捻ってヘッドボードの棚に置いてあったデバイスを
手に取る。薄暗い部屋の中、画面を見てみれば、相手は宙だった。その名前を見て妙にほっ
とした自分を自覚しながらも、海沙はちょこんとベッドの上に座り込んだまま、画面をタッ
プして通話に出る。
「もしもし」
『あ、もしもし? よかった。起きてたみたいね。……というか、起こしちゃった?』
「うん……。でも大丈夫。こんなことになってたなら早く起きるべきだったろうし」
『そっか。じゃあそっちは、まだおばさん達に何も訊いてないのね? うーんと。ざっくり
状況を説明すると、思ったより皆が疲れて寝ちゃうのが早くって、皆っちが気を利かせて私
達を家まで送ってくれたって話らしいんだけど……』
「だけど?」
二言三言、やり取りをしてから宙が言う。やはり大方そんなことだったか。しかし電話の
向こうの親友は、どうも煮え切らない言い方をする。
『だって、勿体無いじゃん? 折角一晩泊まってもいいように学園に許可も取ったっていう
のにさあ。あたし達が疲れて寝ちゃってても、今日くらいは部室でもよかったのにさ?』
「うん……。そうだね……」
『それに何より、どうも睦月の姿がないのよ。てっきり一緒に帰って来たんだと思ってたの
に、家の中は真っ暗。電話しても返事すらないのよね。パンドラがいるんだし、気付かない
筈はないと思うんだけど……』
海沙は目を瞬き、ベッドから起き上がった。降りて自室の窓際まで歩き、カーテンを開い
て隣──つまり睦月の家を確認する。
見れば確かに家の中は明かり一つ点いていなかった。最もそれ自体は、彼が実質一人暮ら
しであることもあって珍しい訳ではないのだが、如何せんここ暫くの当人の挙動を考えると
不信感が勝る。
「寝てるって訳じゃあ……ないのかな?」
『あたしもそう思ったんだけどねえ。でもお父さんやお母さんに訊いてみたら、あいつが帰
って来た所は見てないって言うのよ。もしかしたら三条の人達があたしらを送ってきた時の
出迎えやら何やらで、見逃してた可能性もあるにはあるけどさ』
「……」
だからこそ一つまた一つと互いに疑問を、可能性を潰していく先にあるのは、やはり幼馴
染が任されたというあの役目のこと。
「三条君ん家の、お手伝い?」
『多分ね。でもおかしいじゃない。何で今日って日まで、パーティーを切り上げてまで出て
行かなきゃいけない訳? パンドラのテストって、そんなに大事なの?』
「……」
その実、自分に向けられた言葉ではないことくらい解っている。
だがそれでも親友の声色は、聞くこちらも気持ちがキュッと固くなってしまう程にピリピ
リと甲高かった。鋭利さを増していた。
海沙は半ば無意識にしゅんと眉根を下げる。少なくとも今、彼女に対する否定材料を自分
は持ち合わせていない。現在進行形の事実を積み上げれば、自ずと生じる違和感──不信感
を払拭できない自分がいる。
パーティーを切り上げて送ってくれたのは、あくまで厚意。
その空いた時間を使ってパンドラの運用テストに出掛けたのは、あくまでついで。
そう考えることもできた。そうであって欲しい。だが電話の向こうの親友は、すっかりそ
んな楽観説を棄ててしまっているようだ。相変わらず自分達を除け者にしてまで何かこそこ
そしている。その事実が、選択が許せないとでも言いたげに。
『やっぱりあいつら、何か隠してる。今日だけでも……なんて言えないよ。これじゃあ』
「……うん」
自分もまた思う所があったからだろう。海沙は結局、ご機嫌斜めな宙を最後まで宥める事
はできなかった。
部屋の中から外の暗がりを眺める。窓ガラスに不安げな自身の姿が映る。
睦月は、皆人達は、一体何処へ行ってしまったのだろう?




