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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-22.Wrath/或る信仰者の墜天
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22-(2) 追い詰めしもの

「出て来い、守護騎士ヴァンガード! てめぇが面を出すまで暴れ続けるぞーッ!!」

 ビルの屋上に陣取っていたのは、レンズ甲のアウター・トレースだった。

 有り体に言ってしまえば、彼は自棄が故にこのような暴挙に出た。相棒であるジャンキー

やストームが次々に倒されてしまい、彼は一人生き残った。にも拘わらず自分達を呼び出し

た当の蝕卓ファミリー──ラースからは最後通牒を突き付けられ、二進も三進もいかなくなってしまっ

たのだ。

 彼、トレースの能力は入れ替え。両掌のレンズに映した物体同士の位置を瞬時に逆転させ

ることができる。

 だがそれ自体に攻撃力はない。トレース自身、自らはあくまで誰かをサポートすることで

最も力が発揮されるタイプだと理解していた。それ故に、ラースからの通告は事実上の切り

捨て宣言に等しかった。あの二人がサシで戦って勝てないような奴らに、自分が勝てるなど

思えなかった。

 ……だからこそ、トレースは自棄に走るしかなかった。

 戦っても勝てる見込みは低い。されど与えられた任務を放棄すれば、蝕卓ファミリーから正式に追討

命令が下るだろう。もう自分に、安穏と自由気ままにこの世界を生きることのできる余裕は

失われていた。

(あいつのせいだ……。守護騎士ヴァンガードと、あのマント野郎のせいだ。あいつらさえいなけりゃ兄

貴達が死ぬことはなかったし、おいらもこんな目には……)

 怪人態のまま、両手の五指からエネルギー弾を放つ。

 戦闘向けではないとはいえ、その身は実体を得た進化体の一人だ。眼下の街に撃ち込まれ

る弾丸の大きさも破壊力も、サーヴァント達の比ではない。

「お前らじゃ……ねえよッ!!」

 バババババッ。途中、偵察の為か突撃の為か飛んできた大型のヘリを、逆ギレのように叫

んで撃ち落す。雨霰とエネルギー弾を叩き込まれ、機体は炎を上げ、きりもみしながら眼下

の街へと墜落していった。爆音が響き、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う姿が見える。

「ははははは! そうだ……逃げ惑え。こんな街、おいらがまとめてぶっ壊してやるよ!」

「止めろぉぉぉッ!!」

 ちょうど、そんな時だった。はたとトレースの背後から猛然と迫る声があった。

 ピクッと反応してトレースは振り返る。そこにはホークのコンシェルに換装し、空を飛ぶ睦月

──守護騎士ヴァンガードと、鋼の白馬──仁のチャリオッツデュークに乗った冴島のジークフリートら、

リアナイザ隊の面々が同期したコンシェル達の姿があった。

「やっぱり、あいつの仕業だったのか」

「や、やばくないか? 下、火の海だぜ?」

「ひでえな。滅茶苦茶しやがる……」

「……僕のせいだね。あの時、捕らえ損ねたから……」

「いえ、あの判断は間違っていませんよ。今更悔いるよりも、先ずは目の前の敵を倒すこと

に集中しましょう」

 ビルの屋上に、睦月とグレートデューク、ジークフリートにクルーエル・ブルー、同じく

隊士らのコンシェル達が着陸し、勢揃いした。既にめいめいに武器を抜き放ち、臨戦態勢は

整っている。ニタリ。トレースはさも哂うように小首を傾けながら一歩二歩と進み出た。そ

の指先からは、ついさっきまで弾丸を撃っていた証たる硝煙が上っている。

「……やっと来やがったか。遅ぇよ。待ちくたびれたぜ……」

 ククク。肩を震わせながら笑うトレース。

 その姿は以前会った彼とは随分と違っていた。自信? いや、これは自棄と言うべきか。

パワードスーツの下で、睦月は沸々と怒りを溜めている。

「……許さない。関係ない街の人達を、あんなに巻き込んで。今夜ここで、お前を倒す!」

「はん! それはこっちの台詞だ! 何もかも、全部お前らのせいなんだよ!!」

 そして二人のその叫びが、早速戦いの合図となった。

 再びトレースが五指からのエネルギー弾を放つ。睦月は跳んだ。通常形態に戻ったデュー

クが盾を掲げ、他の皆を守る。スラッシュ! コールし、握り締めたEXリアナイザを刀剣

モードに切り替える。

「睦月、短期決戦だ! もう辺りは騒ぎになっている。打ち合わせ通りビルの突入口は別働

隊が押さえてくれているが、長くは持たないだろう。俺達がサポートする。全力でやれ!」

 指弾を打たせまいと一気に近接した睦月の背へと、クルーエル・ブルーと同期した皆人の

声が飛ぶ。皆が一斉に攻撃を打つ構えを取った。分かってる! 睦月もまた、怒涛の剣撃で

もってトレースを押し、これ以上被害を出させない。

「こ、こちら突入班!」

「扉が開きません! どうやら、内側から塞がれているようで……」

『何だと!? ……くっ、止むを得ん。破壊を許可する! 時間がない、押し通せ!』

 一方で皆人の言葉の通り、リアナイザ隊の別班が、一足先にビルの内部に進入してその出

入口にバリケードを作っていた。言わずもがな、自分達以外の当局者らがここに突入してく

るのを防ぐ為である。

 地上の突入部隊の面々が、無線で上官達に指示を仰いでいた。通信の向こうの彼らはその

報告を聞いて深く眉根を寄せたが、すぐに命令を飛ばす。彼らも彼らで、必死にこの街を守

ろうとしている。

「どっせいッ!!」

「貫け、クルーエル・ブルー!」

「炎は……目立つな。だったら……!」

 睦月の斬撃の間を縫うように、仁や隊士達がトレースに斬り込んでいった。クルーエル・

ブルーの伸縮自在の小剣が更にこれを突き、風と化して流動するジークフリートの身体が煙

幕を兼ねながら皆の攻撃を援護する。

「ぐぅっ!? 畜生、次から次へと……!」

 そしてまた仲間達の隙間を縫い、睦月の剣が。トレースの身体は何度となく激しい火花を

散らしてダメージを受ける。

 大きくグラついて、トレースは憎々しげにこれらを睨んでいた。指弾を放とうとも、両掌

の能力を使おうとも、その寸前にことごとく阻まれる。宣言の通り、一気に自分を叩き潰す

つもりなのだ。

「ッ、舐めるんじゃ……ねぇ!!」

 だがそれでも意地があった。跳び込み、四方八方から攻撃してくる隊士らの一人をゼロ距

離からの指弾で吹き飛ばし、一瞬できた隙を見て能力を使おうとする。

「──」

 しかし、その瞬間だったのである。

 直後、伸ばしたトレースの右手を奔る一閃があった。彼自身がそれを受けたと理解するよ

りも早く、手首から上が飛ぶ。目の前のくるくると回転しながら浮かんでいく自身の片手を

目に映して、一瞬世界がスローモーションになったように感じる。

「き……。貴様ァァァ!!」

 國子だった。彼女が同期する、ステルス能力を持つコンシェル、朧丸だった。

 何もなかった筈の空間から突如として現れた彼女の、奇襲の一閃。トレースの右手はざっ

くりと斬り落とされてコンクリートの地面に落ち、やがてデジタル記号の粒子を蒸発させな

がら少しずつ消え始める。

「……お前の能力は既に分析済みだ。その両手のレンズに映した物同士を、入れ替えるんだ

ろう? 以前の戦いで拳ではなく、足技を主体にしていたのはその為だ。片手を失った今、

もうその厄介な能力は使えない」

 手首の切り口も同じく、シュウシュウとデジタル記号の粒子を蒸発させながら。

 激昂したトレースに対し、皆人──クルーエル・ブルーは対照的に淡々と語った。元より

策の内だったのだ。たとえジャンキーやストームに比べて直接的な戦闘能力が劣っていると

しても、相手はアウター。危険性は最大限排除しておきたい。

「とどめだ!」

 チャージ。睦月がEXリアナイザにコールし、デュークが手にする突撃槍ランスを発光させて力

を込める。クルーエル・ブルーも朧丸も、ジークフリートや隊士達もそれぞれ必殺の一撃を

放つ体勢を取り、取り囲んだビルの屋上に幾つもの輝きが生まれる。

「……フッ。ふふふ……」

 にも拘わらずだった。次の瞬間、トレースは何を思ったのか突然狂ったように笑い始めた

のである。

 とうとう頭がおかしくなったか? いや、自棄になってた時点で似たようなものか。

 思わず仁達がその様子に戸惑う。僅かだが、一瞬攻撃を放つタイミングが遅れた。

 しかしそれが決定的だったのである。トレースはニィッと嗤い、残った左手である物を取

り出した。掌に収まった小さな部品──黒いチップ。それを見て睦月が、皆人や國子がサァ

ッと血相を変える。

「ッ!? あれは──」

「拙い、止めろ!」

 だが叫んだ時にはもう遅かった。トレースは文字通りこのチップを自らの身体に刺し込む

と、狂ったように笑った。チップはずぶずぶとまるで生き物のように彼の、アウターの実体

に潜り込み、内部からその姿形を瞬く間に膨張・破裂──激変させていく。

「はははっ! ……もういいや。何もかも、お終いだあ……」

 未知の感覚に苦しみながら、しかし瞬く間にその膨張に呑まれていったトレース。

 睦月達は思わず大きくこれを見上げた。この追い詰められたアウターは、更に自暴自棄と

なり、隠し持っていた奥の手に手を出してしまったのである。

「オオッ……。ヴォ、オオオオオオーッ!!」

 その姿は、はたして暴走態。

 本来とはまるでかけ離れたように禍々しく膨れ上がったその巨体は、二つの顔を持った、

黒く獰猛な狗の化け物へと変貌を遂げたのである。

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