22-(1) 知らぬ大勢(ものたち)
夜の飛鳥崎を、またもや災いが包んでゆく。
この日市内に厳戒態勢が敷かれた。突如として大規模な爆発が相次いだからだ。
まさか、テロか──!? 現場となったビル街は程なくして大混乱に陥っていた。激しく
くすぶ炎と巨大な瓦礫の、地獄絵図と化していた。
逃げ惑う人々。けたたましく響く消防や警察車両のサイレン。
本署からの緊急連絡を受け、筧と由良も現場に駆けつけていた。同僚達と合流しつつ、破
壊されたビル街のありさまに暫し呆然と立ち尽くす。
「こいつは……酷い」
「おい。一体何があったんだ? 何処のどいつだ?」
「わ、分からん。俺達も連絡を受けて慌てて来たもんだから……」
「どうやら何処かから攻撃が飛んできているらしい。今、ヘリ隊が出動して犯人の位置を特
定してる」
市民も当局も、筧達が駆けつけた時にはまだ打って出ることさえ出来ていなかった。
夜闇が拙い。ネオンの灯は方々に点いているにせよ、このビル群の中から人一人の姿を見
つけ出すのは困難だ。それ以上に突然の襲撃に遭い、負傷した人々の救護や避難誘導が先で
ある。ボマーの事件を思い出しているのだろう。彼らの横顔は、総じて怯えていた。不安や
怪我でやつれ、弱り切っていた。
「うわっ!? また……」
「チッ、何処から狙ってやがる!?」
慌しく動き回る末端の警官達や救急隊員。
そんな中でも、尚も散発的に爆発は続いていた。轟音が響き、遠くまた別のビルから看板
やら何やらが落下していくのが見える。
筧は一見アトランダムなこれらの爆発を、夜闇の中で点っていく赤を、ぎゅっと眉を顰め
て睨んでいた。由良も遅れてこれに倣う。まるで常識の外だが、相手が動いていないのであ
れば、その射線を辿れば大よその位置は掴める筈である。
(……妙だな)
しかし筧はこの時、周りの警官達とは大分違った感慨を持っていた。
当局による厳戒態勢と、周辺への交通規制。
理由は明らかだ。被害を最小限に防ぎ、拡大させない為。だがそれにしては、上層部の動
きが早過ぎるのではないか?
『総員に通達! “特安”に指定、先ほど本件に対し“特安”指定が決定された。事態は緊
急を要する。犯人の潜伏先を見つけ次第、特殊部隊を投入する。速やかに確保せよ!』
加えて無線から飛んでくるのは、一連の暴挙を続ける犯人に対する“特安”──特別治安
案件。指定対象の即抹殺も止む無しという強力な命令だ。
このままでは被害は益々膨れ上がっていく。ある意味当然の判断かもしれないが……筧に
はどうも早足なように思えた。
……何かある。
筧の第六感、刑事としての直感が、そう頭の中で忙しなく捲くし立てていた。
「兵さん」
そしてそんな感慨は、相棒たる由良も同じだったらしい。
ああ。筧はちらと肩越しに彼を見て小さく頷く。やはり今夜の一件、ただのテロ事件で済
ませるには手に余りそうだ。お互いに、おそらく同じ人物の姿が脳裏に浮かんでいる。
『攻撃地点、特定しました! 最上ビルの屋上です!』
『総員に告ぐ! 現場から市民を避難させよ。これより上空・地上から同時に犯人の制圧を
試みる! 繰り返す、これより上空・地上から同時に犯人の制圧を試みる!』
どうやら、犯人の居場所が掴めたようだ。ひっきりなしにやり取りされる自分達の車両内
の無線から聞こえてきた情報に、筧達はそのビルの方向を見上げる。
高層には眼下の灯りは届かない。そこだけは、まるで切り取られたように闇に溶かした暗
がりが広がっている。
そうしていると、一機の大型ヘリがこのビルの方へ向かって飛んでいくのが見えた。中に
降下部隊が乗っているのだろう。その一方で、地上の面々は休む暇もなく人々の救助に奔走
していた。怒号のように叫び、呼び掛け、まだ周囲に残っている人々を何台もの救急車が入
れ替わり立ち代わり運んで行っては戻ってくる。夜の街に転がった、幾つもの巨大な瓦礫が
見る者に強い違和感を与えていた。
『こちら突入班。目標地点に到達しました! ここからでも、屋上から何かしらの火器が火
を噴いている様子が確認できます!』
『一体、何者なんだ? 対戦ロケットでも持っているのか……?』
上空からだけではなく、地上からも。
あちこちの怒声に交じり、無線から漏れ聞こえてくる声。ただ彼らは、少なからず戸惑っ
ているように思えた。高く頭上を飛んでいく砲火は大きく軌跡を描き、また四つ五つとビル
の一角に着弾する。また轟音が響き、その後止んだ。思わず庇を作っていた手を除け、筧達
はおずおずとその場から視線を上げる。
「……と、突入したのか?」
「どうだろう? だったらもっと抵抗されてると思うが……」
「もしもし、もう始めちゃってるんですか!? まだこっちは避難が──」
戸惑っている者、状況を確認しようとする者。周りにはめいめいの動きを見せる同僚達の
姿があった。筧は由良とちらと互いに顔を見合わせ、眉を顰めた。少なくともこの沈黙は、
風向きの良いそれではあるまい。
「……どうやら、悠長にヒーローを待っている暇はなさそうだな」
小さく呟いた筧。ハッと、由良がその横顔を渋い様子で見つめている。
「? 何だ……?」
そんな時である。
部隊が突入して行った筈のビルの屋上から、何か黒く大きな塊が膨れ上がってゆくのが見
えたのは。




