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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-21.Wrath/或る信仰者の破綻
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21-(7) 爆ぜる

 ──訪ねて来たその男は、酷くやつれているように見えた。

 服装は草臥れて色褪せた紺の上下。フードを目深に被り、人相を隠している。

 最初、男は俯き加減のまま、ぼうっと抜け殻のように入口に立っていた。その日、彼以外

の礼拝者はいなかった。詰め所の窓から男がやって来たのに気付いた来栖は、この薄汚く得

体の知れない人物に内心、訝しげな眼を遣っていたのだった。

「……誰か、いませんか? 話を、させてください……」

 酷く弱々しい声だった。とても衰弱して──いや、何かに怯えているかのようだった。

 どうやら懺悔の希望者らしい。来栖はその言葉を聞き、椅子から立ち上がった。男の顔は

相変わらずフードに隠れてよく見えなかったが、堂内に一歩二歩と進み入るにつれ、見上げ

た頭上に並ぶステンドグラスや祭壇の神像を眺めている内に、少し安堵したとみえる。

「“ご相談”の希望者ですね? どうぞこちらへ」

 本来、告解は洗礼を受けた信者にのみ許されている儀式だ。

 だが霊的なアドバイザーとして相談に乗ることはできる。そもそも神父とは人々の声を聞

き、神の教えとの橋渡しをする存在である。もう少し規模のある所なら事前の予約を受けて

なるべく本人と直接対面しないように配慮すべきなのだが……ここでは仕方がない。

 不審には思ったが、結局来栖は求められるままに男を懺悔室に案内し、仕切りの向こうか

ら彼に語らせた。手元には付箋をした聖書と、小振りの神像が置かれている。事件以来、来

栖の心の中には未だ強い苦しみと怒りが棲んでいたが、人前では努めて微笑を作った。

「……神父さん。俺は……人を殺しました」

 故に、たっぷりと躊躇いの間を置いて紡がれた第一声に、来栖は静かに眉を顰める。

 心が揺れた。だが神父として、いつか巡り合うだろう告白だとは思っていた。いきなり遮

断して説き伏せることはしない。ただじっと耐えて、男自身の口からその全容を聞き出すま

で待つ。

「こ、殺すつもりなんてなかったんだ。運が悪かったんだ! 仕事をクビになって、金が底

をついて、このままじゃ死ぬって思って通り掛かったアパートに忍び込んで金目の物を漁っ

てたら……帰って来たんだよ! あの女とガキが帰って来たんだ!」

「──ッ?!」

 おい。今何て言った? 女と、子供? まさか……。

「逃げる暇なんてなかった。鉢合わせになって、頭ん中が真っ白になった。拙い、顔を見ら

れた。もうお終いだ。このままじゃ間違いなく通報される……。なのにあの女、俺を見た瞬

間、デカい声で叫んだんだ。黙ってりゃあ、まだ逃げるだけで済んだかもしれないに……。

気付いたら俺は……ポケットに入れてたナイフを取り出してた。暴れるそいつと、そいつが

連れてた女の子に、突き立ててた……」

 男は悲鳴を上げんばかりに頭を抱え、叫び、低く唸っていた。脳裏に焼き付いてしまった

その犯行当時の映像きおくからどうしても逃れられず、苦しんでいた。

「……」

 だがもっと叫びたかったのは、来栖の方だった。嫌な予感は的中してしまったのだ。

 犯人。あの母子おやこを殺した憎き犯人が、今自分の目の前にいる。

「どうしようもなかったんだ……。あの時騒がれて、俺の中で何かスイッチみたいなものが

入っちまってた。気付いたら二人は血を流して床に倒れてて、ぴくりとも動かねえ。俺はす

っかり怖くなって血だまりを避けて、あの部屋を飛び出してた。……その次の日くらいだっ

たと思う。あの二人が死んだって皆が噂してて、やっちまったんだと思った。警察も動き始

めてた。今はまだ俺だと分かってねえみたいだけど、近い内にきっとやって来る。そりゃあ

最初は盗みの為に手袋をして、足跡にも注意してたけど、俺程度の頭なんかじゃ絶対何処か

でボロが出る。俺は、殺されるんだ……!」

 にも拘わらず。男は悔いるどころか、怯えていた。ただ自分が犯した罪から逃げ、二人へ

の謝罪の言葉よりも先ず己の保身ばかりを心配している。

「こんな筈じゃなかった! 俺は悪くない! あの時、帰って来なきゃ! 馬鹿みたいに悲

鳴を上げなきゃ、お互いこんな事にはならなかったんだ! ……なあ、神父さん。俺はどう

すればいい? このままじゃ人殺しだ。自首すればいいのかな? そうすりゃあ、少しは軽

くなるのかな?」

「…………」

 感極まった、進退窮まった男の告白。だがそれは懺悔という行為には程遠い。

 来栖は黙っていた。何も言わなかった。ただ俯き加減に陰った顔、視界に映ったある物に

目がいき、まるで吸い込まれるようにそれに手を伸ばすと立ち上がる。

「……神父さん?」

 その異変に、男もようやく気付いたようだった。

 しかしもう遅い。業と罪を背負った両者は出会ってしまい、既に引き金はひかれた。

 キィ。懺悔室の奥の扉が開く。カツ、カツと来栖の靴音が響き、中を回ってこの男の下へ

と現れる。男はゆっくりと目を瞬いて見上げていた。深い深い陰の差した、静かに燃えるよ

うな瞳が印象的な青年だった。

 神父さん? もう一度、男は肩越しに怪訝な声色で問い掛ける。だが返事はない。

 次の瞬間、来栖は手に握り締めた神像を大きく振り上げて──。


 日没後の飛鳥崎市内に、突如として爆音が響いた。すっかり夜闇に溶け、ネオンの光と共

に残り半分の時間を過ごす筈だった街が、悲鳴に変わる。

 轟。爆発に次ぐ爆発。その正体は何処からか放たれ、着弾する攻撃だった。日が沈んで目

が利き難くなっていることも加わり、只々その場に居合わせた人々は叫び、逃げ惑う。

「ひゃはははは! そうだそうだ。泣き叫べ! 逃げ惑え! おいらが全部、ぶっ壊してや

るからよお!」

 怪人態──本来の姿に戻ったトレードだった。彼はとある高層ビルの屋上に陣取り、夜の

飛鳥崎を見下ろしながら、両手五指から放つエネルギー弾を無差別に乱射していた。一度は

闇色に落ち着いていた街の風景が、今や次々に爆風の赤に染め上げられている。

「出て来い、守護騎士ヴァンガードぉ! お前のせいだ。全部お前らのせいだ。お前らが素直に兄貴やス

トームにやられねぇから、こんな事になったんじゃねえかよぉ!」

 その実、自棄糞である。

 刺客達の中で一人生き残ってしまったトレードは、ラースからの詰問と罰に遭い、加えて

最後通牒を突きつけられてしまった。

 守護騎士ヴァンガードを倒す、或いは正体だけでも突き止めねば自分は処分される。

 だが基本、サポート向けの自分の能力だけでは、到底敵う気がしない。少なくともジャン

キーを倒したあのコンシェル使いにすら及ばないのではないか?

 トレードは焦っていた。逃げて逃げて、その末にどうにもならなくなった。再び自分と組

んでくれる同胞を探すことも考えたが、ラースがそんな暇を与えてくれるとは思えない。何

より普段遠方で活動していた自分に、そんな伝手はない。

 詰んでいた。実体を手に入れてからというもの、好き放題に過ごしてきたツケがこんな所

で回ってくるとは。こんな事なら、召集に応じるんじゃなかった……。尤もそうすればそう

したで、蝕卓ファミリーからの制裁が待っているのだが。

「くそう! くそっ、くそっ、くそっ!」

 五指からのエネルギー弾だけではなく、両掌のレンズに映した物同士を入れ替える能力も

使って、建設中のビルからぶら下がっていた鉄骨を転送。無差別に地上へと放り投げる。

 鉄骨は重力に従って落下し、数台の停まっていた車をまとめて押し潰した。人々がまた更

なる攻撃に悲鳴を上げ、逃げ惑う。あまりの事態に警察や消防が動き始めていたが、犯人の

姿も確認できないままでは打つ手がない。

「出て来い、守護騎士ヴァンガード! てめぇが面を出すまで暴れ続けるぞーッ!!」


 遂に現れた最後の一人。司令室コンソールでは警報が鳴り続き、冴島以下リアナイザ隊が直ちに出動

しようとしていた。

 一方で、新生電脳研の創部パーティーもハイテンションの中自然とお開きとなり、睦月達

は外泊許可を取った部室の中でいつの間にかめいめいに寝入っていた。

 そんな中で、デバイスに届く緊急コール。睦月や皆人、國子や仁以下メンバー達は、地下

の秘密基地から伝えられたその報せに思わず表情を引き締め、顔を見合わせる。


 暴発する越境種アウター

 飛鳥崎の街に、睦月達にとり、これまでで最も長い夜が始まろうとしていた。

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