21-(6) 君であって僕でなく
すっかり日が沈んだ後の司令室。その地下基地に隣接した訓練用スペースで、冴島と部下
のリアナイザ隊士達は実戦訓練で汗を流していた。
本来ならばトレースが現れるまで待機する予定だったのだが、現状行方に繋がるような情
報が出てこないこともあり、なら組み手でもしていようということになった次第だ。
「……っ!」
「でやああーッ!!」
それぞれの調律リアナイザからコンシェルを呼び出し、同期した上で戦う。隊士達は冴島
のジークフリートを狙って次々に、四方八方から襲い掛かる。
「っと、ほっ……」
だがそんな不規則に思える攻撃を、冴島は流れるような動きでかわしていた。
虎型コンシェルの鉤爪を長剣の腹でいなしたかと思えば、犀型コンシェルの側面からの大
槌をサッと、半身を捻ってかわす。この両者はそれで同士討ちになった。同時に切っ先は円
を描くように動き、直後襲ってくる巻貝型・梟型のコンシェルを一度に切り捨てる。ステッ
プはあくまでも軽く、更に続く隊士達の攻撃を剣でいなし、後ろ手に打った柄で背後からの
攻撃も難なく返り討ちにする。蟹型コンシェルの大鋏もひょいっと身を屈めてかわし、その
まま身体のバネを使って居合いの要領で斬り抜ける。
「くそっ、当たらない!」
「順番に掛かっていっても駄目だ! 全員で一気に仕留めるんだ!」
すると隊士達も不利を痛感したのか、今度はザザッとジークフリートを取り囲むように陣
形を作り始めた。冴島と同期したマントの剣士がちらっとこれを見、佇む。隊士達がリアナ
イザを握って目を瞑ったままごくりと息を飲み込み、誰からともなくピンと張り詰めた空気
を破るように地面を蹴る。
『──』
ドススッ! 一瞬、ジークフリートは、この一斉に仕掛けてきた隊士達の刃に四方八方か
ら貫かれてしまったかのように見えた。
だが、当の本人は特に痛みを漏らすことなくけろっとしている。そこで隊士達は、この攻
撃が寸前で無力化されたのだと知った。
「手応えが……」
「しまった。この能力──」
「甘いよ! そんな真っ直ぐな攻撃じゃあ!」
轟。気付き、焦ったのも時既に遅く、次の瞬間ジークフリートのマントの下からは激しい
火炎が吹きすさいだ。ジークフリートの、身体を自在に流動化させる能力である。
冴島が叫び、隊士達のコンシェルが吹っ飛んだ。訓練ということで威力もフィードバック
も抑えてあるとはいえ、この衝撃が痛くない筈もなく。
訓練スペースの壁に強かに叩き付けられ、隊士達とそのコンシェルらは、完全に戦闘不能
になってしまった。
「いたた……」
「やっぱり強いなあ。隊長は」
「本当。俺達じゃあ敵わないや」
「数の利を活かす──悪くはないんだけどね。でも僕達が使い、戦うのは、常識の通用しな
いコンシェルなんだ。相手がどんな能力を持っているか? 自分達がどんな能力を持ってい
るか? それらをしっかり把握した上で、常に最適な戦法を採れるようにするのが僕達の仕
事だろうね」
伊達に元・守護騎士の装着予定者ではない。コンシェルの制御能力に関しては、他のどの
隊士達よりも群を抜いている。
模擬戦は冴島の圧勝に終わった。同期でぐでっと疲れた部下達にそうエールとアドバイス
を送り、苦笑いする彼らと一人一人言葉を交わす。ではこれまで! 掛け声と共に解散した
面々はコンシェルの召喚を解き、或いは地べたで暫し仰向けになって休み、冴島もそんな皆
の様子を肩越しに見ながら、一人訓練スペースを後にする。
自分が実際に動いた訳ではないが、疲れた身体を労わる意味でも軽くシャワーを浴びる。
時折手足指先にぎゅっぎゅっと力を込め、異常がないかも確認する。替えのワイシャツと
ズボンに袖を通し、改めて正装へ。他の部下達もめいめいに似たようなもので、ちらほらと
シャワールームから出てくるのが見える。
通路を戻り、司令室の本丸に入った。そこでは今もトレースの行方を追うべく、職員達が
二十四時間体制で、飛鳥崎各地の監視カメラから情報を集めている。
「……」
その一角には香月もいた。いつものように白衣に袖を通し、PCを前に幾つも表示されて
いるデータ群と睨めっこしている。どうやら守護騎士の戦闘データを整理しているようだ。
「お疲れ様です。すみません。本来なら僕も、ここに加わるべきなのでしょうが……」
「いいのよ。気にしないで。貴方はもう、リアナイザ隊の隊長という大役があるんだから」
少し間を置いて冴島が掛けた声に、香月はふいっと肩越しに振り向いて応えた。椅子を回
してこちらに半身向き直り、あくまで平気を装おうとする。
近くまで寄って、分かった。
画面には過去の戦闘データだけではなく、幾つかのコンシェル達のプログラム図面も参照
されている。追加のサポートコンシェル達の最終調整のようだ。実際の睦月の戦い方に合わ
せて、微妙にその出力などを変えているらしい。
「……私達こそごめんなさいね。一度は貴方に押し付けた役目を剥ぎ取ってしまって」
「いえ……。肝心なのは誰がやるかではなく、どれだけできるかどうかでしょう?」
だから次の瞬間、ふいっと苦笑った香月の詫びに、冴島はあくまで微笑で応えようと努めた。
今更気にするようなことでもない。
本当、この母子は同じような事を言う……。
「それにね。僕は思うんです。母親でもある香月さんには悪いですけど、あれが運命だった
んじゃないかって。僕の限界だったんじゃないかって」
「……」
冴島の発言に悪意などない。それはよく解っている。
だがやはり実の息子を戦いの矢面に立たせるのは心苦しいのか、香月は自虐を含んだ冴島
の言葉にも反応は鈍く、ただ静かに苦笑を漏らすだけだった。運命。もしそうだったとすれ
ば、何故それはこうも奇怪で、数奇な存在ばかりを生み出すのだろう……。
「……そうね。これからもあの子を、支えてあげて」
「ええ。勿論です」
この命に代えても。
冴島は一も二にもなく快諾していた。そっと胸元に手を当てて、誓う。
彼女へ言葉にこそしなかったが、それは自分自身にとっての贖罪でもある。もし自分があ
のまま装着に成功していたら、睦月が戦うことはなかった。母子共にこの“運命”に翻弄さ
れることはなかったかもしれない。尤も、それはただの結果論に過ぎないが。
……それにしても、と思う。
何故、自分では結局装着できず、彼はすんなりと成功したのだろう?
適合値が三倍もの差を弾き出したからか? いや、ここで問題にしているのはそもそも何
故そのような人並み外れた値が出たのか、だ。
何もヴァンガードシステムはオカルティックなものじゃない。きちんと科学的な技術を積
み重ねて完成された。その理論がただ、今の世の中には性急過ぎるだけだ。
何か理由がある筈だ。ちゃんとした原因がある筈だ。
しかしそれを彼女に訊くことは、遠回しな難癖になるかもしれない。そもそも彼女自身、
まだよく分かっていないのかもしれないし、判った上で口にしないのかもしれない。
できれば彼女達──この母子に背負わせたくなかった。できる事なら全て自分が代わって
やりたかった。
一体何が必要なのだろう? 次元を超える為には、何が。
いや……。もしもああだったら、という、益体のない考えはよそう。
今はただ、自分のできる事に全力を注ぐのみだ。改めて考え直さなければなるまい。
もう一度彼女の為に、飛鳥崎に生きる全ての人々の為に──。
「ッ!? 大変です、出ました! アウターの反応を確認!」
「北部万世通り方面! 何者かの襲撃あり!」
ちょうど、そんな時だったのだ。突如司令室全体に警報が鳴り響き、監視映像の中からア
ウター出現のデータがピックアップされる。香月と冴島、そして待機していた隊士達が一斉
に顔を上げた。緊張した面持ちで、互いの顔を見合わせる。
「冴島君」
「ええ。出動します。睦月君達にも、すぐに連絡を」




