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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-21.Wrath/或る信仰者の破綻
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21-(4) 仲間だろ

 季節は初夏に入ったとはいえ、夕刻に差し掛かれば茜も顔を出す。

 睦月と仁は、創部パーティーの買い出しを終え、学園へ戻る道の途中だった、両手にお茶

やジュースのペットボトル、お菓子に紙コップなどを詰め込んだビニール袋をぶら下げ、他

愛のない会話をしながら、夕陽が覗く商店街の中を二人並んで歩く。

「その……ありがとな」

「うん?」

 ちょうどそんな道中でのことだった。ふと、会話の合間を見計らうようにして仁が口を開

いたのは。

「本当ならもう電脳研はあの時で終わった筈だった。海沙さんやお前らにも迷惑を掛けちま

ったし、まだ償い切れてもいねえ。なのにまた創り直してくれるなんて……」

「ううん、気にしないでよ。それにお礼なら僕じゃなくて海沙に言って? 海沙が言い出さ

なきゃ僕達も動くことはなかったと思うから。気負わなくていいよ。冴島さんがチームに復

帰したし、普段の警戒はあっちがやってくれてる。皆人も、今日ぐらいはゆっくりしろって

言ってたし」

「……そっか」

 少なからず神妙な面持ちで声を向けてくる仁。だが睦月は、一瞬きょとんとしながらもこ

の友にフッと微笑わらって応えていた。

 後ろめたさを覚えることはない。カメレオンの事件は終わったのだから。何よりその被害

に遭った海沙自身が彼らを赦している。なのに何故自分が尚も責められようか。

「本当、お前らはお人好しだよなあ」

 一方で仁は苦笑していた。赦されたことが歯痒くて、だけど安堵した様子だ。

 睦月は思う。一度は自分を狙い、危害を加えた者──その仲間だった仁達を赦し、尚且つ

失われた居場所を作り直そうと奔走した海沙。その深い優しさを観ていると、同時にこれま

での自分の守護騎士ヴァンガードとしての日々を重ねてしまう。

 アウター達との戦い。倒さねばならない悪。分かってはいる。

 だが時に黒斗と淡雪、タウロスと瀬古勇、ストームのように種族を超えた“絆”のような

ものを持った者達さえも、自分は壊し、引き裂いてきた。皆人が聞けばまた眉を顰めるのだ

ろうが、はたして自分はこれでいいのだろうか? こんな十把一絡げな切り捨て方は、彼女

とはまるで正反対ではないだろうか?

 仁は思う。海沙さんのこれはやはり“温情”なのだろうか? 自分は知っている。彼女が

実はサブカルを齧っている──こっそり変装してまでライトノベルの新刊を買い求めるよう

な人、自分達の同胞だということを。

 だがそんな目撃じじつを、自分は決して自らは告ぐまい。彼女がまだ周りには知られたくないと

いうのは明らかだった。恩人であり、憧れの人であり。ならば自分は堅く口を閉じるのみだ。

それがいわゆる領分を守るということなのだと思う。

「本当、夢みたいだ。以前は海沙さんと一緒に部活ができるなんて考えもしなかったのに」

 だからこそ、仁は感慨深げに言う。遠回しに礼を言う。

 睦月は隣を歩きながらこの新しい友を見ていた。そういえばファンクラブでもあったんだ

よな。本人は随分驚いてたみたいだけど……。

「そうしてみると、全部お前らのお陰だな。踏み台にしたようで、八代には悪いけどさ」

「……」

 だからこそ、同時にチクリと思い出し、後ろめたさもある。

 カメレオン・アウターの事件。その首謀者であり召喚主でもあった八代直也の事である。

まるで緩んだ自身の頬を戒めるように、仁は呟く。睦月もまたキュッと唇を結び、おずおず

と彼に訊いてみる。

「そういえば、その八代君って今、どうしてるの?」

「ん? ああ。三条から聞いてはないのか。あの後、起訴猶予になって釈放されたよ。まぁ

無理もないよな。法律じゃあアウターは裁けない。それに海沙さんも大事にはしたくないっ

て希望を出してたらしい。居辛くなったんだろうな。今は飛鳥崎の外に越しちまって、俺達

も何やってるか分からねぇんだ」

「……そうなんだ」

 初めて聞いた。そういえばこれまで関わったアウターの事件も、その後のことは殆ど皆人

経由でしか知らされていない。尤もそれは、一つ一つを背負い過ぎて潰れないようにと、彼

らがそれとなく配慮してくれている結果でもあるのだろうが……。

「海沙も、宙も、守らなきゃね」

「ああ。その為の新しい電脳研でもある」

 二人はどちらからともなく呟き、頷き合った。

 最初に兼ねようと思いついたのは皆人だが、この新生電脳研は海沙や宙を、同じ部活とい

う一つの場所に確保することで、より効率的に彼女達を守る砦になるという側面もある。仁

や自分だけじゃない。皆人や國子、そして元電脳研の面々──対策チームの仲間達。身内で

彼女達を押さえることで、今までよりも憂いを減らすことができる筈だ。

(でも、それもいつまでもつか……)

 ただ必ずしも、創部できたからといって万全という訳ではない。

 他でもない彼女達自身からの不審だ。タウロスとの一件で入院した際、一度は自分達の秘

密裏の戦いについて詰め寄られてしまった。その時はパンドラのことを明かしつつ、辻褄合

わせをしたことで、一旦収まりはしたが……。

「心配か?」

 そう、懐からパンドラ──の入っているデバイスを取り出して目を落としているのを見て

勘付いたからなのだろう。仁はじっと横目にこちらを見、そうただ短く言ってきた。睦月の

方もその言葉の中に含まれているものは解っていて、少し悩んだが、正直にコクリと頷き返

すことにする。

「戦いが続けば、激しくなれば、どんな影響があるか分からない。そんな時、海沙や宙がま

た僕達のことを疑わないなんて保証はないから」

「……ならいっそ、話しちまうか?」

「駄目だ!! それだけは、絶対ッ!!」

 故に何気なく口にした仁だったが、対する睦月の反応は予想以上に苛烈だった。

 くわっ。一瞬、鬼気迫る眼でこちらを振り向いてきた姿。叫んだ声は平素の穏やかな気性

とは打って変わって、道行く周囲の人々も何事かとちらちらと視線を遣ってきている。

「……駄目だ。巻き込む訳にはいかないんだ」

 仁に、睦月自身もこれ気付き、一度露わにした激情は鎮められる。再び周囲は平穏のまま

夕刻に入らんとする商店街に戻り、二人は思わず立ち止まったままでそこにいる。

 万が一もあってはいけなかった。睦月にとって、海沙や宙は大切な幼馴染──かけがえの

ない存在であるのだから。

 普段は深く意識の底に沈んでいる。だが睦月にとり理由とは、守護騎士ヴァンガードというリスクを背

負ってまで戦う理由とは、他でもない「ここにいていい」許しを得る為のものだった。幼い

頃から一緒だった二人は、睦月にとってまさに“歩く許し”だった。

 失う訳にはいかない。

 恐れ。ただ失われてしまうことと、許されなくなってしまうこと。しかし当の睦月にその

明確な区別はついていないのかもしれない。

「……まぁ、そう気ィ張りなさんな」

 ぽむ。しかし、彼のそんな深いなにかを見たのか、仁はたっぷりと間を置いて睦月を見つめる

と、やがて軽く肩に手を乗せて宥めた。睦月自身も気持ち息が荒くなり、そんな自分に気付

いて静かに両の瞳を揺らしている。

「そうならない為の俺達だろ? まぁ実際、力不足かもしれねぇがな」

「……うん」

 とぼとぼ。自身の言動を反省するように。

 先に仁がそっと踵を返し、歩き出す。睦月もやや遅れて、彼に続いて歩き出した。差し込

み始めた茜の光が、足元に広がるタイルの色を塗り替えようとしている。

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