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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-21.Wrath/或る信仰者の破綻
158/526

21-(2) 由良の迷い

 時は更に遡る。

 ムスカリと瑠璃子、黒斗や淡雪、そして睦月達が初めて相対した場所。飛鳥崎メディカル

センター。その奥まった一角での戦いが鎮まって一しきりした頃、由良は院内で同センター

に駆けつけた筧と合流していた。

「……思ってたより物々しさはねえな。ホシの姿がねぇからか、病院側が逸早く隠蔽する方

向に動いたか」

「ええ……」

 途中で関係者を掴まえ、訊き出そうとはしたのだろう。だがその中の誰も、刑事だとは知

らぬこの筧へ安易に口を開く者はいなかったようだ。先刻までここで一体何が起こっていた

のか、誰が渦中にいたのかさえ教えてくれない。下手に大事になるのを警戒し、身分を明か

さなかったことが裏目に出た。ただ少なくとも、清風からの隠蔽圧力が存在していたのは間

違いないだろう。

 ひそひそ。周囲の人通りを気にし、筧は声色を抑えて呟いていた。迎えた由良も小さく頷

きながら、じっと遠ざかってゆく異変の波に耳を傾けている。


『退かない、か。それならそれで構わん。やろうというのなら、応じるが?』

『……。一先ず、場所を移すとしよう』


 由良は思い出していた。つい先刻、敷地奥の駐車場で繰り広げられていた非日常を。

 自分が駆けつけた時、彼らは既に戦っていた。毒々しい青色に触手を備えた怪物とこれを

従えた少女、痩せぎすの羊のような頭をした怪物とこれに守られた少女。

 何より──そこに交じっていた。白亜の鎧を身に纏った戦士、守護騎士ヴァンガードでおそらく間違い

ないその者が、この羊頭の方に加勢するように戦っていたのだ。

 他にも一人、見覚えのない怪人と操っているらしい男がいたが……目に焼き付けたのはそ

れよりも彼が握っていたリアナイザだった。突然物陰の向こうに現れた光景に、由良の頭の

中は思わず大混乱に陥った。

 あの時はつい、反射的に隠れてしまったが……あれは一体どういうことなのだろう? 巷

の噂では守護騎士ヴァンガードは人々を怪物の脅威から守るヒーローだった筈だ。なのにあそこで戦って

いた本人は、まるでその片方に味方しているようだった。どうなっているんだ? 敵じゃな

いのか? まさか両者は、元は同じ存在なのか……?

「──リアナイザを持った男に、学園コクガク生?」

「ああ。確かにそう言ってた。以前にも証言してくれたらしいんだが、どうも記憶になくっ

てなあ……」

 加えて筧がこの日持ち帰ってきた情報が、由良の疑念に火を点けた。

 彼によると、井道の事件の時、彼はリアナイザを片手に現場近くを見下ろしていたのだと

いう。そしてこの事件を追うようにして、この話の主──入院中の林の下に、学園生と思し

き少年が訪ねて来たということも。

 益々疑念は確信に程近く変わっていった。当の筧も同じだろう。やはり一連の異常事件の

鍵は、守護騎士ヴァンガードが握っている……。

「おそらく、一度俺達は知らず知らずに奴に近付いていたんだろう。だから邪魔をされた。

以前俺達が変な所で目を覚まして、手帳のメモがごっそり破られていたことがあったろう?

あれは関わりのある誰かが、俺達を遠ざけようとしてやったことなんじゃねぇかと思う」

「……」

 だからこそ、由良は話せなかった。

 自分がこの病院で見たこと、知ったこと。それらを全て正直に話してしまったら、この人

はまた、その悪意ある妨害に巻き込まれるかもしれない。今度こそ命も一緒に破り取られて

しまうかもしれない。何より、目撃した自分自身がまだあの光景をよく理解できていない。

 怪物がいた──そう形容する以外他にないとしても、不明なことが多過ぎる。

ひょうさんに話すにはまだ早い。先ずは、俺が調べるんだ……)

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