21-(2) 由良の迷い
時は更に遡る。
ムスカリと瑠璃子、黒斗や淡雪、そして睦月達が初めて相対した場所。飛鳥崎メディカル
センター。その奥まった一角での戦いが鎮まって一しきりした頃、由良は院内で同センター
に駆けつけた筧と合流していた。
「……思ってたより物々しさはねえな。ホシの姿がねぇからか、病院側が逸早く隠蔽する方
向に動いたか」
「ええ……」
途中で関係者を掴まえ、訊き出そうとはしたのだろう。だがその中の誰も、刑事だとは知
らぬこの筧へ安易に口を開く者はいなかったようだ。先刻までここで一体何が起こっていた
のか、誰が渦中にいたのかさえ教えてくれない。下手に大事になるのを警戒し、身分を明か
さなかったことが裏目に出た。ただ少なくとも、清風からの隠蔽圧力が存在していたのは間
違いないだろう。
ひそひそ。周囲の人通りを気にし、筧は声色を抑えて呟いていた。迎えた由良も小さく頷
きながら、じっと遠ざかってゆく異変の波に耳を傾けている。
『退かない、か。それならそれで構わん。やろうというのなら、応じるが?』
『……。一先ず、場所を移すとしよう』
由良は思い出していた。つい先刻、敷地奥の駐車場で繰り広げられていた非日常を。
自分が駆けつけた時、彼らは既に戦っていた。毒々しい青色に触手を備えた怪物とこれを
従えた少女、痩せぎすの羊のような頭をした怪物とこれに守られた少女。
何より──そこに交じっていた。白亜の鎧を身に纏った戦士、守護騎士でおそらく間違い
ないその者が、この羊頭の方に加勢するように戦っていたのだ。
他にも一人、見覚えのない怪人と操っているらしい男がいたが……目に焼き付けたのはそ
れよりも彼が握っていたリアナイザだった。突然物陰の向こうに現れた光景に、由良の頭の
中は思わず大混乱に陥った。
あの時はつい、反射的に隠れてしまったが……あれは一体どういうことなのだろう? 巷
の噂では守護騎士は人々を怪物の脅威から守るヒーローだった筈だ。なのにあそこで戦って
いた本人は、まるでその片方に味方しているようだった。どうなっているんだ? 敵じゃな
いのか? まさか両者は、元は同じ存在なのか……?
「──リアナイザを持った男に、学園生?」
「ああ。確かにそう言ってた。以前にも証言してくれたらしいんだが、どうも記憶になくっ
てなあ……」
加えて筧がこの日持ち帰ってきた情報が、由良の疑念に火を点けた。
彼によると、井道の事件の時、彼はリアナイザを片手に現場近くを見下ろしていたのだと
いう。そしてこの事件を追うようにして、この話の主──入院中の林の下に、学園生と思し
き少年が訪ねて来たということも。
益々疑念は確信に程近く変わっていった。当の筧も同じだろう。やはり一連の異常事件の
鍵は、守護騎士が握っている……。
「おそらく、一度俺達は知らず知らずに奴に近付いていたんだろう。だから邪魔をされた。
以前俺達が変な所で目を覚まして、手帳のメモがごっそり破られていたことがあったろう?
あれは関わりのある誰かが、俺達を遠ざけようとしてやったことなんじゃねぇかと思う」
「……」
だからこそ、由良は話せなかった。
自分がこの病院で見たこと、知ったこと。それらを全て正直に話してしまったら、この人
はまた、その悪意ある妨害に巻き込まれるかもしれない。今度こそ命も一緒に破り取られて
しまうかもしれない。何より、目撃した自分自身がまだあの光景をよく理解できていない。
怪物がいた──そう形容する以外他にないとしても、不明なことが多過ぎる。
(兵さんに話すにはまだ早い。先ずは、俺が調べるんだ……)




