21-(1) 宴に後れて
「この辺でいいー?」
「んー……。いや、もうちょっと右かな?」
「ジュースにお菓子に……。あと紙コップも要るな」
その日、学園の部室棟に睦月達は集まっていた。新しく一角に宛がわれた室内で飾り付け
をし、買い出しのリストを書き出し、今日発足する部活の船出を祝おうとしている。
電脳技術同好会──新生電脳研。
一度はカメレオン・アウターの一件で責任を感じ、会長たる仁が自ら解散を決めた同会。
だがそれを他ならぬ被害者だった海沙が不憫に思い、再設立を申し出たのだった。尤も臨海
学校前の忙しさと、中途半端な時期での申請だったために手続きは遅れていたのだが。
「オーライ、オーライ! おっけー、そこで留めてくれ」
「PC、全て設置し終わりました。流石に人数分はありませんが」
新生電脳研の名前を書いた横断幕を仁が指示し、上座の頭上へとぴったり中央に寄せる。
國子達も前部からの機材を引き継ぎ、くっつけ合わせたテーブルの上にセッティングを完了
させたようだ。
「おお。様になってきたねえ」
『はいっ、楽しみです』
「……」
宙やパンドラが、わくわくとパーティーが始まるその時を待っていた。
睦月も、そんな仲間達の中にあり、そっと一角に座ったまま微笑ましくこれを見ている。
『やれやれ……。これで、マークすべき対象が増えてしまった』
ムスカリ・アウターの一件が解決をみた後のこと。
いつも通り司令室に集まった対策チームの面々を前に、皆人はそう嘆息をつかずにはいら
れなかった。舞台が清風女学院──お嬢様学校という今までにない例ではあったが、対策
チームの組織力と思わぬ助っ人により、アウターは撃破。召喚主である東條瑠璃子も今は病院
送りとなって眠っている筈だ。
『ご、ごめん』
『何もお前が謝ることじゃないだろう。最終的に共闘を許可したのは俺だ』
思わぬ助っ人。それはもう一人のアウター・黒斗だった。
瑠璃子に狙われた自らの召喚主を救う為、居合わせた睦月──守護騎士との共闘を持ちか
けてきた、空間操作の能力を持つ羊頭のアウター。互いにその情報を漏らさぬことを条件に
手を組んだ二人は、無事ムスカリを倒すことができたのだが……。
遠回しに非難されていると思ったのだろう。睦月は眉を下げながら言った。
だがそんな親友に、皆人はあくまで冷静だ。戦う力は彼に預けているが、それ以外の責任
は全て司令官である所の自分たち親子が負うのだと。
『……今の所、二体と一人になるのか。冴島さんから逃げた奴と、瀬古勇、そんでもってあ
の黒斗っていう執事』
『ああ。姿を見せない所をみると、もう戦う気はないのか、或いは態勢を整え直しているの
か。引き続き警戒が必要だ。瀬古勇の方は更に手掛かりがないし、基本はもう警察の仕事だ
ろう。仮に捕まればアウター絡みの情報工作には動くがな。黒斗──あの羊頭のアウターも
油断ならない。今回こそ味方になったが、今後に関しては未知数だ。アウターと判っている
のに手を出せないというのは、どうしても不安材料にはなる』
悩ましげに眉間に皺を寄せるその姿からは、やはり黒斗──アウターという存在を信用し
切ってはいないさまが読み取れる。
椅子の背もたれに体重を預け、仁が言葉を向けると、皆人はそう頷いて答えた。そんな友
の警戒のさまに、内心睦月は暗澹とした気持ちになる。
『……いつかは、戦わなきゃいけないのかな』
『その為の対策チームだろう? ただ、今の所奴が過去に何か事件を起こしたかというと、
確認できてはいない。そもそも嗅ぎ回り過ぎて向こうに気付かれてしまえば、反故にされた
と考えて俺達のことを吐く危険性もあるが……』
だから、そう損だとか得だとか、敵だとか味方だとかじゃないのに。
口元に手を当て、再び考え込んでしまった皆人を眺めて、睦月は密かにきゅっと唇を結ん
でいた。……例外的なのだろうとは分かっている。だけどあんなに信頼し合っているような
二人がいるんだ。僕達と彼らは、もしかしたら解り合えるのかもしれない……。
『睦月君? どうしたんだい、大丈夫かい?』
『えっ。あ、いえ。はい。大丈夫です……』
どうやら暫くぼーっとしてしまっていたようだ。冴島や隊士の一部に気付かれ、頭に疑問
符を浮かべられながら声を掛けられる。
そんな親友の横顔を、皆人はいつの間にかじっと見ていた。何も言い出しこそはしなかっ
たが、その貼り付けた表情は何処か手厳しい。
『ともかく、今後は奴もそれとなく見張る人員を割いた方がいい。たがあくまで監視するだ
けだ。決して手を出すな。状況的にも、能力的にも、拙くなる公算が大きい』
そして改めて全員に伝えるように、皆人は言った。
あと──。更に直後少し考えるようにしてから、付け加える。
『奴の正体、モチーフだが、能力の内容や藤城淡雪との契約内容を考えるに、仮ではあるが
こう名付けておこうと思う』
面々がざっと彼を見た。数拍間を置き、皆人が言う。
『“理想郷”のアウター』
「──それで、買い出しはどうする? 量からして二・三人くらいは要るんだけど……」
「あ、じゃあ僕が行くよ」
「なら俺も。恩人一人に任せてはおけねえさ」
同好会誕生を祝うパーティー。準備が着々と進んでいく中、リストを書いていたメンバー
の一人が言ってくる声に、正直手持ち無沙汰にしていた睦月が手を挙げた。それを見て仁も
同じく手を挙げる。図体はでかいが、その配慮は割と細かいのである。リストと渡され、早
速二人は部室を後にして行った。残るメンバー達が「気を付けてな~」と二人を見送る。
「……」
「ん? どったの、海沙?」
「あ。うん……。その、ちょっともどかしくって」
「? もどかしいって?」
一方でそんな中、今回の発起人である所の海沙は何処かアンニュイな様子でこの睦月達の
出掛けてゆくさまを眺めていた。近くにいた宙が、その様子に気付いて声を掛ける。海沙は
少し躊躇っているようだったが、皆がわいわいと賑やかにしているのを邪魔しないように声
を抑え気味にすると、言う。
「その……。ここ暫く、またむー君達との距離が出来ちゃったなあって感じちゃって。こう
して一緒の時間を過ごせばまた元に戻るかなって思ったけど、いざ居合わせてみると逆に空
いてる感じがはっきりしちゃったみたいで……」
「あ~、そうかもねえ。確かに準備は皆でワイワイやってるけど、言っちゃえば突っ込んで
話をするって訳でもないから」
「うん……」
「まぁ分からなくもないかな? 今までのこともあるし、実際あいつらが何を考えているの
か、何をやっているのか、読めないってのはあると思う」
とすんと隣に座り、真っ直ぐ皆人や國子らを見つめて。
宙は不安がる親友を敢えて安易に慰めることもせず、肯定していた。それは彼女自身も何
処かで、睦月達への不審──翻せば自分達自身が彼らを疑っていることを否定できないため
でもあった。
「でもさ? そりゃあ気にはなるけど、話してくれないってことは、そういうことでしょ?
何も意地悪したくて隠してるんじゃないんだろうし。そこまで疑り始めたらどんどん落ち込
むだけだよ」
「……」
胸の片隅に抱えた不安。だが宙は、それを自覚していても何処かで止めなければならない
と考えていた。
「だからさ? せめて今日ぐらいは笑っていてあげようよ?」
「……。うん……」
海沙に投げ掛け、彼女も頷く。
それが最低限の、仲間としての務めだと思った。




