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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-21.Wrath/或る信仰者の破綻
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21-(0) 最後通牒

「あがっ!」

 そこは飛鳥崎の中心部から遠く離れた、とある廃教会だった。

 這う這うの体で、そんな所へ逃げ込んできたのは、逆さ帽子の生意気そうな少年だった。

以前守護騎士ヴァンガードへの刺客として召集された三体のアウターの内の生き残りである。

 屋根も大きく穴が空いている堂内へと足をもたつかせながら転がり込み、このアウターは

激しく息を切らせながら怯えていた。震えながら振り返ったその先に、薄眼鏡をかけた神父

風の男──ラースが一人、こちらに向かって歩いてくるのが見える。

「……やれやれ。こんな所にいましたか」

 朽ちた長椅子を後ろ手で掻き分けながらズザッ、ズザッと、ガタガタンと逆さ帽子の少年

はその歩みに押されるように後退る。ラースは言葉遣いこそ丁寧だったが、そこに込められ

た気色は間違いなく“怒り”であっただろう。

「ひっ──!」

 忌々しい。まるでそう言わんばかりに眼前に迫り、見下ろしてきたラース。

 逆さ帽子の少年はその眼光に一ミリとて逆らうこともできず、次の瞬間彼がサッと向けて

きた掌に、飛び出してきた半透明の壁にあっという間に圧し潰される。

「ぐべっ!? つ、つぶ、れる……ッ」

「説明して貰いましょうか、トレード。私は貴方達に、守護騎士ヴァンガードの正体を明らかにし、これ

を討伐せよと命じた筈です。にも拘わらず貴方達はろくに連携も取らずに敗れた。そして貴

方はそれだけに留まらず、一人逃げおおせようとした」

 言うなれば障壁バリアである。ラースの掌から放たれたそれは、尻餅をついていたこの逆さ帽子

の少年──トレード・アウターを床と共にサンドイッチにし、ミシミシと容赦なく圧す。淡々

と口にされるのは断罪。この、任務を放棄した同胞に対して。

「し……仕方なかったんだ! 兄貴や、ストームまでやられちまって……。あんたも知って

るだろ? おいらは誰かをサポートしてこそ、真価を発揮するタイプだって。直接攻撃する

能力がそうある訳じゃないおいら一人で、どうやって奴らを倒せってんだよ!」

 しかし、当のトレードも必死だった。最早半分そのプライドをかなぐり捨てて、自分一人

だけであることの不利を説く。

 彼の能力は、確かにサポート向けだ。タフネスのある前衛とコンビを組むことで始めてそ

の力が活かされる。だがその相手であり、兄貴分でもあったジャンキーが斃されてしまった

今、ストームまで独断の末にいなくなってしまった今、彼に確実な勝算はなかった。

「……ならば貴方のコアを回収し、せめて守護騎士ヴァンガードとの交戦データだけでも確保させて貰う

だけですが」

「ッ!? そ、それだけは止めてくれ! 嫌だ、まだ死にたくない!!」

 ミシミシ。障壁バリアに圧し潰されながら、それでもトレードは弾かれように叫ぶ。

 ラースからの一言。それは彼ら越境種アウター達にとって、事実上の死──廃棄処分を意味した。

なまじ実体を得終わり、一個の個体として完成しているからこそ、そんな宣告にトレードは

激しく抵抗する。

 じたばた。するとラースは、あくまで足掻こうとする彼をじっと見下ろしたまま、不意に

張っていた障壁バリアを解いた。

「……では、もう一度だけチャンスを与えましょう。守護騎士ヴァンガードを倒してみせなさい。力が足

りないというのなら、使うといい」

 そしてようやく解放されて大きく息を荒げるトレードの傍に、カシャンと何かが落ちた。

ゆらりと顔を向けると、そこには一枚の黒光りするチップが転がっていた。

「次はありませんよ」

 その間に、ラースは衣を翻して立ち去っていった。

 その言葉に、トレードはまるで雷に撃たれたかのように唖然として震えていたが、やがて

重い身体に鞭打って起き上がると、このチップを手に取り、ごくりと一人静かに息を呑むの

だった。

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