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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-20.Lovers/色欲(あい)という不可解
155/526

20-(7) 約束の狭間で

 ムスカリが斃されたことで、事件は終着をみた。

 瑠璃子も病院に搬送され、学院生達の集団搬送騒ぎも結局は食中毒として内々に処理され

たらしい。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「ああ……。行ってくる」

 この日黒斗は、淡雪に見送られながら屋敷を後にしようとしていた。

 格好は普段と何ら変わらない黒スーツ。しかし貼り付けたその無表情は、心なしか今日は

緊張気味のようにも見える。

 まるで新婚夫婦のようなやり取りをして、黒斗は踵を返していった。

 こうして一人出掛けるのは今まで何度もあったことだ。少なくとも目に見える様子だけで

は、彼女はまだその本当の内容に気付いている風ではない。

 姿が見えなくなるギリギリまでこちらを見送っている淡雪。黒斗はそんな熱い眼差しが注

がれているのを背に感じ、気配を探りながらも、プツとそれが途切れた距離に達した瞬間、

自分の中である種のスイッチを切り替える。

 閑静な高級住宅街から丘の螺旋を降り、雑踏ざわめく商店街へ。

 その気になればビルの谷間ぐらい跳び越えて行けるが、そんな身バレのリスクをわざわざ

晒す意味はない。特に今回は──今後に関しては。

 一見してただぶらついているように見える彼の歩みだったが、地図上で見れば総じて南に

向かっていることが分かる。南。つまり飛鳥崎の臨海地区、ポートランドだ。

 作業用の無人機が行き交う敷地内を通り、黒斗は独り黙々と進む。

 碁盤の目を複雑にしたような幾つもの区画の中に各種工場や研究施設、企業社屋などが建

ち並び、ここだけは無機質とギラついた物欲が奇妙なまでに同居している。

 やがて彼は、とあるビルの裏側へと来ていた。表の看板には『H&Dインダストリ』の英

語表記。その関連社屋同士の路地裏に彼はするりと身を滑り込ませ、直後念入りに他人が周

囲にいないことを確認すると、小さな通用口のノブを回す。

「……」

 入ってすぐに鎮座していたエレベータに入り、無言のまま彼を乗せた金属の箱はどんどん

と地下へと降りてゆく。

 一体、それから何階分を降りた頃だろうか。チン、とエレベーターは前触れも乏しく止ま

り、閉ざされていた扉がようやく開いた。

 照明も乏しい無駄に長い廊下だった。その道を出てすぐに右に回り、延々と突き当たりま

で歩いた先の扉に黒斗は触れる。専用のカードキーが無ければびくともしない、秘匿されつ

つも厳重な箇所だった。

「──よう。おいでなすったか」

 シュウ……と空気の抜ける音と共に扉が開き、その先に待っていたのは、更に暗がりの中

に立つ巨大なサーバー群と、その中二階下の広間に思い思いの体勢で寛ぐ者達だった。

 一人は柄の悪そうなチンピラ風の男。もう一人はその横でニタニタと笑いながらポテチを

頬張る、もの凄い肥満の大男だった。

 更にもう一人、反対側の席でダウナーに座っているのは、継ぎ接ぎだらけのテディベアを

抱いたゴスロリ服の少女。

「……」

 黒斗はちらと眼をこそやったが、返答はしなかった。

 ざっと今日の面子を見る。三人。プライドとラースの姿がない。自ら何処かに出向いてい

るのだろうか。尤もプライドの方は、その性質上中々顔を出せないから置いておくとして。

「聞いたわよ? あんたのお姫様にちょっかいを出した子がいたんですって?」

「ああ。問題ない。先日、こちらで始末しておいた」

「おいおい……。いいのかよ? 他でもない俺達が頭数減らしちまって」

「いいんじゃない? また育てればいいんだよ~。仲間はぁ、いっぱいいるから~」

 ぐふふ。呆れるチンピラ風の男に肥満の大男が能天気に笑い、ぼりぼりと脇に抱えたポテ

チの袋に手を伸ばし続けている。

 世話話。しかし彼ら三人と黒斗とのやり取りは、お世辞にも穏やかな雰囲気と言うには剣

呑が過ぎていた。

 隙あらば。

 そんなある種の張り詰めた空気が、やはり今日もこの円卓を支配している。

「ははは。そうだねえ。グラトニーの言う通りさ。子供達なら、また育てればいい。その為

に僕達はここにいる。でもつれないじゃないか。折角彼女に手出しをさせないという条件で

もって、君を引き入れたというのに」

「……」

 すると中二階、闇の中でランプを明滅させるサーバー群の中から一人の男が現れた。

 気持ち撫で付けた薄めの金髪と、痩せ気味の長身。仰々しく語るそのワイシャツの上には

よれよれの白衣を引っ掛けている。

 ──シン。自分をここに引き留めている張本人にして、自分たち電脳生命体の生みの親。

 だが黒斗は彼を見つめ返すだけで、今回の一件に関しては先の一言を除いて結局言及する

ことはなかった。

 守護騎士達かれらとの約束もある。それにキハラやシジマというのも、十中八九偽名だろう。そ

んな不確かな情報を掴んだとしても、彼らの本丸には届くまい。下手をすれば他ならぬ自分

があらぬ疑惑を掛けられる恐れすらある。

 白衣の男・シンは飄々として微笑わらっていた。

 もしかしたらもう、こちらの経緯など把握済みなのかもしれない。だがそれを質そうもの

なら語るに落ちる。只々沈黙し、やり過ごすのが吉だ。

「来てくれて嬉しいよ、ラスト。さぁ続けよう。僕達の子供、同胞達の行く末を見守るこの

営みを!」

 そうしてバッと、大仰に両手を広げて。

 シンは高らかに言った。へいへいと、残りのメンバー達が眼下の広間で引き続きのんびり

と時を過ごしている。

「……」

 色欲ラスト

 それが彼・牧野黒斗の、“蝕卓ファミリー”幹部として冠せられた異名である。

                                  -Episode END-

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