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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-20.Lovers/色欲(あい)という不可解
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20-(4) 善か悪か

「嗚呼……。また面倒な事を……」

 司令室コンソールで、皆人は頭を抱えていた。

 周りの職員達が何とも言えずに苦笑を噛み殺している。故に彼の説教は、自然とメディカ

ルセンターから戻ってきた睦月達に向けられる。

「逃がしてしまうとはな……。これでお前は半ば身バレしたことになるんだぞ? まだこの

前の刺客も残っている状況で敵を増やせばどうなるか……。それにあの召喚主だ。一体何を

考えている?」

 最近色々と重なったからなあ……。そんな親友ともの嘆きを、睦月は複雑な心境で聞いていた。

周りに立つ冴島らも同様だ。また一つ、一筋縄ではいかない案件の臭いがする。

「そもそもあのアウター──黒斗さんも、倒さなくちゃいけないのかなあ」

 加えて睦月自身、あの男を倒すことには消極的だった。

 目の前で見せつけられた強さ、優先順位の低さ。親友が渋い顔をするであろうことは分か

っていても、口に出さずにはいられない。

「当然だろう? 奴はアウターだ」

「うん。それは分かってるんだけど……。別に今回、彼の方が何かしたってのを僕達はまだ

見ていない訳でしょ? それに彼と藤城さん、とても通じ合ってるように見えた。そうじゃ

なきゃあそこで自分から庇い立てなんてしないもの」

「……」

 皆人が顔を顰める。その点については現場にいた睦月と冴島は勿論、映像越しに一部始終

を見ていた皆人以下司令室コンソールの面々とて同じだ。

「彼らの話を素直に信じるなら、彼女の願いは『傍にいて欲しい』だからね。それ自体は何

も害を振り撒く願いじゃない。あくまで好意的に解釈すれば、の話だけど……」

 言って、冴島が肩を竦めた。

 そうなのだ。少なくとも今回黒斗──羊頭のアウターが戦ったのは、あくまで召喚主たる

淡雪を守る為だ。自分達はまだ、彼らが人々に害を成す証拠というものを見つけていない。

「このまま無理やりやっつけちゃったら、こっちが悪者みたいだよ」

 だから睦月は、そんな冴島の発言に乗っかるようにしてごちた。自分の正直な考えを口に

していた。

「……敵なんだぞ」

 ガシガシ。

 皆人は、そんな親友ともに頭を抱える。


 メディカルセンターでの一件から数日後。睦月達対策チームは、ともかく今回の討伐対象

を瑠璃子の連れていたアウターに絞ることにした。

「──召喚主の名は東條瑠璃子。藤城淡雪と同じ、清風女学院の三年生だ。金融業で財を成

した家の出で、まぁ要するに典型的な成金というやつだな」

 司令室コンソールに集めた仲間達に、皆人が拡大した画面を前にして言う。映し出されていたのは、

瑠璃子とその詳しいパーソナルデータだった。

 皆人が皮肉を混ぜるほど、確かにその表情は何処かむすっとしている。

 いわゆる高飛車な女。そんな表現がよくに似合っている少女だ。しかし調べでは、こんな

彼女でも、学内では有力な派閥のリーダー的存在であるらしい。

「先日の襲撃でも明らかなように、彼女とそのアウターの目的は藤城淡雪だ。詳しい動機は

目下調査中だが、これとは別に判ったことがある」

 香月博士。話を一旦そこで切り、皆人は傍らに控えていた香月ら研究部門の面々を促す。

彼女達は一同に、ジップ付きの小さなビニール袋を見せながら画面を切り替えた。今度は顕

微鏡などで拡大したらしい、青い分子の画像が大きく映る。

「この前、隊の皆さんが持ち帰ってくれた被害者達のサンプルから、共通して濃い青の粉末

が検出されたわ。詳しく分析した限り、どうやらこれはある種のドラッグのようね」

「ドラッグ……?」

「それも電子ドラッグとでも言うべきものだ。付着した傍から神経に浸透、精神に作用し、

強い鬱状態を引き起こす──ダウナー系の劇薬だと考えてくれればいい」

 ざわ……。睦月達、場に集まった一同が、思わず互いの顔を見合わせた。

 淡雪から得た証言でまさかとは思っていたが、こうもダイレクトに他人びとに異変をきた

させる物質だったとは。

 しかしこれで、全ての辻褄が合う。食中毒などではなかったのだ。

 事件が起こった日、淡雪ら学院生は瑠璃子のアウターが密かに振り撒いたこの粉を浴び、

自らの意思とは関係なく強い鬱状態に陥ったのだ。それも中には、悲観のあまり自らを傷付

ける者さえ出てしまうほどに。

「……随分とえぐい能力を選んだもんだな」

「そうだね。でも、これが即効性の毒とかじゃなくてよかった」

 たっぷりと間を置き、仁が言う。睦月もこれに応じ、もっと最悪のケースにならずに済ん

だことには安堵すべきなのだろうかと考えた。

「どうだろうな……。危害を加えた時点で、悪であることに変わりはないと思うが」

 しかし対する皆人の意見は違う。努めて峻烈だ。対策チームの司令官として、アウターに

よる犯罪に大小を認める訳にはいかないのかもしれない。

「あのアウターは、おそらく麝香ムスカリをモチーフした個体だろう。毒々しい青い身体とあの特徴

的なパーツ、植物のような触手に、この粉の能力ときた。睦月は何とか耐えたが、気を付け

なければならないな。近接戦闘に持ち込むよりも、少し離れて火力で薙ぎ払っていく方が安

全だろう」

 コクリ。睦月や冴島、國子以下リアナイザ隊の面々が頷いていた。

 相手の能力は判った。対策も練れた。一方で皆人が、香月と「例の物は?」「ええ。出来

てるわよ」とやり取りをしている。研究部門の面々が、睦月たち実働隊に一人一人、掌に収

まる程度の小さなビニール袋を手渡してゆく。

「で? どうするよ、三条。俺達も出ようか? 居場所も分かってるなら一気にフクロにし

ちまった方が確実に片付けられると思うが」

「いや……。お前達と國子は、引き続き刺客の残党を警戒しておいてくれ。半分身バレした

とはいえ、これ以上新しい面子を向こうに晒す必要はない」

 ん。りょーかい。仁はそう申し出たが、皆人はより長い目でのリスクを取り、二方面体制

を維持することを選んだ。國子達もその意図をしっかりと汲み取り、静かに力強く頷く。

「では、作戦を開始しよう。睦月、冴島隊長、宜しく頼む」

「オーケー。行って来るよ」

「うん。任せて!」

 ばたばた。そして司令官・皆人の合図で、睦月と冴島、他十数名の隊士達は一斉にこの地

下の秘密基地から出動していった。にわかに司令室コンソール内の密度が薄くなる。粉の拡大図を映し

ていた画面は切り替わり、通常の多画面の監視体制へと戻ってゆく。

「……やれやれ。こんなことは初めてだ」

 仲間達がめいめいに散ってゆく現状の中で、皆人はぽつりと一人嘆くようにごちた。

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