18-(7) 水面に祈る
臨海学校四日目。即ち天童島を発つ日。
一旦昇った太陽が下がり始めた頃、睦月たち高等部一年生及び引率の教師達は行きと同様
船に乗り、飛鳥崎への帰路に就いていた。
正直な所、今回のそれは生徒達には評判が悪いまま幕を下ろした。理由は言わずもがな、
昨日の突然の嵐である。天候自体は午後には回復したが、一旦雨風でぐちゃぐちゃになって
しまった島内がすぐに復旧する筈もなく、結局予定されていたイベントは全て中止された。
その結果、皆が楽しみにしていた二度目の自由行動──長い方の買い物タイムも無くなり、
ご機嫌斜めという訳だ。一応学園側も土産などを考えて出発前に時間を取ったが、そもそも
島内の店の多くが被害を受けており、気兼ねなく楽しめるものでは到底なかった。
「……」
そうして帰りの船上。睦月は、思い思いに時間を過ごす同級生らの姿を遠巻きに、一人ぼ
うっと甲板の柵に持たれかかって空を眺めていた。澄んだ青空である。初夏の日差しが自己
主張している点を除けは、実に平和な一時の筈だった。
『司令室で調べて貰ったんだが、あの竜巻はそもそも、島に直撃するコースではなかったら
しい』
ストームとの戦いの後、宿の部屋で目を覚ました睦月は、そう皆人から思いもよらぬ事実
を聞かされた。
『それって……どういう事? じゃあ放っておいても、皆が巻き込まれることはなかったっ
ていうの?』
『そういう事になる。お前の早とちりだったんだよ』
『で、でも。あいつは確かに僕宛てに手紙を……』
『ああ。俺も正直癪だが、一芝居打たれたんだろう。お前を、奴との戦いに駆り出す為に』
『……』
始めから相手は、島の皆を人質に取るつもりなどなかった。
ただ勘違いだけをさせたのだ。敢えて自分に怒りの矛先を向けさせ、全力で立ち向かって
くるように。
『こうして事実がある以上、そう考えるのが自然だ。國子の勘は当たっていたんだな。怪物
とて、奴も武人の端くれだったのかもしれん』
「……ストームの事を考えていたのか?」
記憶を辿り、漏れるのは嘆息ばかり。
するとそんな親友の姿に気付いたのか、カツンカツンと皆人と國子、仁が近付いてくるの
が見えた。半ば条件反射的に海沙と宙の方向を見遣る。幼馴染二人は観光客用の観覧室の
一角に座っているようだ。他の女子生徒らと楽しげに話している。
「うん。やっぱりまだ、モヤモヤしててさ」
こちらの視線に気付いたのか、海沙が肩越しにちょこんと振り向き、小さく微笑みを寄越
してきた。何でもないよ──。屋根や柱の骨格で上手く見えていないかもしれないが、睦月
もそう静かな苦笑を返して応えておく。
「うーん、そりゃあ一本取られたのは悔しいけどさ……。結果オーライじゃね? こうして
他の誰にも手を出されずに事が済んだんだからさ」
『そうですよ。別のアウターなら、きっととっくに宿ごと襲われていた筈です』
仁が、そしてデバイスの中からパンドラが、そう思い煩う睦月を心配して言う。
「……そうなんだろうね」
悔しいが同感だ。しかし睦月が悔いているのは、ストームに欺かれたことではない。あの
時激情のままに飛び出した自分自身である。
別のアウター。パンドラの言うように敵が違っていたら、自分はもっと苦戦していたかも
しれない。或いは返り討ちに遭って、本当に大切な人達を失っていたかもしれない。
怖かった。
今までになかった敵だったからこそ、自身の中でそれは際立つ。
越境種を倒す。
その目的の為に、一体自分はどれだけ人の心を犠牲にできるのだろう……?
「敵ながら、真っ直ぐな者だったのかもしれませんね」
「うん……」
國子が静かに言った。睦月達は、ただ黙って頷くしかなかった。
船が進んでゆく毎に、穏やかな海面が掻き分けられている。
誰からともなく、睦月達はこの遠景に祈っていた。嵐と共に現れ、嵐と共に散っていった
あの男の、妙に人間臭い生き様に敬意を払うかのようにして。
-Episode END-




