18-(6) 霊鳥換装
「あんの馬鹿。ホイホイと釣られやがって……」
「そういう奴なんだよ、良くも悪くも。それより急げ。嵐の見える浜辺と書いてあったが、
島との位置関係上、この表現を満たす場所はそう多くはない筈だ」
時を前後し、皆人と仁は一人飛び出した睦月を追って島の中を駆けていた。
嵐が刻一刻と近付いている。それにつれて、吹き付ける雨風が二人の足を阻む。
デバイスに表示させた地図を片手に、皆人は傍らの仁を急かしていた。國子には、宿を出
る前に海沙と宙を押さえておくよう、メールで指示をしてある。
「いた! あそこ……!」
そうして十五分ほど走った頃だったろうか。二人は島の南に位置する砂浜で、相対する両
者を見つけた。上空には両手に風の渦を集めた怪人態のストームが、地上にはこれを見上げ
る格好の守護騎士姿の睦月が片膝をついている。
「ど、どういう状況だ、これ?」
「分からん。だがもう戦いはとうに始まっているようだな」
「来い、守護騎士! 私は全力で君を倒そう!」
上空から叫ばれるストームの声。睦月はゆっくりとEXリアナイザを頬の傍まで持ち上げ
てこの“敵”を睨んでいた。
自分の考えた作戦は失敗した。ゼロ距離からの全力攻撃でも倒し切れなかった。
だが諦める選択肢などなかった。今自分の背中には、この島の──海沙や宙、皆人たち皆
の命が掛かっているのだから。
再度ホログラム画面を呼び出し、コンシェル達の選択画面のロックを外す。
パンドラはそれが意味することをすぐに悟った。音声越しに、無言のままの睦月に必死に
呼び掛ける。
『む、無茶ですよ、マスター! チャージアタックを打った直後に強化換装なんて。身体が
もちません!』
「でも、もうこれしかない。それに……ボロボロなのはあいつだって同じだ」
マスター……。引き絞った静かな鬼気に、パンドラは押し黙るしかなかった。構わず睦月
は操作する。ならば自分は、彼の負担をなるたけ制御して抑え込むだけだ。
『HAWK』『EAGLE』『PEACOCK』
『FALCON』『SWALLOW』『PECKER』『OWL』
『ACTIVATED』
「……っ!」
『GARUDA』
連続して叫ばれるコンシェル達の名。掌に吸い込まれた銃口と、澱みない機械の音声。
直後、同時にストームからの双風撃が叩き落された。一瞬で睦月の姿は唸りを上げる轟風
の中に呑まれ、この一部始終を見ていた皆人と仁が目を見張って叫ぼうとする。
「終わりか。これでは結局──むっ!?」
しかしである。次の瞬間、ストームが嘆息をつきかけたその時、叩き付けられた風の中か
らこれを貫いて真っ直ぐに伸びてくる何かがあった。
寸前でこの気配を察し、ストームは咄嗟に防御体勢を取った。ガッと強烈な圧がガードし
た腕ごと身体を押し出し、彼を弾き飛ばす。
「──」
そこには、睦月の姿があった。ストームと同様空に浮かび、新たな姿へと生まれ変わった
守護騎士の姿があったのである。
透き通る白を基調とした鎧。背中に広がる金属の大翼。
ヘルム部分は鳥のクチバシと羽根をあしらった装飾が加わり、ウェーブした突起は両手・
両脚などにも及ぶ。
その手には弓が握られていた。両側の反りが刃のように鋭く磨かれ、これもまた羽を広げ
たような主装が彼の手の中に収まっている。
ガルーダフォーム。
守護騎士・白の強化換装。風の力、ホワイトカテゴリのコンシェル七体を同時に纏った、
機動力に特化した形態である。
「……また姿が変わった。ふふ、そうか。それが私に対する本気という事だな」
地上の皆人と仁は勿論、ストームも目を丸くして驚いていた。だが彼は次の瞬間にはフッ
と笑って悦んでいる。同じく空を制し、同じ目線に並ぶ敵の出現を心から悦んでいた。
「もう、お前の好きにはさせない!」
『短期決戦です! 一気に落としますよ!』
ニタ。ストームと睦月、宙を蹴ったのはほぼ同時だった。
霞むような速さで加速し、ぶつかる両者。あの強力なドリルアームの鋭さを、睦月は弓の
反りと同化した刃で受け流す。
「うおおおおおおッ!!」
二撃、三撃、四撃、五撃。弾かれ合うように距離を取り、今度は空中戦且つ射撃戦。掌か
ら次々と渦巻く風を撃ち出すストームに対し、睦月は高速で旋回しながらこれをかわし、弓
から放たれる風の矢でこれに応じた。
再び切り結ぶ。切り結んで、また巨大な双風撃がうねりを上げる。すると今度は背中の金
属翼から無数の羽根刃が射出され、猛烈な速さで撃ち込まれながらこれを相殺する。
皆人や仁はぽかんとこのさまを見上げていた。嵐迫る空で、目にも留まらぬ激しい空中戦
が繰り広げられている。
「ふはははは! 血沸く血沸く! ここまで追いついてくる者はお前が初めてだ!」
一見してストームは嬉々としていた。根っからの戦いを愉しむ性質である。
だがその実際は、彼もそう長くはもたなかった。ゼロ距離からのチャージアタックをもろ
に受けた際のダメージは、ボロボロになったその見た目以上に彼から余力を奪いつつあった
のである。
口元から電脳の粒子が零れ始めていた。それでも尚、表情は笑い、ストームは再度ぐんと
距離を取り直す。
「しかしそろそろ決めさせて貰おう! 我が最大の攻撃、受けてみるがいい!」
ちょうど互いに空中で、睦月はストームを見下ろす位置関係。
するとストームはそう宣言すると、ドリルアームを右手だけではなく両腕に装着した。辺
りの風が猛烈な勢いで集まっていき、彼を芯としながらどんどん巨大な螺旋になってゆく。
「……」
睦月もぎゅっと主装の弓を握っていた。それはこちらの台詞だ。お前を、倒す。
「チャージ」
『PUT ON THE ARMS』
EXリアナイザを取り出し、コールしてからこれを弓の中心部分に取り付けた。ぐぐっと
矢を番える動作をし、それにつれて周囲の風がまるで圧縮されるようにエネルギー矢の先端
一点に集まっていく。
「ぬう……おおおッ!!」
巨大なコマのような竜巻と化しながら、ストームが突撃してきた。ギリギリまで睦月はこ
れを引き寄せる。だが程なくして、軋み鳴り響く風圧の何処かを合図にするかのように、握
り締めていたその羽を手放す。
轟。解き放たれた矢は、直後巨大な風の塊となって、向かってくるストームへと襲い掛か
った。目を見開く。しかしもう止まらない。巨大な風の塊に抉り込もうとする巨大な竜巻の
切っ先。両者の膨大なエネルギーはぶつかり合い、遥か上空で雷光を散らし合う。
「ぐうう……ッ!」
「……っ!」
それこそ、拮抗しているように見えた。実際この激突を見上げていた皆人も仁も、傍から
見ている限りでは分からなかったのだ。
しかしここに来て大きな違いが命運を分けた。一つはストームのダメージが睦月の捉えて
いた程度以上に蓄積していたこと。もう一つは、ガルーダフォームの必殺技がエネルギーの
みを放つタイプの技であるのに対し、ストームの側は彼自身がその力の核として機能してい
た点だ。
押し負けたのだ。はたとある一点の瞬間にストームが突き進む竜巻の先端、両手のドリル
の切っ先が押し返されてへしゃげ、気付いた時には彼の目の前に唸る巨大な風の塊が迫って
いたのである。
「──」
その瞬間、ストームは理解した。自分は敗れたのだと。削られ続けた余力の差が、遂に自
身を敗北に追い込んだのだと。
轟。ガルーダフォームから放たれた風の塊はストームを呑み込み、その膨大なエネルギー
でもってその身体を加速度的に引き千切っていった。
壊れていく。
だが当のストームは、不思議と安堵したかのように微笑っていたのだ。
(……五十嵐。私は、貴方の武を究められただろうか……?)
全てが押し流されていく。この男も、空を覆っていた荒れ狂う竜巻も。
「空が……吹き飛んだ」
「ああ。やったんだ。あいつが、睦月が」
島から臨む景色は一変していた。厚く暗雲を垂らし込む嵐は次の瞬間弾け飛び、代わりに
初夏の晴れ晴れとした青空が現れる。
仁がやはり呆然として立ち尽くしていた。にわかに注いできた日の光に手で庇を作り、皆
人がそう静かに呟きながら空を仰ぐ。
「──」
ひゅるひゅると、睦月は上空から砂浜に降り立って来た。
だが彼もまた全力を出し切ったのだろう。次の瞬間変身は解除され、どうっとそのまま白
い砂の上に倒れ伏す。
睦月! 二人はほぼ同時に叫び、駆け出していた。ざくざくと砂浜を蹴る音が景色の中に
繰り返されていく。
空は青く澄み渡っていた。
もう憂いは無いのだと、慰めるように。




