18-(5) 決闘
そして、災いは程なくして訪れた。
臨海学校三日目。先日まで快晴だった空は、突如として大荒れに変わっていた。ニュース
に耳を傾ける限り、どうやら南の海上に大型の雨雲が発生しているらしい。
睦月たち高等部一年生は、朝から宿での待機を命じられていた。こうなってしまえば今日
の予定は全て取り止めだ。轟々と、雨風が窓を打つ音が絶え間なく聞こえ、生徒達は気持ち
しんみりとした面持ちでそれぞれの部屋に籠もっている。
「いきなりだよなあ。予報じゃあ今回の間は全部晴れだったろ?」
「そうだな。だが、俺達には好都合だ。時間も稼げるし、他の生徒達が巻き添えになる確率
もぐっと減る」
そうやって午前中のどれくらいが過ぎただろう。
睦月と皆人、仁の三人は部屋からフロントに降りて来ていた。一角にある自販機と休憩ス
ペースのコーナーで飲み物を買う為である。
「ここが狙わなければ、だけどね」
「でも昨日一昨日でなかったんだ。大丈夫じゃねえの? あ、何にする?」
「俺は紅茶を。睦月は?」
「あー、うん。僕もお茶にしようかな」
話しながら自販機の前に立ち、仁に三人分の小銭を渡してボタンを押そうとする。
するとおずっと、受付に控えていた女性が一人、戸惑った様子でこちらに出て来て近付い
てきた。ガコンとコーラと紅茶、お茶の缶やペットボトルが受け取り口に落ちる。睦月達は
何だろうと、何の気なしにこの彼女に振り向いていた。
「あのう……。今そちらの方、睦月さんと言いましたか? 飛鳥崎学園の、睦月さん?」
「? はい。睦月は僕ですが……?」
「あっ、よかった。あのですね? 実は今朝方、五十嵐様と名乗る方にそちらへ渡して欲し
いと頼まれまして……」
苦笑と安堵。彼女から差し出されたのは小さな便箋だった。
三人は面を食らっている。だが驚いたのはそれ自体に対してではない。他の誰でもなく睦
月を指定し、五十嵐と名乗った、その人物の正体を彼らは知っていたからである。
『この嵐は私のものだ
嵐の見える浜辺で君を待つ
五十嵐典三』
慌てて受け取った便箋を開き、達筆な字で書かれたその一文に目を通す。
手紙を握る睦月がグシャッと力を込めた。肩が拳が抑え難く震え出しているのが分かる。
紛れもない、ストームからの挑戦状だった。
この嵐は奴の仕業。嵐の見える浜辺で待っている……。
「おいおい。これって」
「ああ。睦月、一旦落ち着──」
「ッ!」
「おい待て、睦月っ!!」
故に、次の瞬間睦月は駆け出していた。文面を覗き込み、同じくその意味を悟った仁と皆
人の制止など聞く耳すら持たず。
はたして、灰髪の男ことストームはそこにいた。
島の南側にある浜辺。ちょうど集落の中心部とは正反対の方向。
遥か海の向こうに、暗雲の下渦巻く巨大な竜巻が見えた。空はまるでこの衝突を待ち侘び
るかのように不気味に鳴り、絶え間なく風が吹きつけている。
「……来たか」
ざりっと砂を踏み締めた足音と気配に、そっとストームは振り向いた。全速力で駆けて来
たのだろう。息を荒げ、殺気を剥き出しにした睦月がそこには立っている。
「ストーム……何故こんなことをした!? 皆を、島の人達を人質にするような真似を!」
「こうでもしなければ応じてくれそうになかったのでな。私としても、あまりこのような手
段は使いたくなかったのだが……」
「五月蝿い!」
あくまで鷹揚と答えるストームだったが、睦月は既に激情の人だった。
フッとストームは笑う。背後の嵐からくる風を受け、灰色の髪先を揺らしている。
「あの竜巻はお前の仕業なんだろう? 今すぐ止めろ!」
「それはできん相談だな。だが、お主が私を倒すことができれば、或いは……」
じりっ。そして両者は睨み合った。睨みながら、スッと睦月はEXリアナイザと心配そう
な表情のパンドラを映す自身のデバイスを取り出し、セットする。ストームもにやりと笑っ
てみせた直後、アウター本来の姿へと変身する。
『TRACE』『READY』
「お前は……僕の“敵”だ!」
『OPERATE THE PANDORA』
うおぉぉぉッ!! 正面に引き金をひきながら駆け出し、睦月は叫ぶ。宙を旋回した光球
が彼を守護騎士に変え、ナックルモードの拳とストームの拳が激しくぶつかり合う。
案の定、パワーでは向こうに分があった。打ち、防ぎ、また打ち。初手の攻防はお互いま
だ牽制程度で、睦月はストームから放たれた風撃を大きく横に転がり飛んで避けると、直後
すぐさまホログラム画面からサポートコンシェル達を呼び出す。
『SUMMON』
『BITE THE JAGUAR』
『TORRENT THE SHARK』
『GROUND THE BUFFALO』
「……む?」
現れたのは、トラバサミ状の両面手甲を装備したジャガー型のコンシェル、鋸状の双剣を
手にした鮫型のコンシェル、分厚い手斧を握った雄牛型のコンシェル達。
三体は睦月の正面に立ち、三方向からストームへと襲い掛かると、時間差でもって次々に
攻撃を仕掛けていく。
「こういう事まで、できるのだな。力で及ばぬと考えた次は、数で挑むか」
しかし感心こそ示しながら、ストームはすぐにこの攻めにも対応し始めていた。双剣や手
斧、爪などに接触して火花こそ散るが、体捌きは防御しながらの最小限のダメージ。一体を
受け流せばもう一体を片方の肘で打ち、残る一体の攻撃をぐるりとこの二体を盾にするよう
に半身を返しながら食い止める。
「シュート!」
『WEAPON CHANGE』
そうして三体の仲間に引き付けて貰いながら、睦月は武装を射撃に換えた。三体が組み付
いて空いたストームの背中や脇を、右に左に駆け回りながら撃つ。ダメージは微々たるもの
だったが、先日とは違い、一撃のみではない。睦月達は押そうとした。元より倒れるまで攻
撃し続けようとした。
「ふん……小賢しいわ。離れていろ。私が戦いたいのは守護騎士だ!」
故に痺れを切らしたのだろう。ストームは腕に竜巻を纏わせ、あのドリルアームを使い始
めた。獣の爪も、鋸の双剣も、分厚い斧も、次々に撃ち返しては弾き飛ばす。
「いいや、そうはさせない!」
だが次の瞬間だった。くわっとパワードスーツの眼が強く光り、まるでそれが合図とでも
言わんかのように三体のコンシェル達は動きした。
先ずは弾かれたシャーク・コンシェルが、離れる反動のままに口から激しい水撃を放つ。
ストームは特にかわすでもなく、片腕でこれを受け止め、防ぎ流した。
しかしこれは陽動。直後、ゴガッという音と共にストームは足元に違和感を覚えた。
土が硬く捏ね固められ、自身の両脚を覆うように纏わり付いていたのだ。見ればバッファ
ロー・コンシェルが少し離れた位置から砂浜を叩いている。──大地を操る能力だ。
更に背後からこの隙にジャガー・コンシェルがその両手のトラバサミ手甲でストームの両
腕を押さえた。鋭い幾つもの刃がギチギチとめり込み、ジャガーが引っ張るのに合わせて重
心が後ろに引っ張られ、固定される。
「ぐぬっ……!?」
これが狙いか。ストームが理解した時にはもう睦月達の作戦は始まっていた。動きを捉え
てから更にシャークとバッファローが代わる代わるに斬撃を叩き込む。防御もできず、ただ
ストームはその肉体の頑強さのみでこの火花散る連撃に耐えるしかない。
「チャージ!」
『PUT ON THE HOLDER』
おおおおおッ! そして睦月は必殺の一撃をコールし、一旦EXリアナイザを腰の金属ホ
ルダーに挿し込む。
だが睦月はそのままストームへ向かって走っていた。射撃モードなのだからこのまま狙い
撃てる筈なのに。
「──ッ!?」
否。それだけでは足りなかったからだ。睦月は限界までエネルギーを増幅させたEXリア
ナイザを引き抜くと同時、すぐ眼前まで迫ったストームの胸にその銃口を押し付けていたの
である。雄叫びを上げながらひかれる引き金。直前、三体のコンシェル達も押さえを止めて
一気に飛び退く。
刹那、迸る轟音と視界を真っ白に染め上げた閃光。
確かに必殺の、ゼロ距離からの一撃はストームに叩き込まれた。睦月は自身が放った攻撃
の反動に耐えかねて後ろに吹き飛び、よろりと疲労しながら立ち上がって、その濛々と立ち
上った砂埃の中に目を凝らしている。
「…………」
しかし、生きていたのだ。ストームは、姿こそ大破していたが、そこに変わらずボロボロ
になりながらも立ち続けていたのである。
睦月の、守護騎士の顔に絶望が浮かぶ。一旦距離を置いた三体のサポートコンシェル達も
何処となく唖然とした様子だった。
「ふふ……。なるほど、考えたな。流石に効いたぞ……。だがもう少し、私を破るには足り
なかったようだ……」
ざりっ。一歩二歩と身体を揺らしながら笑うストーム。ばさついた灰髪は焼け焦げ、渦巻
き模様のヘッドギアや革と赤茶のチェインメイルはあちこちが抉れて千切れている。
ヘッドギアと覆面に隠れた赤い双眸が、ブゥゥン……と勝ち誇ったように明滅した。
むんっ! そして気合いと共に周囲へ放った風圧は睦月と、三体のコンシェル達を吹き飛
ばし、その身を遥か上空へと舞い上げた。ヤシの木や岸壁に叩き付けられた衝撃で、頼みの
綱だったサポートコンシェル達は遂に力尽きて消滅してしまう。
「ふふふ……ふははは! 久々の強者だ、ここまでやるとは。やはり私の見立ては間違って
いなかったようだ。お主の真の強さとは、その鬼気の中にあるらしい!」
遥か海上で渦巻く巨大な竜巻。それに負けず劣らず、ストームは叫んで自身の回りに大型
の風を呼び起こし始めた。
「来い、守護騎士! 私は全力で君を倒そう!」
両手それぞれに収束させた竜巻。これを見上げる睦月。
心からの悦び。ストームは上空に漂ったまま叫ぶ。
「……」
じりっと。
睦月は再びEXリアナイザを、頬の傍まで持ち上げた。




