18-(4) 嵐呼ぶ眼差し
だが異変は、その翌日から始まった。
臨海学校二日目。布団から起き、朝食や身支度を済ませてぞろぞろと宿から出て来た時、
彼は姿を現したのである。
「……」
ストームだった。胴着姿の灰髪の男。人間態のままでじっと、宿の玄関先の竹柵に背を預
けて立っている。
待ち伏せか……!
最初これに出くわした時、睦月達は大層驚き、そして身構えた。
なのに彼は現れただけで、その場で襲い掛かってこようとはしない。ただちらっと何とな
しを装ってこちらに視線を投げてくるのみであり、その場から動く気配もない。
他の生徒や教師達の手前、睦月達も目立った行動を起こせなかった。ただこの大男の前を
通り過ぎ、ちらちらと他の生徒達も時折「誰だろう?」と怪訝を投げるも、何が起こる訳で
もない。学年主任が声を張り、皆を率いていくのみである。
浜辺に出て、カヌー体験。
島の歴史を紹介する史料館の見学。
昼食にと訪れた観光客向けのフードコート。
或いはその後の、島のメインストリートでの自由時間。
ストームはその全ての場所に現れていた。自分達をこっそりと追ったのだろう。カヌーの
際には海辺にじっと立って見つめていたし、史料館の中にも先回りをしてお一人様を装う。
フードコートでは自身ももしゃもしゃと食いながらこちらへの視線も怠らなかったし、その
後の自由時間においては、途中で島民らに声を掛けられ、連行されていた。
「……なあ。どういうことだよ? 何で俺達を見てる? 何で仕掛けてこない? 俺はとも
かく、佐原達の面はもう割れてる筈だよな?」
当然ながら、睦月達は気が気でなかった。島民らに怪しまれ、その場から引っぺがされて
いくストームを横目に確認しながら、仁がひそひそともう堪らずといった風に訊ねてくる。
「誘われてるん、だよね?」
「ああ。或いは仲間が合流してくるのを待っているのか。しかし、そうならわざわざこうも
しつこく姿を晒す必要はない。一体何のつもりなのか……」
「……正々堂々、なのかもしれません」
だから隙を見てひそひそと四人で話している最中、ふと國子が口にした言葉に、最初睦月
達は言わんとする所が分からなかった。
「正々、堂々?」
「はい。これは私の推測なのですが、昨日の戦いの際、彼は天ヶ洲さんと青野さんが近付い
て来た時──睦月さんが必死の形相になった瞬間、自ら戦いを止めました。鬼気……と言い
ましょうか。二人が大切な人だと、直感していたように思えます。だからこそそんな状態で
戦うのは卑怯だと、そう考えたのかもしれません」
「……怪物にそんな心意気があるとは思えんが」
眉根を寄せたまま、皆人は言う。だが“武人”という枠で括るならば、あながち彼女の推
測は間違ってはいないのかもしれない。実際疑問こそ口にはしたが、真正面から否定しに掛
かるようなことはしなかった。
「ですがそもそも、睦月さんの顔が割れてしまった時点で、向こうはいつでも攻め込めた筈
なんです。それこそ周囲の被害など考えなければ、昨夜の内にも仕掛けられていた。なのに
彼はその選択はしなかった」
『……』
ならばと國子は続ける。睦月達は押し黙らざるを得なかった。
そうだ。昨夜の内、夜襲だってあり得た。だから昨夜は内心ハラハラしながら夜を明かし
たというのに。
やっぱり変な奴──。お互い口にこそ出さなかったが、睦月達の感想は一致していた。
「それで? 一体どうするよ? まさかこんなわちゃわちゃ人がいる中で戦おうってのはな
いよな?」
「当然だ。向こうが実害を出していない以上、こちらも下手には動けん。奴の弱点について
もまだ分析中だ。どのみち時間が要る」
周囲、特に宙や海沙の様子に注意しながら、仁が改めて訊ねた。皆人が肯定し、眉間に皺
を寄せたまま言う。
「最善とは言えないが……当面、無視する。暴れられればおしまいだが、向こうもこちらの
警戒には気付いている筈だ。司令室から連絡があるまで、抑止する」
コク。睦月や國子、仁は頷いた。ちらと前方に目を遣れば、幼馴染達が他の女子生徒らと
談笑しながら辺りの土産屋などを覗いている。もどかしかった。だが彼女達の為にも、戦い
はもっと離れた場所で起こるようにしなければならない。
(……あいつに、勝つ方法)
ぎゅっと。
睦月は密かに握り拳に力を込める。
「ふむ……。怖気づくか」
そして島民達から逃れ、屋根の上に立っていたストームは、そんな一行の様子を密かに観
察していた。
「仕方あるまい」
そっと掌を開き、渦を巻く小さな竜巻の素を作りながら。




