18-(1) リアナイザ隊隊長
「お前は……?」
朝、登校時間の迫った飛鳥崎学園前の並木通り。
学園生である筈の守護騎士を誘き寄せる為、待ち伏せていたジャンキーと逆さ帽子の少年
は、やがて一人のスーツ姿の男性の出現に出くわしていた。
冴島志郎だった。かつて睦月の前に装着候補者として目され、しかし変身に成功すること
は叶わずに長らく入院していた筈の元第七研究所のメンバーだった。
兄貴。逆さ帽子の少年が呟き、ジャンキーも頷く。
釣ることには成功した。だが引っ掛かった相手がどうも違う。
つまりどういう事だ? 少なくとも本人ではない。だとすれば……。
「奴の仲間、か」
小さく、ジャンキーは舌打ちをした。どうやらハズレを引いたのは自分達らしい。
という事は、当たりはストームの方か? 或いは仲間に任せて、一先ずこちらの出方を窺
っているのかもしれない。
両者は暫く距離を取って向かい合い、睨み合っていた。その間も、登校してくる生徒達が
時折ちらっと怪訝な眼を遣り、しかしそれ以上の関わりを持とうとも思わず学園の敷地へと
消えてゆく。
「お前達だな? この前、学園に忍び込もうとしたというのは」
そして、最初に口を開いたのは、冴島の方だった。
気持ち声量を落とし、二人にだけはっきりと聞こえるように問う。逆さ帽子の少年が睨み
を利かせ、その隣でジャンキーはむすっとした表情のまま肯定も否定もしなかった。
「目的は僕達なんだろう? ここでは拙い。場所を移さないか」
「断る。何で俺達がお前のペースに合わせなきゃならん」
冴島は言う。だがジャンキーは哂って跳ね除けた。戦いは既に始まっている。
「……だろうね。では仕方ない」
しかし次の瞬間だった。まるでそんな返答を織り込み済みだったかのように、冴島はポケ
ットに突っ込んでいた左手でデバイスを操作した。合図が飛ぶ。直後ドォン! と路地の奥
から爆発音が聞こえた。
「ば、爆弾だー!」
「爆発したぞー!」
上がり始める火の手。何処からともなく響いてくる誰かの叫び。
すると冴島達の周囲は、瞬く間にパニックになった。学生達や路地にぼうっと出ていた住
民らが反射的に悲鳴を上げ、散り散りになって逃げ惑う。それを、路地の方から現れた男達
が誘導し、火の手とは逆の方向に一挙に集めて遠ざけていく。
ボマー・アウターの事件のトラウマだった。
多くの市民にとって、直接どうこうされた訳ではない。だが安寧を保証された筈のこの飛
鳥崎で起こった一連の爆弾テロは、人々の心に少なからぬ恐怖を植えつけるに充分だった。
それを冴島達は利用したのだ。小火とデマで煽ってやれば、かなり高い確率で場の人払い
を行うことができる筈だと。
「古傷を抉るようで彼らには申し訳ないが、実際に巻き添えを喰わせてしまうよりはずっと
マシだからね」
「……チッ」
ややあってがらんと人気のなくなった並木通り。尤もそれも長くは続かないだろう。
冴島は突っ込んでいたデバイスを取り出すと、周囲に散開させたリアナイザ隊士らに命令
を下した。
「フェイズ2だ。総員、範囲内のサーヴァント達を駆逐してくれ。くれぐれも一人で戦おう
とはするな。必ず一体に対し、複数人で掛かるように──」
一歩二歩と。ジャンキーがそっとサングラスを外し、逆さ帽子パキパキと拳を鳴らし、こ
の指示を飛ばす冴島の方へと歩き出していた。
やはり、自分達とやり合う為に姿を見せたようだ。二人は本来の姿──袖なしの革ジャケ
ットに身を包んだ猿人のアウターと、レンズ甲のアウターに姿を変えた。サーヴァント達の
配置にも勘付かれている。ここで潰す以外に、選択肢はない。
「……急ごしらえだが、さて、どれだけ戦えるか……」
するとどうだろう。冴島はこれを見遣って呟きながら、サッと懐からリアナイザを取り出
したのだ。
調律リアナイザ。上蓋を開き、自身のデバイスをセットする。「むっ?」と眉を顰める二
人に向けて、その引き金をひいた。
「来い、ジークフリート!」
飛び出した光球を弾き、現れたのは、大きな茶色のマントを翻した剣士だった。機械的な
面貌を長髪と首元に巻いたマントの留め部分で隠し、手の長剣をずらりと水平に掲げてこの
アウター達と相対する。
「はん。やっぱりか。だがその手の雑魚とは、もうやり合い済みだ!」
叫ぶジャンキーの、高速の連打が飛ぶ。ジークフリートはこれを素早く刀身で受け止め、
一閃二閃と反撃を試みた。
初っ端から常人の域を越えた攻防が展開される。だがその隙を縫い、レンズ甲のアウター
が少し迂回しながら冴島の横へと回り込もうとしていた。
「トレ坊!」
それが合図。レンズ甲のアウターは激しく剣戟をぶつけ合う両者──冴島の頭上にコイン
を放り投げ、即座に両手のレンズにこれとジャンキーの姿を映した。
彼の能力である。
次の瞬間、両者の位置は入れ替わり、ジャンキーは中空の背後から直接冴島を狙い打とう
とし……。
「ッ?!」
だがそれを、他でもないジークフリートが防いだ。マントを翻した次の瞬間、轟と激しい
炎が巻き起こり、その身体を炎そのものと化しながら冴島の周囲を覆ったのだ。
拳を炎の壁に弾かれ、咄嗟にその反動を利用して飛び退くジャンキー。
レンズ甲のアウターが唖然としていた。ストンと、冴島と彼を結んだ対角線上に着地し、
ジャンキーが少し口元を拭う。
「……なるほど。そいつの特性は、その流動する身体か」
ジークフリートの身体は、マントの下からが全て長い尾を引く火炎へと変わっていた。
召喚主の冴島を守るように、この寡黙な剣士はぐるぐると旋回しながらジャンキーとレン
ズ甲の二人を睥睨している。五指をぐっと開き、レンズ甲のアウターが身構えていた。ぐい
と腰の酒筒を取って一口煽ると、ジャンキーは嗤う。
「だがよ。炎なら俺も負けちゃいねぇぜ!」
フゥゥと大きく息を吸い込んでから、ジャンキーはその口から激しい炎を吐き出した。
一度はレンズ甲の相棒と力を合わせ、睦月を苦しめたとっておきである。だが冴島は驚く
様子もなかった。迫る炎をちらと見、前に立つジークフリートにパチンと軽く指を鳴らして
合図を送る。
「なっ──!?」
今度は、水。
何と次の瞬間、マントを翻したジークフリートの身体は大量の流動する水へと変わったの
だった。
更なる変化にジャンキー、レンズ甲のアウターも驚く。当然ながら襲い掛かった炎の息は
この水量に掻き消され、逆に二人を押し流した。半ば反射的に五指からのエネルギー散弾を
撃とうとしたレンズ甲も巻き込みながら、冴島とジークフリートは二人を一旦正面の一ヶ所
に集めて倒れ込ませる。
「……っ。まさか変化する物質も──属性も変えられるのか」
「畜生、舐めやがって。効くかよ、こんなもん! 次でぶっ殺してやらあ!」
「いや……。もう終わりだ」
ずぶ濡れになったジャンキーとレンズ甲。激昂する彼に、冴島は至って冷静だった。
パチンと軽く指を鳴らし、再びジークフリートの身体を流動する炎に変える。轟々と巻き
上がった熱気が、二人の下にも届く……。
「うぇ!? な、何」
「しまった。これは……気化熱か!」
レンズ甲のアウターが、そしてジャンキーがその意図に気付いた時にはもう遅かった。二
人を襲った炎は直接攻撃する為ではなく、ずぶ濡れになった彼らを一気に追い詰める最後の
一押しだったのである。
巻き上がった急激な炎と熱は、二人から体温を奪っていった。そして水の流動によってず
ぶ濡れにされていたその体表面は、現象に比例して急速に凍て付いていく。
二人はろくに身動きが取れなくなってしまった。ジャンキーは足元から氷に捕らわれ、辛
うじて被害の量が劣っていたレンズ甲のアウターも、両手や全身の方々といった部分的な凍
結に四苦八苦させられる。
「クソッ! これじゃあ入れ替えが……」
「さて。そろそろ決めさせて貰うよ」
そっと握っていた調律リアナイザを頬の前まで持ち上げ、冴島は自身のコンシェルに送る
力を強めた。
ジークフリートが炎の噴射で高く舞い上がり、回転させながら翻すマントごと巨大な炎の
角錐と変貌していく。狙いは勿論、ジャンキーとレンズ甲の二人。逃げられなかった。少な
くとも両脚が凍て付いてしまったジャンキーはその戒めを解くことすら容易ではない。
「……そんな、馬鹿な。この、俺が……」
おおぉぉぉーッ!! 最期の最期に断末魔を残して、二人の頭上に燃え滾る螺旋となった
ジークフリートの一撃が降り注いだ。
弾け飛ぶ炎、弾け飛ぶ電脳の粒子。ジャンキーの肉体だったのもの。
ひい、ひいっ……! しかしその一方で、脚が動いていたレンズ甲のアウターは間一髪こ
の直撃を回避していた。散々に凍り付いた身体を引き摺り、必死になり逃げて去ってゆく。
「……逃げられたか。まぁいい。少なくともこちらの本丸は崩せたようだし……」
パチパチと地面に散らばって残る炎の残骸。
だが冴島は、このレンズ甲のアウターを追おうとはしなかった。作戦自体は予定通りに進
んでくれた。何より人払いに費やした騒ぎを、早々に収めなければならない。
「こちら冴島。アウターの主力を撃破した。総員、すぐにフェイズ3へ。サーヴァント達の
排除と併行して、小火の後始末をしてくれ」
ジークフリートの召喚を解き、リアナイザから再び取り出したデバイス越しに路地裏の部
下達に次なる指示を送る。隊士達は動き出した。電子の塵になって還ってゆくサーヴァント
達を尻目に、統率された動きで起こした小火の鎮火と、避難させていた人々の解放に回る。
「……睦月君。僕達なら大丈夫。こっちは任せておいてくれ」
残骸の火もやがては消えてゆく。
冴島は一層がらんとした通りの真ん中に立ち尽くしたまま、静かに空を仰ぐと、そう一人
小さく語り掛けるように呟くのだった。




