18-(0) 巡り合わせ
一人海沿いを歩き続け、やがて足元はコンクリートの船着場へと変わった。
ストーム──人間態に戻った胴着姿の灰髪の男は、潮風と注ぐ日差しを身体いっぱいに受
けながら、そっと目を細めると空を見上げる。
邪魔が入ったが、守護騎士の正体は知れた。
睦月という名らしい。あの時遠くから探し、呼び掛けてきた少女達の声に、彼の表情はま
さに鬼気であった。正直嫌いではない。大切なものを、何が何でも守ろうとするその必死さ
を備えているのならば──。
「む?」
故に、事前に言い付けられていた通り、先ずはジャンキー達に報告をしようと思った。
だがデバイスを取り出そうとして左のポケットに手をやった瞬間、ストームは違和感に気
付いて視線を落とす。ポケットから出てきたデバイスは、見るも無惨に砕かれていた。
(……ああ。あの時か)
一瞬眉根を顰めるが、すぐに合点がいく。
戦いの最中、守護騎士が赤い鎧に姿を変えた際のものだろう。確かあの時自分は、最初の
一発を左脇腹に貰った筈だ。十中八九、その時に壊れてしまったのだろうと結論付ける。
「ふふ……」
なのに、笑っていた。
期せずして連絡手段を断たれたにも拘わらず、ストームは何処か嬉しそうに犬歯をみせて
笑っていたのだった。
『願い、か……。そうだな。もっと戦いたかった。この武をもっと高め、この名を世に轟か
せたかった。だがもう、このような老いぼれになってしまっては最早叶わぬ』
初めて召喚された時、目の前にいたのは一人の老人だった。
とは言っても、その辺にいる並の爺ではない。着流しの下の身体は老いて尚、引き締まっ
た筋肉の名残を残し、全盛期には相当の猛者であったことを窺わせる。
しかし当人は、過ぎ去ってしまったその日々を懐かしみ、そして悔いていた。願いは何か
と訊ねた時、真っ先に返ってきたのは、そんな在りし日々への憧憬だった。
ストームはその願いを聞き入れた。額に触れ、彼──武道家・五十嵐典三の全てを受け継
いだ存在となったのだ。
願いを叶える為、そして実体を手に入れる為。
二人は五十嵐のかつてのライバル達の下を訪ね歩き、道場の看板を賭けて彼らの弟子達と
の試合に明け暮れた。
ストームは強かった。五十嵐の全てをデータとして取り込み、更にアウターとしての常人
を超えた力を持つ。ライバル達が育てていた後継者らは、次々と彼の前に破れた。この灰髪
の胴着男に誰一人敵わず、倒されていった。
実体を手に入れたのは、そうして十ほどの道場破りを終えた頃だったろうか。一方で五十
嵐の老いは確実に強くなっていた。道場破りが四十を越えた頃、遂に彼は病床に臥せってし
まう。
『……ありがとう。ストーム、お前は儂の願いを叶えてくれた。まごう事なくお前は儂の後
継者じゃ』
『何を言う。お主の夢はまだ果たされてはいないだろう? 我々の武を、もっと世に知らし
めたいと言っていたではないか』
フッと微笑う。しかし五十嵐の身体はもう限界だった。
それから程なくして、流浪の武道家・五十嵐典三は逝った。齢八十九の大往生だった。
ストームは一人遺された。実体化したこの身体のみを残して。師であり友である彼の亡骸
は、かつてのライバル達の手で丁重に弔われた。身内は手を挙げなかった。数も少なくその
全てが遠方に離れて久しく、縁はとうに切れていたという。
……五十嵐。私はお主の夢見た戦士となれただろうか?
この身体に宿る力。風の異能。
強さには自信がある。だがそれは、はたして本当の強さなのだろうか?
以来、ストームは探し続けた。戦って戦って、その答えを探し求めていた。
「──」
そっと瞑っていた目を開き、視線は軽く掌へと落ちる。
守護騎士。間違いなく彼は、これまでとは一線を画す相手になる筈だ。もうただの人間で
は証明し切れない。彼を破ることができたなら、自分は一つ大きな区切りを迎えられるかも
しれない。
ストームは歩き出した。再び、踵を返して歩き出した。
海沿い、その更に島の奥側へ。後ろ姿が遠くなっていく。
回り込み湛えたその表情は、一抹の緊迫と、何より悦びに溢れつつあった。




