16-(3) 優先案件
放課後、すっかり日が落ちてから、皆人ら対策チームの面々は司令室に集っていた。主に
今日の不審者騒ぎ──アウターの侵入について協議する為である。宙の見舞いを済ませて帰
宅、合流してきた睦月も揃い、一同は早速この地下の秘密基地にて本題へと移っていた。
「──という訳で、結局二人組のアウターには逃げられてしまいました。状況から考えて、
不審者扱いされたアウターと、僕と皆人が正門前で見つけたアウター達は別物で、仲間同士
だったのではないかと思います。先ず一人が学園内に潜入して、残りの二人は見張り役をや
っていたとか」
「或いは、順次散開しながら学園内を捜索するつもりだったか、だな」
戦いの一部始終は勿論、細かい情報を共有する為に睦月は今日のことを一通り対策チーム
の皆に話して聞かせた。後半の推測は半分皆人からの助言で、残りの言葉をちらと肩越しに
見遣ったのを合図にこの親友は継いでくれる。
「酔拳みたいなアウターと物を盗むアウター、そして竜巻のアウターか……」
「その三人目ってのは、どんな奴か見てないんだよな?」
「ああ……。こっちは奴らの隙を見て離脱するのが精一杯だった」
「パンドラや、隊の皆さんの映像ログを一通り解析してみたけど、それらしい姿は捉えられ
ていないわね。能力の性質から考えても、ある程度の遠距離から撃ってきたと考えるのが妥
当かしら」
「……踏んだり蹴ったりだな」
「いえ。貴方達の判断は正しかったと思います。もしあの場で被害の大きいまま深追いし、
全滅でもしていれば奴らの目的──私達の正体が少なからず暴かれてしまっていた筈です。
逃がしてしまったのは確かに惜しいですが、学園の皆さんに実害が無かった分、ラッキーだ
ったと思う他ないでしょう」
あの時の混乱に乗じて退却し、手当てを済ませた隊士達がめいめいに唇を噛んでいる。そ
れでも香月は、じっと多窓に表示した映像データを睨みながら可能な限りの情報を読み取っ
ているし、國子に至ってはそう淡々と自分達の非力を認めた上でそれが現状の最善手だった
と結論付ける。
「……」
睦月はそんな仲間達を見遣り、そっと眉を顰めていた。
正直、油断があったと思う。落ち着いて相手の力を見極めればもっと違った成果があった
かもしれないのだ。
だがそれ以上に、睦月は内心自分の愚図さに嫌悪していた。今目の前で肝心の“敵”らに
ついて話し合っているのに、頭の中でモクモクと燻ぶっているのは、また宙や海沙に嘘をつ
いてしまった事に対する後ろめたさだったのだから。
「ともかく。一先ずは懸念を取り払うことはできた。だがアウター達が二体──いや、三体
も同時に現れ、向こうから攻めて来たのは今回が初めてだ。こちらとしても、しっかりと態
勢を整えておく必要がある」
だから最初、それは自分達に疑惑を向けていた宙の事かと思った。だが直後に続く言葉か
ら考えるに、何も親友はそんな身内だけをみている訳ではない。
サッと手を払って合図し、頭上のモニター群に件のアウター達が映し出された。酒を摂取
する事で肉体が強化されるジャンキーと、相手の持ち物を瞬時に奪うレンズ甲のアウター。
更に睦月が竜巻に飛ばされた先で出会った、スーツ姿の男性達。
「おそらくはクリスタル──法川晶の事件において接触のあった幹部から、睦月に関する情
報が伝わったのだろう。少なくとも睦月が学園生であることはバレてしまっているようだ。
しかし今日の今日まで攻めて来なかったことを考えると、それ以上の情報までは持ち合わせ
ていないようだが。偵察といった所だろう。睦月──守護騎士のいる学園に潜入し、更に正
体を探ろうとしたものと考えられる。一度交戦したことで慎重にはなるだろうが、今後も奴
らが仕掛けてくる可能性は高い」
『……』
状況を整理する。各々何となく分かっていた事ではあったが、改めて睦月達はきゅっと唇
を噛んで緊張感を持ち直す。
皆人もまた、アウター達の映ったモニターを見上げた。暫し見上げて、再び皆に向かって
話し始める。
「当面はリアナイザ隊の皆に学園を見張って貰おうと思う。交代制で周囲を警戒してくれ。
無理に戦う必要はない。睦月を呼んで、サポートに徹しろ」
『はい!』
「そしてもう一つ、武宝川の堤防で起こった狙撃事件だが……。睦月、お前にはこちらの犯
人を追って欲しい。パンドラが撃ち込まれた銃弾に反応していた以上、この件もアウター絡
みであるのは間違いない。俺達が動かない訳にはいかないだろう」
「う、うん。でも……いいの? 正体がバレそうだってのに、僕も学園の側についてた方が
いいんじゃ……?」
一つ、二つ指示を飛ばす。
だがそれに睦月は少々混乱していた。てっきりあの二人組──竜巻のアウターを合わせれ
ば三人のアウター達と戦うのだとばかり思っていたのだから。
「……本当に気付いていなかったんだな。お前、ちゃんとニュースを見ているか?」
うん? 皆人が何だか呆れたようにこちらを見て呟き、睦月が頭に疑問符を浮かべて目を
瞬いている。見れば周りの仲間達も、苦笑いを零して「ああ……」とやっと彼が向けた反論
の理由を理解する。
「お前が助けたのは小松健臣──現文教大臣だ。時々テレビに出ているだろう?」
「えっ……? ええーッ!?」
「……それにな。実は昨夜親父から連絡があって、どうやらブダイの一件を受け、彼が内々
に政府から派遣されたらしいんだ。学校絡みとなると彼の管轄だからな。今日飛鳥崎に現れ
たのも、お前と出会ったのも偶然じゃない。政府が動き始めているんだ。何とか鎮めたい。
それにまた彼が狙われるようなことがあれば、政府の疑いを深めてしまう。もしこのまま首
を突っ込まれてアウターの存在でも嗅ぎ付けられでもすれば、俺たち対策チームとしても都
合が悪い」
「な、なるほど……」
「そんな事が……」
驚き、しかし朗々と打ち明けられる皆人からの事情を聞き、睦月は頷かざるを得ない。見
れば司令室の職員や隊士達、仁ら元電脳研の面々、香月もまた初耳だったらしく少なからず
驚いているようだった。全員に伝えるのも含めて、皆人は言ったのだろう。数拍間を置き、
皆がハッと我に返るのを待ってから、彼は一同に告げる。
「つまり今回は二方面での作戦だ。学園への警戒は國子及びリアナイザ隊に任せる。狙撃犯
の捜索は睦月と仁、お前達でやってくれ。できる限り大臣の知らぬ所で、知らぬ間に犯人の
アウターを倒せれば一番だが、それは今後の状況次第だろう。持久戦も覚悟してくれ。明日
から各自、配置についてくれ。相互に連絡を密にする事を忘れぬように」
了解ッ! 三条皆人。司令室司令官のその号令の下、面々は動き出した。
早速二方面作戦に備えてシフトの相談が始まり、学園近辺の地図が広げられる。睦月も仁
らに肩を叩かれ、どうやって狙撃犯を捜そうかと模索し始めていた。それぞれが、明日から
の任務の為にピンと引き締まり出した緊張感の中に身を委ねてゆく。
「……」
そんな中、号令を発した当の皆人はそっとただ一点を見ていた。じっと、制御卓より一望
できる扇状に配置されたデスクの一角で、静かにPCの画面を見つめているかのような香月
の姿を見ていた。
「……」
ちらりと。互いに何か言う訳でもない。
だが戦闘態勢が敷かれ始める司令室の中で、香月は何処か暗い面持ちで顔を上げていた。
スッと、皆人と互いにその視線を交わらせて。




