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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-15.Father/来訪者と第二幕
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15-(7) 運命の風は

「──ター、マスター!」

「んっ。んぅ……?」

 一体それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 繰り返し自分を呼ぶパンドラの声に揺り起こされ、睦月はようやくその深く沈んでいた意

識を取り戻すことができた。

 身体の節々が鈍く痛い。頭がぼ~っとする。

 僕は、何をやってたんだっけ……? 顰め細めた目に映る空を見ながら必死に記憶を手繰

り寄せて、先刻までのアウター達との戦いを思い出す。

 先ず全身に感じたのは、背中じゅうを這う草の感触と、じりじりと差す初夏の太陽。

 ダメージの残る身体を労わりつつ、睦月はゆっくりと身体を起こした。どうやら何処かの

草むらに倒れていたらしい。気絶していたからか、変身は解けて制服姿に戻っていた。近く

に落ちていたパンドラ──EXリアナイザやインカムを取り急ぎ回収し、軽く息を吹きかけ

て汚れを掃ってから、再び耳に入れて軽く小突いてみる。

『──き、睦月! 聞こえるか!? 返事をしろ!』

「あ、皆人。良かった。生きてた」

 どうやらあの竜巻に吹き飛ばされた衝撃で、インカムの調子が悪くなっていたらしい。電

波の向こうで必死に呼び掛け続けてくれていた皆人ら司令室コンソールの面々に無事を伝え、一先ず安

堵の呼吸を整える。

『そうか……道理で応答がなかった訳だ。それで? 今どんな状況だ。いきなりお前が飛ん

でいってしまってこちらでもカメラが捕捉出来ていないんだ』

「ああ、うん。何か草むらの中に倒れてた。周りに奴らの姿はない。ねぇ、皆は無事なの?

奴らは今何処に?」

『隊士達なら既に人を遣って保護した。今手当てを受けている。アウター達の方はごたごた

の間に逃げてしまったようだな。どうやら他にも仲間がいたらしい。中庭に現れた不審者と

いうのはおそらくその三人目とみて間違いないだろう』

「……そっか」

 戦いの結果は痛み分け。だが内心睦月は少し安堵していた。少なくとも学園の皆を──海

沙や宙を守ることは出来た。奴らを学園から引き離すという目的自体は達せられた訳だ。

「こっちは町の中じゃあなさそうだね。向こうに堤防が見えるよ。パンドラ、僕らが今どの

辺にいるのかって分かる?」

『はい。ちょっと待ってくださいね。測位プログラム実行、検出開始……』

 一先ず、睦月はパンドラをEXリアナイザの中から取り出し、これを懐にしまいながら彼

女からの返答を待った。しゃく、しゃくと膝上近くまで伸びた草むらの中を歩いていく。少

なくとも睦月が普段よく通っているような場所ではなさそうだ。

『検出完了。飛鳥崎市玄武台川之江三十七の五──武宝川西の中流です。あちらに橋が見え

ますか? あそこを渡った向こうに玄武台高校があります』

「ブダイが? あちゃー。そりゃ随分と飛ばされたなあ……」

 程なくしてパンドラからの報告を受けて、皆人ら司令室コンソールもこちらの位置を把握したようだ。

すぐに最寄の監視カメラをズームし、映像を呼び出すよう操作が始まる。睦月はその間も

草むらを掻き分けて進んでいた。時折ぐにゅりと靴が軽く土にめり込む感触がする。もしか

したら何年も放置された耕作地なのかもしれない。

「とりあえず大きな道に出よう。学園に──司令室コンソールに戻らなくちゃ」

 草むらを抜け、斜面を上がって堤防道に出た。パンドラがさっき言ったように眼下にはも

う一回下りの斜面と河川敷があり、武宝川が静かに流れている。道の向こう、下流側には赤

い鉄橋が渡され、ブダイを始めとした向こう岸に接続されているようだ。

「……?」

 そんな時だ。ふと、見つめていた方とは逆方向からこちらに向かって車が走ってくるのに

睦月は気付いた。黒塗りの高級車だ。それが三台、整然と等間隔に並んで睦月の傍を通り過

ぎ、橋の方へと向かっていく。

 こんな横道を通るなんて珍しいな……。睦月はそのくらいの事しか考えていなかった。三

台の車両は流れるように踏み固められた土道の上を滑り、橋を渡るべくカーブ前でゆっくり

と減速して──。

「っ!?」

 異変はその瞬間、起きたのだ。バァンッ! と突然真ん中の車が大きな音と共にバランス

を崩し、しかし寸前の所で急ブレーキをかけて停止する。ばたばたと、前後の二台も同じよ

うにして急停止し、中からこれまた高そうなスーツ姿の男達が駆け出てくる。

『な、何でしょう?』

「さあ? 何かトラブルが起きたのは間違いなさそうだけど……」

 橋に入る直前。三台の車両は停まり、道を塞いでいた。この時睦月以外に特に他の人影は

見受けられなかったが、それでも運転席から茶系のスーツの男性が出てくると、彼らは慌て

た様子でこの車の周りをチェックしている。

「どうした? 何があった?」

「パンクのようです。左前輪が、いきなり……」

 すると自動に後部座席の黒い窓ガラスが下がってゆき、一人の男性が顔を出してきた。周

りの彼らに比べれば線の細い、真面目そうな男である。おそらくは一団のリーダー格なのだ

ろう。車を検めていた茶スーツの運転手らが、そう突然の事に正直困惑した様子で返事をし

ているのが見えた。

「……」

 特にちゃんとした考えがある訳でもなかった。何が出来るでもなかった。

 しかし睦月は黙したまま、無意識に一歩また一歩と彼らの方へと歩き出していた。

 困っているようだから、だったのかもしれない。或いはこの時既に何か自身にまつわる運

命を無自覚に感じ取っていたのかもしれない。

 次の瞬間だったのだ。次の瞬間、はたと睦月は視界の端にキラッと僅かに反射する光をみ

たような気がした。

 向こう岸、ずっと遠く。

 そしてこの僅かな反射光とすぐ向こうの一団を結ぶ直線をみた時、睦月は殆ど反射的本能

的に危険を感じ、叫んでいたのである。

「おじさん、危ない!」

「!?」

 車内にいた線の細いスーツ姿の男性。

 彼はその瞬間睦月の発した声に反応してはたとこちらに振り向き、それは即ち窓から顔を

乗り出していた自身の体勢を若干仰け反る格好になる。

 ──窓ガラスが貫かれていた。彼が睦月の叫びに反応したその直後、何か素早いものが目

にも留まらぬ速さで飛び、彼のすぐ眼前を通って地面を穿ったのである。

「先生!!」

 今度こそ酷く血相を変えて、周りのスーツ達が一斉に彼を守るように散った。隊長格らし

き黒スーツと茶スーツの男は車の中からこの男性を引っ張り出し、他の面々は彼を文字通り

身を挺して守りながらぐるりと円陣を作った。

「……」

 自分でやった事ながら、睦月はぽかんとしていた。一体今何が起こったのかすらよく分か

らない。ただ彼らに守られるこの男性の横顔を、じっと釘付けにされるように目を開いて見

つめているばかりだ。


「──すみません。天ヶ洲さん」

 宙を気絶させた國子は、ごくりと息を呑む仁を余所に、彼女に向かってホログラム画面か

ら操作した調律リアナイザの銃口を向けていた。リモートチップを打ち込む為だ。

「──馬鹿野郎! 吹っ飛ばしてどうする!? あのままヤってりゃあ奴の面貌も取れてた

かもしれねぇのによう!」

「むう……。私はてっきり、睨み合っているのが見えた故、苦戦しているのだと……」

 思わぬ方向から戦いが中断されたジャンキーは、レンズ甲のアウター共々人間態に戻って

怒っていた。その説教の相手は、ようやく合流してきた胴着姿の灰髪の男である。

「──カメラネットワーク構築完了。映像、入ります!」

 司令室コンソールでも睦月の捕捉が終わっていた。職員らがキーボードを叩き、順繰りに乱れていた

ディスプレイ群を回復させる。


 そこには、何故か大きく破損した計三台の高級車が停まっていた。スーツ姿の男達が逼迫

したように鬼気迫り、円陣の中の誰かを見えぬ敵から庇っている。そんなさまを少し離れた

位置から、睦月が唖然として立ち、二度三度と向こう岸を見つめている。

「おい、どうした? 睦月、何があった?」

 こちらで映像を復帰させる僅か数分の間に何かが起きたのは間違いなかった。皆人はマイ

クを引き寄せて咄嗟に親友ともに呼び掛けた。司令室コンソールの面々もざわざわと困惑を漏らし始めている。

「……。健臣」

 そんな時だった。ぽつりと面々の中で一人、香月がそう誰にとも向けぬ小さな声で映像に

釘付けになっていた。ちらと、皆人だけがそれを肩越しに見遣ってじっと目を細めている。

「どうして……?」

 睦月の母にしてアウター対策チームの頭脳、佐原香月がごちる。

 皆もようやく記憶が一致した。黒スーツ達に庇われている円陣の中の男性に、一同は確か

に見覚えがあったからだ。


 小松健臣。

 三巨頭“鬼の小松”の息子であり、現文教省──文化教育省の大臣だった。

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