15-(6) ダブル・オン・ワン
「うおぉぉぉッ!」
「ぐぅっ……!」
先手を打った勢いのまま、睦月はアウター二人を遠くへ遠くへと押し遣っていた。
とにかくこいつらを学園から引き剥がさないと……。必死になって転がり込んだ先は、人
気のない空き工場だった。チィッ──! それでも、野晒しにされていた資材を薙ぎ倒し、
サングラスの男は抵抗した。しなるような拳が睦月の頬を掠め、鈍い殴打の音と共に辛うじ
て二発・三発と受け流す。それと合わせて側方から襲い掛かった逆さ帽子の少年の蹴りを、
寸前の所で姿勢を低くしながら回避する。
互いに弾かれ合って、大きく後退りした。今度は互いに慎重になり、ぐっと両脚に体重を
掛けたまま身構える。
「……へっ。随分な歓迎じゃねぇか。まさか本当にホイホイ誘き出されてくるとは」
「どうします、兄貴? あいつ置いてきちゃいましたけど」
「構いやしねぇよ。ここまで来たら仕方ねえ。このまま奴の面の下をひん剥いてやるさ」
いくぜ、トレ坊! そしてサングラスの男が力を込めてデジタル記号の光に身を包んだ。
隣に立つ逆さ帽子の少年もこれに倣う。
人間態を解いたのだ。一人は袖なしの革ジャケットに身を包んだ猿人のようなアウター、
もう一人は両手の甲に丸いレンズを備えた小柄のアウターへと姿を変える。睦月はぎゅっと
目を細めて拳を握り直した。猿人のアウターを前衛に、二人が襲い掛かってくる。
「シャラァッ!!」
素早い。猿人のアウターは縦横無尽に打ち、跳び、払い、今度は睦月を押し始めた。その
後ろではレンズ甲のアウターがじりっ、じりっと円を描きながら距離を取って二人の様子を
窺っている。
「っ……。ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
ちらと視界には映ったが、余所見をしている余裕はなかった。これに睦月も負けじと武装
を展開し、球状のエネルギー拳で猿人のアウターに反撃を試みる。
おっと……。しかし初撃のそれはかわされた。しかもぐるんと身をかわして回避される中
で彼は、腰に下げていた酒筒を手に取って一口煽りさえしたのだ。
「こんのっ!」
「っ、とぉっ……」
睦月は少しイラついた。学園の皆を守る為、不利を押して戦っているというのに、呑気に
酒なんて飲みやがって。
だが、そんな感情的な一発を、睦月はすぐに後悔する事になる。
霞んだのだ。一瞬、この猿人のアウターの動きが霞んだように見えて、逆に睦月は彼から
強烈な顎へのフックを一発貰ってしまったのである。
「な、んだ……? 急に速く──」
ぐらりと視界が揺らぐ。しかしこうなると戦いの形勢もまた、相手へと傾いていく。
怯んだその隙を逃さず、猿人のアウターはもう一発、また一発と次々に拳や蹴りを叩き込
み出した。その度に右へ左へとフットワークを刻む位置を変え、ごきゅごきゅとボトルから
酒を口にしてゆく。
『マスター!』
「……大丈夫。一体どうなってるんだ? 何だかさっきから、あいつの速さも力も、増して
きているような……?」
『まさか。あれが奴の能力か? アルコールを摂れば摂るほど、強くなる……?』
矢継ぎ早にダメージを受けて、ふらつく身体。パンドラに呼び掛けられる睦月の呟きに、
司令室の皆人が小さく目を丸くして呟いていた。
『酔拳……。酒乱のアウターか』
ニタリと嗤う猿人のアウター、もといジャンキー。戦い始めてから何度となくボトルの酒
を飲んだその身体は、淡く熱を帯びながらどんどん加速し始めていた。
ナックルのパワーでも押される。振り払えば軽々と跳躍される。
拙い……。睦月は咄嗟に距離を取り直そうとした。振り払い、間合いが空いたのを見計ら
って大きく後ろに跳ぼうとする。
「させるか、よッ!」
だがジャンキーは叫び、再び酒を口に含んだ。かと思うと次の瞬間、口から激しい炎を吐
いて睦月を追撃したのである。
「ぐっ!?」
咄嗟に両手でガードし、炎の勢いに押されるがままになる。資材の中に転がって、ガラン
ガランと大きな音を立てながら受け身を取る。
今度は飛び道具だ。睦月は息を切らしつつ起き上がり、駆け出していた。それを繰り返し
吐き出されるジャンキーの炎の息が追う。
熱波が迫った。放置された資材や工場の壁が着火して焦げる。ぐるりと円を描くように何
とか回避しながら、睦月は手元のEXリアナイザを操作する。
『ARMS』
『RESIST THE PUMA』
そうして呼び出したのは、レッドカテゴリ・緋色のマント。高熱の攻撃からも身を守る事
のできる防御用の装備だ。身に巻きつけながら、今度は意を決してジャンキーへと突っ込ん
でいく。
「……」
だが、当のジャンキーは嗤っていたのだ。ニヤリを小さく口角を上げ、パチンと一つ指を
鳴らして合図する。
するとどうだろう。それまで距離を置いて攻撃の一つも仕掛けても来なかったレンズ甲の
アウターが、ザッと両手を二人に向かってかざしたのである。
その掌にはレンズに繋がる小さな穴が埋まっていた。右手は睦月、緋色のマントをかざし
て走る守護騎士に。左手はジャンキー、合図をして鳴らしたその指に。
「──っ!?」
次の瞬間だった。このレンズ甲のアウターがこの二つの像を映し、力を込めた瞬間、何と
マントが睦月の手から消え、ジャンキーの手の中に収まったのだ。代わりに睦月の手の中に
は、コインが一枚滑り込む。
突然のことに睦月は目を見開くが、急には止まれない。そのまま防具なしで突っ込む形と
なり、再びジャンキーが放つ炎の息に飲み込まれる。
「ぐあぁぁぁッ!!」
『睦月!』『マスター!』
まともに攻撃を受けてしまった。白亜のパワードスーツが大きく焦げ、どうっと睦月は地
面に転がる。リアナイザは間一髪寸前に抱きかかえて無事だった。司令室の皆人や職員達が
今起きた出来事に目を丸くしている。
『……何だ? 一体今、何が起きて──』
「ほう? やはりこのマント、ただの布切れじゃねえな。耐熱か。だがまぁ、これでもう無
意味だ」
「くっ……!」
ジャンキーが手にしたこの緋色の衣をざっと検めてから捨てる。睦月は歯を食い縛り、引
き続いて新たな武装を召喚する。
『ARMS』
『SPARK THE GIRAFFE』
「おっと」
今度は雷撃迸る長杖だった。だがそれを目敏く反射的に見遣ったジャンキーは再び指を鳴
らして合図し、背後のレンズ甲のアウターにこれを自身の手の中に収めさせる。またもや一
瞬の出来事だった。手の中から武器が消えたと思った次の瞬間、睦月に叩き込まれたのは自
分が今呼び出した筈の杖による一撃だったのだ。
「ぐあッ?!」
『え……ええっ!? またぁ?』
『睦月! 無闇に武装を出すな! よく分からんが後ろの奴は、相手の武器を盗むらしい』
炎の直撃の他に雷撃の杖を打ち込まれ、睦月は大きく尻餅をついた格好でふらふらと腹を
擦っていた。ジャンキーがぶんぶんと杖を回して物珍しそうにこれを検め、後ろでサムズア
ップするレンズ甲のアウターと不敵なアイコンタクトを取っている。
「いたぞ!」
「拙いな……。彼が押されている。総員、救援に入る!」
『了解!』
ちょうどそんな時だった。工場の裏手、ちょうどレンズ甲のアウターがいる側から十数人
ほどの怪人──コンシェル達が駆け付けて来て一斉に戦闘態勢に入った。リアナイザ隊の援
軍だ。しかし睦月も、司令室の皆人も「止せ! 止めろ!」と思わず彼らに向かって叫んで
いた。ビームサーベルや矛、二丁拳銃といった隊士が同期したコンシェル達が、一斉にレン
ズ甲のアウターへと襲い掛かる。
「……へっ」
そして案の定、彼はその怪しい両手をかざして隊士達の位置を瞬く間に入れ替えてしまっ
た。自分の身に何が起こったのかも分からないまま、彼らはその隙を突かれてこのアウター
に次々と鋭い蹴りを叩き込まれる。
「がっ!?」「ぐあッ!」
「な、何が……!?」
助けに入ったつもりが、瞬く間に倒されてしまった。地面に転がり、しかしレンズ甲のア
ウターは構わずその足で最後の一人を踏みつけ、罵倒する。
「ははは! 馬っ鹿じゃねぇの? 本気でおいらに勝てるとでも思った訳?」
ゲシゲシと踏みつけ、蹴飛ばす。ジャンキーはそれを止めようともせず、あさっての方向
に杖を放り投げて隊士達の方に向き直った。ごきゅごきゅとまたボトルの酒に口をつけ、赤
い蒸気を上げながらまた自身の身体を強化する。
「守護騎士の仲間か。いるらしいとは聞いてたが、ふむ。先に潰しておいた方が良さそうだな」
「っ! ま、待て……!」
言ってジャンキーが歩き出す。ダメージに息を切らす睦月が叫ぼうとする。
だが二人はこちらの声など聞こうともしなかった。自分達ならどちらもすぐにでも倒せる
と高を括ったのだろう。……ギリッと歯を噛み締めた。EXリアナイザを操作し、睦月はま
た新たな武装を呼び出す。
『ま、待て、睦月! 奴らの能力は──』
『ARMS』
『CYCLONE THE PEACOCK』
皆人が止めようとする。だがそれよりも早く、睦月は武装を召喚し終わっていた。
ジャンキーとレンズ甲のアウターが振り向く。そこには睦月の背から広がるように、扇状
に展開する幾つもの金属の羽根が、滾々とエネルギーを蓄えて漂っている。
「せいっ!」
そして射出。二人のアウターに向かって、睦月はこの金属羽根を雨霰と彼らに向かって撃
ち込んだのだった。これには二人も慌てる。射出の速度もさることながら、これだけ大量の
攻撃を一度に入れ替えることが出来なかったからである。
『……』
濛々と土埃が立ち込めた。手負いの隊士らを引き離して、両者は互いに睨み合っていた。
睦月も再び金属羽根を背後に展開し、先の轍を踏まぬ攻撃を考える。
(やっぱりあの手、一度にたくさんは盗めないみたいだな。でも、僕自身が狙われたらお終
いだ。数が要る。サモンで、コンシェル達に手伝って貰うか……?)
だが、ちょうどその時だったのだ。睨み合う両者に向かって、ふと轟々と大きな音が近付
いて来たのである。
竜巻だった。ハッと気付いて見上げれてみれば、暗雲宿す竜巻が工場の向こう側から押し
寄せ、激しい風圧と共に周りにあるもの全てを薙ぎ倒そうとしていたのだった。
『なっ──!?』
「危ない!」
射線上にはまだ、ダメージから復旧していないリアナイザ隊士達。
睦月は殆ど反射的に飛び出していた。彼らを庇ってだんっとアウター二人の傍を駆けて地
面を蹴っていた。
「う、ああぁぁーッ!!」
睦月! ひゃぅっ?! パンドラや司令室の皆人達が叫ぶ。
しかし次の瞬間には彼は、轟々と速度を上げ続ける竜巻に巻き込まれて、高く高く天へと
巻き上げられていってしまったのである。




