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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-15.Father/来訪者と第二幕
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15-(1) 退院祝い

「では、睦月の退院を祝って……乾杯~!」

『乾杯~!』

 タウロス・アウターの一件から数日。表向き入院を余儀なくされていた睦月はこの日やっ

と治療を終えて家に戻ることができた。

 そうなるとパーティーが開かれるのが、佐原・天ヶ洲・青野三家の通例だ。その中心であ

り言い出しっぺである輝がいつものように料理を用意し、音頭を取ると、集まった皆はめい

めいにお茶や酒のグラスを鳴らし合って宴の合図とする。

 夜の定食屋『ばーりとぅ堂』。

 輝と翔子が営む店兼自宅に一同は集まり、わいわいと舌鼓を打ち始めていた。輝や翔子、

定之や亜里沙、宙に海沙といった何時もの面々に加え、今回は研究所ラボから一時帰宅した香月

や皆人、國子もいる。病み上がりでありながら睦月は唐揚げを口に頬張り、御握りに齧り付

き、暫くぶりの“日常”に内心そっと心癒されていた。……同時に、こうした宴を開かせる

ことになった理由──守護騎士ヴァンガードとしての自分達の戦いに後ろめたさも過ぎる。


『瀬古さんが……行方不明?』

『ああ。あの後警察が捜し回ったが、結局見つからなかったそうだ。また路地の奥へ奥へと

息を潜めてしまったんだろう』

 せめて表面上は。だがその実、内心は純粋にこのパーティーを楽しめない。

 理由は一つだった。あれだけ必死の思いで戦い、倒したタウロスの召喚主・瀬古勇の身柄

が未だに確保されていなかったからである。

『そんな……一体何処へ……? 捕まえなきゃ。あの人を野放しにはできないよ』

『確かにな。だが、これ以上俺達に何ができる? 少なくともタウロスは倒した。あいつの

手にはもう改造リアナイザは無い。これまでのような復讐殺人は不可能になった筈だ。対策

チームとしての役割は一先ずお終いだ。ホシの確保は当局の仕事だろう?』

『……。でも……』

 口篭る睦月。分かっている──されど皆人は、そうともで言いたげにじっとこちらを見つ

めていた。

 確かに自分達の戦いは終わった。アウターは倒されたのだ。

 しかし、根本的な所で事件は終わっていないような気もする。瀬古勇がこのまま改心する

とはどうしても思えなかったからだ。直接正面から対峙した睦月には分かる。あの憎しみは

尋常じゃない。故に玄武台高校ブダイの関係者を何人も惨殺できた。その犯人が未だにこの飛鳥崎

の街に潜んでいると思うと……ここで万事解決とするには楽観的過ぎる。

『気持ちは俺だって同じだ。一応、司令室コンソールの皆にも引き続き情報収集は続けるよう指示して

ある。だが何も敵はあいつだけじゃないんだ。次を考えろ。俺達の目的を、忘れるな』

『……。うん……』


(次を、か。そりゃそうなんだけど。アウターは待ってくれないんだけど)

 ちびちび。茶を啜りながらぼんやりと睦月は考える。

 携行端末──デバイスを動かす基幹AIプログラム・コンシェル。本来はデータの中でし

か存在せず、ましてや人間に牙を剥くことなど有りえない筈の彼らが、とあるツールを介す

ることでこの現実世界リアルに現出する。奴らは召喚した人間の願いを手段を問わずに叶え、その

及ぼした影響力で以ってこの世界に実体をもって具現化するのだ。

 越境種アウター

 それが自分達、対策チームが名付けた総称だ。そして彼らと戦う為の奥の手とでも言うべ

きパワードスーツ──通称・守護騎士ヴァンガードの装着者となったのが、この自分なのである。

 睦月は悶々としていた。事件後、親友にして対策チームの司令塔・皆人が語った通り、奴

らはこちらの都合などお構いなしに現れ、街を泣かせる。ずっと一つの事件に構ってはいら

れないのだ。もし新たなアウターが事件を起こせば、自分達はその害意と断固として戦わな

ければならない。

 だが、それでいいのか?

 哀しみや怒り。置き去りにされた彼らの想いを、どんどん過去に追いやっては──。

「……っ」

 ハッと我に返り、ぶんぶんと首を振る。

 いけない。顔の出しては皆に勘付かれてしまう。自分は、この大切な人達との平穏を守り

たいから戦っているのだ。巻き込んでしまっては、意味が無い。

「──」

 と、そんなパーティーの中で、睦月とは別の意味で心ここにあらずといった様子で座って

いる人物がいた。スーツ姿の気難しそうな男性。顔立ちは輝に促されて黙々と飲む定之によ

く似ている。気持ち皆とは距離を取りながら、それでも間違いなく視線はこちらに──睨む

ようにじっと向けられている。

(やっぱりまだ機嫌が悪いのかな……? 海之みゆきさん)

 青野海之。睦月の幼馴染の一人、海沙の実の兄である。普段は首都集積都市に暮らす官僚

だが、今日の日暮れ、パーティーの準備をしている最中にふらりと帰って来たのだ。

 輝と定之、海沙に亜里沙。久しぶりの家族の様子をざっと見つめてから、しかしその表情

は地というのもあるが、硬い。


『おい。海沙がストーカーされたというのは本当か?』

『えっ? な、何でその話を──』

『本当かと聞いている』

『は、はい。一時期こっそり盗撮されてて……』

 パーティーの準備が終わるまでの間、睦月はずいっと彼に首根っこを掴まれて尋問されて

いたものだ。

 彼は仕事は優秀だ。しかし妹の事となると一転、容赦なくなる。要するに過保護なのだ。

昔から海沙かのじょが大人しく、身体もそんなに丈夫ではなかったせいで事ある毎に心配するように

なってしまったのだと思うが。

『なのに、お前は入院していたのか』

『うっ……。そ、それはすみません。でも、一応犯人は捕まりましたので……』

『……そうか』

 彼は父親に似て、あまり多くは語らない。先ずもって本人ではなく、自分にこっそり問い

質してきたのも彼なりの優しさなのかもしれないなと睦月は思った。実際、事件が終わって

いると聞かされると彼はあっさりと引き下がってくれた。……託されていたのだろう。彼女

のことを。だから彼はムッとしていたのだ。自分不在ならば妹は、幼馴染であるお前が守る

んだと、そう言われたようで。


「ほらほら、海之兄ぃも飲んだ飲んだ。折角いいとこに帰って来たんだから、今夜ぐらいは

パーッと羽目を外そうよ」

「……相変わらず、お前は変わらないな」

 そう先刻のことを思い出していると、父共々いい気分になった宙が海之の所に来て酒瓶を

注ごうとしている。彼は半ば押される形でグラスを向けてやりながらも、淡々とした様子で

久しぶりの年下の幼馴染に呆れたような言葉を投げていた。睦月も苦笑いする。トクトクッ

と、彼のグラスの中に酒が満ちる。

 定之と輝が、ついっとこちらに目を遣った。性格はまるで正反対だが、自分達の“息子”

を見守る優しい眼だ。翔子や亜里沙、香月ら女性陣もグラスを交わしながら、同じように優

しくテーブルを囲む。「……もしもし」ちょうどその時、皆人のデバイスに着信があった。

皆がわいわいと和やかに食卓を共にする中で一人中座をし、ちらと國子がその背中を目で追

う中、暖簾を潜って店の外へと出て行ってしまう。

「ねえ、お兄ちゃん。今日は一体どうしたの? 帰って来るなら、前もって連絡をくれれば

迎えにだって行ったのに」

「そうよねえ。普段忙しいから、中々連絡も取れないし……」

「っていうか、帰省にはまだ早くない? 夏休みなら二ヶ月くらい先だよ?」

 それとほぼ同じ頃合だった。談笑を繰り広げる中で、ふと話題は海之の突然の帰省につい

ての疑問となっていた。

 海沙がちょこんと小首を傾げ言う。亜里沙も、宙もそれに応じてグラスを傾けながら、も

ぐもぐと口の中のサラダを飲み込んでから問うた。

「ああ、その事か。こっちに顔を出したのはついでだ。今回、飛鳥崎で別件の仕事ができて

しまってな……」

 分かっていると思うが、口外はするなよ?

 すると、グラスの中の酒を軽く煽ってから、海之は言う。

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