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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-2.Prologue/超越者の誕生
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2-(3) 見舞い人たち

 ばたばたと、院内を走り抜ける人影がある。

 エレベーターがその階に着き、扉を開けると、その者は周りの人達が振り返るのも構わず

走り出す。

「睦月、大丈夫? 生きてる!?」

「おい、五体満足か!? 香月さんとこの研究所ラボが爆発したって聞いたぞ?!」

 それは他ならぬ宙と輝の父娘だった。二人は周りの迷惑も構わず開いたエレベーターから

猛ダッシュで病室に駆けつけ、後ろで「ちょっと、あんた達落ち着きなさい!」だの「ま、

待って~……」だのと、叱ろうとしたり息切れしたりしている翔子や海沙を置いてけぼりに

してしまっている。

「……う、うん。大丈夫。平気、です」

 そんな幼馴染ズに、当のベッドでのんびり本を読んでいた睦月は、思わず呆気に取られて

しまって。

「ぜぇ、ぜぇ……。ご、ごめんね? むー君が巻き込まれたって聞いて、ソラちゃんもおじ

さまももの凄い血相を変えて……」

「あ、当たり前でしょ! それにあんただって、連絡受けた時、大泣きしながらあたしに電

話してきたじゃない」

「そ、それはぁ~……」

「……本当、ごめんなさいね? 後でしっかり叱っておくから」

「い、いいえ。こちらこそご心配をお掛けしたようで、申し訳ありませんでした」

 宙に言い返されて顔を真っ赤にしている海沙。その横で笑顔で夫への鉄拳制裁を済ませな

がら翔子が言った。随分と賑やかな、大げさな……。だがそれだけ自分を心配してくれたの

だろうとすぐに思い直し、睦月はベッドの上からぺこりと苦笑しながらも頭を下げる。

「はは。なぁに、案外元気そうで何よりだ。ニュースを見てまさかと思ったが、どうやら手

塩にかけた弟子がくだばってなくて安心したぜ」

「お父さんとお母さんも、お仕事が終わったらすぐにこっちに来るって」

 むくり。壁にめり込んでいた筈の輝がひょこっと顔を出し、そう呵々と言って笑った。隣

にいた海沙も、そう言って心配と安堵の入り混じった表情をしている。

「……そっか。またおじさん達にもお礼言っておかなきゃなあ」

 苦笑いを見せつつも、睦月は内心そんな彼らの姿と次々に掛けられる言葉に大きく安らぐ

心地がしていた。

(爆発事故、ねえ……)

 先日の研究所ラボ襲撃は、どうやら施設内の電気系統を原因とした爆発事故として処理されて

いるらしい。まさか越境種アウターという怪物の仕業です、などとは口が裂けても言えまい。

 改めて事の深刻さを、間接的ながら知ることになった。自分が受けた使命の重みが望まず

ともずしりと圧し掛かってくる。

「それで、その。むー君は大丈夫なの? 何処か怪我してない?」

「うん。僕自身はそう目立ったものは無いよ。ここに担ぎ込まれたのだって、念の為の検査

入院だそうだから。一週間くらいしたら退院できるって」

「そっかあ……。よかったぁ……」

 ちょこんとベッド脇に身を乗り出した、この控え目な幼馴染の安堵するさまを見て、睦月

はフッと微笑みを向けながら苦笑する。実際倒れた原因は初めての変身による過負荷であっ

て、あれだけの大立ち回りを演じたのにリアルの身体には怪我らしい怪我はない。母の作っ

た装着システムさまさまである。

「──あまり病院内で騒ぐなよ。ここは学園じゃないんだ」

 すると、それまで部屋の隅で黙り込んでいた人物がそっと口を開いた。先客として睦月を

見舞ってくれていた、皆人と國子である。

「あれ? 皆っちに國っち。来てたんだ?」

「ああ。親父の名代でな」

「そっか……。あの研究所って三条君のお家の系列だもんね」

 宙が視線を遣って気安く笑い、海沙がご愁傷様と言わんばかりに困り顔になる。

 だが当の皆人はくすりとも表情を変えなかった。付き添いで来た國子も同じく彼の傍らで

微動だにしない。

「そう言えばむー君、おばさまは? 大丈夫なの?」

「うん。怪我人は出たけど、皆命に別状はないって。母さん達も今朝出て行ったよ。事故が

起きて後始末が色々あるとかで」

「あ~……」「まぁ、そうなるわよねぇ」

 故に間が持たないと思ったのか、そう海沙が話題を変えて訊ねてきた。これも想定内だ。

事実をあるがままに、そして詳しい隠すべき所はオブラートにして答える。

 命に別状はない。だが重症の人もいるにはいるのだそうだ。

 あの時ぐったりと倒れていた冴島の姿が浮かぶ。退院したら、早い内にお見舞いに行かな

きゃなと睦月は思った。

「……じゃあ、俺達はこれで」

「失礼します」

「およ? もういいの?」

「えーと、ごめんね? 折角来てくれたのに騒がしくしちゃって」

「気にするな。というよりそれは俺じゃなく睦月に言え」

 そうして皆人と國子が背を預けていた壁から離れ、病室を立ち去ろうとする。宙や海沙達

が各々に気を遣って引き止めたが、肩越しの皆人の表情かおはむしろ穏やかなものだ。

「……幼馴染同士、ゆっくりしていけ。俺達も色々やる事が溜まってる」

 しん。二人が出て行って、暫し睦月達は黙り込んでいた。

 院内の小さな生活音や、機材を運ぶ車輪カートの音が聞こえる。ようやく宙達も落ち着いたよう

だ。ふぅと一度大きく息をつき、苦笑いしながら再びこちらに話し掛けてくる。

「ま、無事で良かったよ」

「一時はどうなる事かと思ったからねえ。この前は強盗事件もあったし、どーにも最近物騒

だったからさあ」

「……そうなんだ」

「ああ、確かにそういうニュース見たわねぇ。災難って重なるのかしら。香月さんも、お仕

事が水の泡になってないといいけど……」

「泡っつーか灰だろ。火事なんだし」

 う・る・さ・い。翔子が黒い笑顔のまま振り返り、輝のしたり顔なツッコミを黙らせた。

(……やっぱり、僕が装着者になって戦う以上、皆を巻き込まないようにしないと……)

 相変わらず面白い人達だ。睦月は苦笑わらう。だけどそんな明るく、情に篤い彼らがいたから

こそ、自分は今まで何不自由なく生きてこれたのだと思う。

「ねぇむー君、何か手伝える事ない?」

 そんな時だった。そう内心改めて腹を括り直す睦月に、すーっと海沙が甲斐甲斐しく世話

を焼こうとしたのだ。ベッドの脇に置かれた彼の荷物を覗き込み、ファスナーを開けようと

する。

「急な入院だったから、足りない物もあるだろうし──」

「ああぁーッ! だだっ、大丈夫! 大丈夫だから! その辺は母さんが来た時にやってく

れてるから、気を遣ってくれなくていいから!」

 故に睦月は慌ててこれを手を伸ばし制止した。びくんと海沙が思わず身を強張らせて手を

止め、目を瞬かせながら頭に疑問符を浮かべている。

「そ……そう? ご、ごめんね。そうだよね。いくらむー君のでも、男の子の私物だし」

「あ、うん。まぁ……ね。こっちこそ、いきなり叫んじゃってごめん……」


『──睦月、お前に返しておく。これからはお前の持ち物だからな』

 遡ること十数分前。睦月の病室を訪れた皆人は、そう言って彼にある物を手渡していた。

 それはあの銀のリアナイザと、いつの間にか手元からなくなっていた自身のデバイス。

 だが睦月は後者よりも、そのリアナイザが彼の手にある事の方に驚いていた。何故ならあ

れは、越境種アウターを討伐する為に作られた特別な物であって──。

『何を今更驚いてる。俺が何も知らないと思ったか?』

『え?』

『三条電機第七研究所ラボ──名前の通りあそこはうちの系列だ。越境種アウターの事も対策チームの事

も、全部知っている。そもそも親父は、対策チームのリーダーをやっているしな』

『そう、なんだ……』

 だが何を隠そう、親友ともは以前より知っていたというのだ。

 越境種アウターの事、母ら対策チームの研究にパンドラの事、自分が現状唯一の変身可能者である

事。

『まぁリーダーと言っても、実際は責任の押し付け合いの結果なんだが……』

 睦月が自分からデバイスとリアナイザを受け取ったのを確認すると、皆人はカツカツと窓

際に歩いて行ってまだ眩しくも穏やかな外の風景を眺め出す。

『俺や國子も、対策チームの一員だ。これからは友人として、同胞として、お前の戦いをサ

ポートする。そのデバイスにはパンドラと、今調整が済んでいる全てのサポートコンシェル

をインストール済みだ。分からない事があれば彼女か、或いはおばさ──香月博士に訊け』

『……うん。ありがと』

 ぶっきらぼう。だがこの親友ともは何処までも親友ともなのだなぁと思う。

 銀の、EXリアナイザを鞄の上にそっと置き、睦月はそう、何となしに手の中のデバイス

をころころと転がしていた。

『それと、もう一つだけ』

『うん?』

『そこに新しく連絡先を入れておいた。退院して、一段落ついたら掛けてきてくれ』

『? 分かった。でも、何で……?』

 そして更に言われて、睦月は小首を傾げる。

 皆人の連絡先? そんなのはとうに交換してる筈だが。番号でも変えたのだろうか。

『……お前に、見せておかなければならないものがある』

 沈黙すること数拍。

 するとこの親友ともはそう、窓際に差す光を浴びながら、この寡黙な護衛の少女を従えるまま

に言ったのだった。

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