14-(7) 傲慢と嫉妬
「──はあっ、はあっ、はあッ、はァッ……!」
暮れなずむ夜闇一歩手前の街は、あたかも今の彼を象徴しているようでもあった。
勇は一人弾かれたように逃げ続け、暮れゆく飛鳥崎の市中を彷徨っていた。まだあの場で
目の当たりにした光景が、目に焼き付いて離れない。
「くそっ! どうしてこんな事に……。まさかあいつがやられるなんて……」
烈火に包まれ、バラバラに切り刻まれたタウロス。
視界がずっとぐらぐらと揺れていた。自分が致命傷を負った訳でもないのに、まるで今の
自分は満身創痍じゃないか。
一言でいえばショックだった。まさか自分達が敗れるなど考えもしなかった。
勇は酷く焦っていた。これでは奴らを殺せない。ブダイの連中を、一人残らずあの世に送
る事が出来ない。最大にして唯一の手段を失ったのだ。一体これから、どうすればいい?
……いや。それにしても何故だ? 何故こんなに、握り潰されてしまいそうなほどこの胸
の奥は苦しくて堪らない……?
「おうっ?」
そんな時だった。ふらふらと道端を歩いていた勇は、対面から歩いてきた年上の男達の脇
腹にぶつかってしまったのだ。恰幅のいい、何より明らかに柄の悪いその男が連れの仲間達
と共に立ち止まり、振り返ってくる。むんずと、そのままぶつかった自覚もおぼろげに通り
過ぎていこうとする勇の首根っこを掴んでくる。
「おいコラ。何華麗にスルーしちゃってる訳?」
「痛いじゃないのさ~。俺、あばら逝っちゃったかもしんないな~」
「聞いてるか、てめえ? 謝りの一つくらいしろってんだよ」
「……」
しかしながら、今の彼にはもう街のチンピラを相手にするほどの余力は無かった。これが
宜しくない方向に進みそうだという思考力すらも、ぼんやりとした気力体力の中には残され
ていなかった。
気長でいてくれる訳がなかったのである。男達はややあってそんな勇の態度を舐めている
と解釈し、力ずくで近くの路地裏に連れ込んだ。暗がりが落ち、他に誰も人気などないその
場所で、彼らは暫く抵抗できない勇に殴る蹴るの暴行を加え続けた。
成されるがままだった。勇の五感には、理由も遅延し過ぎる痛みばかりが襲い、どうしよ
うもなく霞む一方の視界の中に数人の人影が囲む。おそらく罵声の類が浴びせられているの
だろうが、もうその逐一を聞き取れるだけの余裕すら彼の中には無かった。
「何でぇこいつ? サンドバッグでももう少しは殴り甲斐があるぞ」
「さっきから何言っても反応してねぇしな。薬でもキメてんじゃねーの?」
「マジかよ。ボコって損したわ……。なら金取ってくか。どうせ解ってないんだろ?」
もう何度目か。ぞんざいに蹴飛ばされ、路地裏のアスファルトに転がる。男達はそう愚痴
のように言い合い、今度は懐の中を探り始めた。
「……」
勇はそれでも何も抵抗できない。仰向けに倒れたまま、途切れかける意識の中で辛うじて
舟を漕いでるだけだ。
(……何でだ? 何で、駄目なんだ……?)
始め理不尽があった。力を欲した。弟の無念を晴らし、ブダイとその後ろに居座る悪人達
を片っ端から駆逐したかった。
その為の相棒だ。その筈だった。契約を結び、まだ一ヶ月ほどの付き合いしかない。でも
都合のいい事に自分の願いを叶えてくれると言った、怪物だった。
なのに何故だろう? この強烈なまでの空っぽは。改めて思う。自分は無力だ。あいつの
力を借りねば、弟の仇一人すら討てなかった貧弱な人間だ。あいつの威を借りて何でも出来
ると思い上がっていた、無力な人間だ。
タウロス。何故死んだ?
守護騎士。何故殺した?
ぎりっ……。強く歯を食い縛る。そうだ、奴が現れてから全てがおかしくなったんだ。
何故止める? 何故相棒を殺した? 俺が仇を駆逐したいという願いと、お前のヒーロー
ごっこに何の差があるというんだ?
何が違う? お前と俺の、一体何が違うっていうんだ……!?
「──判決を言い渡す。傷害罪にて、死刑」
まさにその時だったのである。はたと突如、朗々と読み上げるような声が場に響いた。
ハッとそれまで混濁していた意識がその声を聞き取る。男達もにわかに聞こえてきたこの
声の主を探し、キョロキョロと辺りを見渡し始める。
「あん? 何──」
そして異変はその直後に起こった。めいめいに視線を振り回す男達の首が、身体が、突然
真っ二つに刎ね飛び、或いは目に見えない何かに押し潰されてぐちゃぐちゃに破裂したのだ
った。瞬く間に場は男達の亡骸と血で満たされる。勇は仰向けながら、その一部始終を確か
に両の瞳に映したのだった。
「……やあ。無事かい?」
カツン、カツン。近付いてくる足音と、向けられた声が自分に対するものだと理解するの
に勇は数秒の時間を要した。
あ、ああ……。生返事ながらも応えようとして痛む身体を起こし──そして彼は対面した
その人物の姿に思わず身を硬くする。
人間ではなかったのだ。一応は人型だが、顔は不気味な一つ目の銀仮面だし、濃白の滑ら
かなショールを羽織った身体は明らかに常人の背丈とも違う。はらはら。左手には銀縁で装
飾された分厚い本を持っており、それを目の前でぱたむと閉じる。
「あんたは……?」
「瀬古勇君、だね? 君の“正義”しかと観させて貰った。世に蔓延る屑どもを許さないそ
の義憤、まさに本物だ。君こそ私が探し求めていた逸材に相応しい」
目の前の出来事に意識がしゃんとしてきた。自分は夢を見ているのか……? それでも勇
はぼうっと思いつつ、この一つ目仮面を見上げながら半ば直感的に悟る。
そうか。こいつはタウロスと同じだ。タウロスと同じ、常人を超えた力を感じる……。
「だが残念な事に、今の君には足りないものがある」
「足りないもの? 何だよ、それって」
「権力さ。権力こそが、数多世に語られる正義を正統たらしめる」
力? チカラ?
妙に仰々しい話し方をするなと勇は思ったが、その言葉のニュアンスから言いたいことは
何となく理解できた。権力。正統でさえあれば、この怒りも正しくなる……?
「私と来るといい。足りぬ権力も失った力も、私なら全て取り戻してやれる」
すっ。
そうして一つ目仮面の怪人は、スッとこちらに気持ち屈んで手を差し出してきた。
返答を求められている。勇は最初唖然と彼を見上げていたが、ややあってその手に己が手
を伸ばし、握り返していた。
……そうだ。俺は諦めてはいけないんだ。
あいつらを駆逐する、弟の無念を晴らす為に……。
「──」
手の中に答えを返されて、一つ目仮面の怪人はデジタル記号の光に包まれて姿を変えた。
フッと静かに口角を吊り上げ、彼はこの勇の伸ばした手を強く固く握り返す。
変じた人間態。仮の姿。
それは他でもない、白鳥涼一郎──飛鳥崎中央署の警視だったのである。
-Episode END-
▲シーズン1『Begining the Vanguard』了




