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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-14.Justice/正義感症候群
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14-(4) 曝け出せ

 ──此処は一体、何処なのだろう?


 いつの間にか遠くに手放していた意識が戻って来た時、睦月が最初に覚えたのはそれまで

経験した事のない不思議な浮遊感だった。

 眩しい。まだぼやっとした目を凝らしてみると、どうやらだだっ広く真っ白な空間が延々

と広がっている。更にそこには無数の視えるノイズ──群れを成して泳ぐデジタル記号がそ

こかしこで忙しなく流れており、睦月の頭の中を不明瞭の一言で埋め尽くす。

 そんなデジタルの群れの向こう側に、幾人もの人影があった。

 人だ……。思わずほっとしてその斜めに倒された仰向けから起き上がろうとするが、それ

すらままならない。手を伸ばし、僕はここだよと叫ぼうとしても、喉がまるでカラカラに渇

いてしまっているかのように詰まっていて、声も出ない。

(……どうなってるんだ。僕は一体……)

 再び不安な面持ちになり、必死に記憶の引き出しを探り直す。

 そもそも自分はどうしていたんだっけ? ああそうだ。自分達は西区の繁華街で再びタウ

ロス・アウターと瀬古勇を見つけ、戦ったんだ。途中で鉄仮面のアウター達──皆人が呼ん

でいた名前だとサーヴァント・アウターの群れが邪魔をしてきて、結局また一人犠牲者を出

してしまったのだ。そして事前に母さんから言われていたように、ちょっとやそっとじゃ倒

れない奴を倒す為に強化換装を行おうとして、でもいう事を聞かなくて──。

「……」

 記憶が部分部分で飛んでいる。物凄い炎が、力が自分を包んでいくさまが断片的に脳裏に

焼き付いている。だけどそれまでだ。その後自分がどうなったのか、タウロスと瀬古は、皆

は無事なのか? それすら分かっていない。

(暴走、だったのかな?)

 断片的に残る記憶の像を瞼に、睦月はそうたっぷりと間を置いて結論を結んだ。

 この掌が弾かれたのを覚えている。赤い電気のようなものに押し返され、拒まれたのを覚

えている。

 何故? どうして? 今使えなくちゃいけないのに。

 そうだ。自分は力ずくでEXリアナイザの銃口を押し当てたのだ。あのアウターを倒さね

ばならない。瀬古勇という復讐の人を止めなければならないと思って。

「──ッ!?」

 だが、ちょうどその直後だったのである。はたと睦月は自分への視線を感じた。

 それも一人や二人なんてものじゃない。二十? 三十? いや、何十人もの眼がこちらに

向けられている。その気配を感じ、半ば反射的に反動をつけながら全身で振り向いたのだ。

「こ、これは……?」

『…………』

 ずらりといた。いつの間にか、睦月はその何十人もの人影に取り囲まれ、それぞれからじ

っと見つめられていたのだった。しかし彼らの姿はさっきデジタル記号の群れの向こうに見

た人影とはだいぶ違う。全身が上から下へ流れる無数の数列で形作られており、加えてよく

よく観てみれば一人一人微妙にその輪郭も大きさも、造形も違う。

「……まさか。僕の、サポートコンシェル達?」

 そしてそれは半ば直感であった。はたと睦月はシルエットからこの者達の正体にややあっ

て気付き、恐る恐るといった様子で訊ねていたのだった。

『ああ、そうさ』

『全く……。随分と無茶をしてくれたじゃないか』

「ご、ごめん……。ね、ねえ。此処は一体何処なの? それにこうやってお話できるなら、

何であの時力を」

『まぁそう焦らないでください。一度に幾つも質問するのはマナーがなっていませんよ』

『一つ答えるなら、此処は“こちら側”さ』

『そしてもう一つ。俺達は何もまだお前のモノになった覚えはない』

「えっ……?」

 自分で訊いておいて何だが、睦月は頭の中がにわかに混乱した。此処が何処かという質問

の答えが結局曖昧だったという以上に、コンシェル達の内一人から発せられたその言葉に多

かれ少なかれショックを受けたからだ。

「僕のものじゃないって……。それってどういう事? 君達はパンドラと一緒にデバイスに

インストールされたんじゃなかったの? それとも僕が、冴島さんの役目を奪うような真似

をしたから──」

『いや、そういう話じゃない。所有権云々は我々としてはあまり興味を持たないしね』

『そういう小難しい話じゃねえんだ。……なあお前。お前は一体何の為に戦ってる?』

「? それは勿論、アウターから皆を守る為に──」

『そうじゃねえ。俺達はお前の“本音”が聞きたいんだよ』

 二度三度、コンシェル達にこちらの言葉を遮られた。にも拘わらず向こうは、こちらの言

葉を違うと言い、更に答えを求めてくる。

 睦月は困惑していた。どういう意図なのかと思った。

 本音? そもそもアウターと戦う為に、君達は作られたんじゃないのか……?

『あ~……。こりゃあ重症だね』

『ふむ。ではもっと噛み砕いて説明しましょう。佐原睦月さん、貴方は自分を騙している。

自ら“壁”を作っているんですよ。そんな事では我々も充分に融合できない。先の戦闘で赤

の換装に失敗したのも、それが原因です』

「騙している? 僕が?」

『そうだっつってんだろ。だからそういう意味じゃ、あの瀬古っていう奴の方がよっぽど自

分に正直だぜ?』

「ッ?! そんな事……!」

 そんなこと。思わず睦月は反論しようとした。だが肝心の言葉は、そこで止まる。

 彼らは言う。お前は自分を騙していると。壁を作って彼らを拒んでいると。……そうなの

か? それが今回の失敗の原因だというのか? 自分には分からない。だが当のプログラム

である彼ら自身がそう言うのだから、おそらく間違いないのだろう。

「……。僕は……」

 くしゃくしゃになった紙を伸ばし直すよう。睦月はぎゅっと眉間に皺を寄せ、はっきりと

言葉にならない頭の中を、スゥッと下がって胸の内をもう一度見つめ直した。

 本音。思ったこと。

 最初に守護騎士ヴァンガード役を頼まれた時、それは自分にしか出来ないことだと言われた。……嬉し

かった。自分にしか出来ないことがある。つまり、それを果たしている限りは、自分はここ

にいていいんだと胸を張れる。

 そうだ。頷いた理由はそこだった。海沙や宙、母さんや皆人、陰山さん、輝おじさん達。

皆を守りたいという願いは、そもそも自分を許してくれる彼らを失いたくないと同義だった

筈だ。認めて貰えるかもしれないと思った。ここにいて、皆の傍にいて、生まれてきてもよ

かったという証を、残す為──。

「僕は……僕の為に戦い始めたんだ。欲しいものが、失いたくないものがあったから」

 ぽつり。呟く。

 するとどうだろう。まるでその言葉を待っていたかのように、睦月に向けられる視線に穏

やかさが宿った。相変わらず無数の数列──デジタル記号の滝で表情など分かる筈もないの

だが、不思議と彼らがニッと笑ってくれたような気がした。

『ああ。それでいい』

『やっと素直になれたな』

 そして次の瞬間、セカイがにわかに動き出した。いや、動き出したというよりは睦月を中

心とした辺りの風景が急に遠くへスクロールし始めたのだ。

 後方、左右上下から無数のデジタル記号が通り過ぎていく。同じくコンシェル達も、スッ

と残像を描くようにこちらから一斉に離れ始めた。思わずその場で手を伸ばし、引き止めよ

うとした睦月に向かって彼らは言う。

『忘れるな』

『こちら側と向こう側を繋ぎ、越えるのは、強い願いだ──』

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