14-(3) 不思議な生き物
彼との出会いは、少なくとも我々にとって基本をなぞるもので、有り触れたものだった。
“蝕卓”の運びやに連れられ、私は召喚に応じた。
デバイス──私の本体を収めた真造リアナイザ。
その引き金をひいたのは、まだ年若い一人の少年だった。
『オ前ノ願イハ何ダ? 何デモ一ツ叶エテヤル』
『……殺したい。優を見殺しにしたあいつらを、一人残らず殺したい……!』
名を瀬古勇といった。後でグリードから話を聞くに、どうやらこの少し前に弟を自死で亡
くしたのだそうだ。どうでも良かった。ただ私は生まれついてのプログラムに則り、彼との
契約を済ませた。額に指先を当て基本となるデータを回収、以降のプロセスを遂行する為に
適した姿と能力、そして個を獲得する。
『……契約は完了した。では、お前の願いを実現させるとしよう』
今思えば、あの時から彼は強い感情を瞳に宿していたのかもしれない。
言ってしまえば憎しみだ。弟を失い、その咎を誰かにぶつけなければ此処にいる事すら出
来なかった激情。今もあの時も、彼を突き動かす原動力はそれであり、それ以外には存在し
ていない。
だが正直、最初の頃私はその感情がよく解らなかった。何故そこまで? 何故自分ではな
い他人の消滅、いち現象にそこまでエネルギーを費やせるのか。
それでも現実世界の人間を殺すことは、大きな影響力の獲得に繋がる。
疑問を抱けど、私は一先ずこの利害の一致に身を任せることにしていた。彼は仇とやらを
討ちたいし、私はそれを幇助する事で実体化へと近付ける。
彼は私との契約の直後、生家を飛び出した。激情ながらも自分がやろうとしていることの
意味をよく解っていたのだろう。私達はその仇──玄武台高校の野球部、及び教員関係者を
徹底的にマークしていった。
人目につき難い夜と場所を狙い、一人また一人、或いは群れている所を確実に殺す。
そうやって絶命させた人数が七人になった時、私は遂に実体を手に入れた。
……本来なら、もうこの時点で彼という“繰り手”は不要だった。後は彼の持っているリア
ナイザ──基盤データの収まったデバイスを取り込み、完全な進化を遂げるだけだった。
なのに、私は彼を始末しなかった。出来なかった。尚も復讐に燃えている彼を見て、何故
かここでその炎を絶やしてしまうことが酷く惜しいように思えたのだ。
……可笑しな話だ。私は最初の頃、彼という人間がよく解らなかったのに。
だから私はその後も、彼と行動を共にすることにした。復讐は続き、そのターゲットは今
や玄武台高校そのものへとシフトしつつある。
興味があった。もしその本懐が果たされた時、一体彼はどうするのだろう?
解るのだろうか? その時には私にも、彼の「心」とやらが理解できるようになっている
のだろうか……?
「──んぅっ」
「む?」
どれだけ時間が経ったのだろう。タウロスは勇が身じろぎをして目を覚まし出したのに気
付き、ふいっと視線をその方向に遣った。
郊外の廃ビルだった。今は人気の無いワンフロア、鉄骨や床材剥き出しの丸々を隠れ家と
して使っている。
ジーンズ生地の上下、錆緑色の無地のシャツ。短く刈り上げた人間態の長身をのそりと背
を預けていた柱から起こし、タウロスは彼の下へ歩いていった。途中でテーブルの上に置い
てあった備蓄の水を一本、手に取る。
「目が覚めたか。とりあえず飲んでおけ。渇いているだろう?」
「……ここは。そうか、お前が連れて帰ってくれたのか。あいつらは……どうなった?」
「分からん。だが炎の向こうで退散するのがちらと見えた。おそらくは奴らもあの少年を連
れて離脱したのだろう」
「平本は?」
「問題ない。首ならあの場で跳ねた。あれほどの火の手では今頃消し炭にでもなっているだ
ろう」
……そうだな。勇は半分身を起こそうとしながら呟いた。だが先刻のダメージがあるのか
すぐに痛みに表情を歪め、大きく肩を落とす。無理をするな、今は寝ていろ。タウロスはそ
んな彼をそっと押し留めて寝かし直してやり、三口ほど付けられたペットボトルを枕元に置
いてやる。
「くそっ! 守護騎士……!」
それでも憎しみの炎が燃え続けているのは、流石といった所か。勇は仰向けにボロ布を軽
く腹に被せたまま、ギリギリと今は見えない邪魔者を思って激しい敵意を漏らした。
タウロスは黙っている。ちょうど半ば背中を見せるようにして傍に座り、ぼんやりと眼下
に広がるネオンの灯を眺めながらそっと腕を擦っている。
(守護騎士、か……)
勇には黙っているが、タウロスはその服の下に幾つもの火傷を負っていた。その殆どは持
ち前の自己修復能力で治っているが、それでもまだ部分的に回復が追いついていない。特に
あの猛火と直接打ち合った戦斧、それを握っていた両腕から胸元にかけては今も不自然に変
形した傷口が残っている。
何という力だろう。どうやらあの時放たれた炎は彼自身も制御できていない、言うなれば
暴走状態のようだったが、さりとてその破壊力は本物だ。誰に言われるでもなく、今この身
に残り、刻まれたままの傷痕達がそれを証明している。
(今度また奴に会えば、私は……)
勇がギリギリと奥歯を噛み締め、沸々と仰向けのままろくに動けない自身を呪っている。
タウロスはちらと、肩越しにそんな彼を見遣っていた。
ぎゅっと。袖越しに握った左腕をそっと胸元に持ち上げ、彼はただ言葉なく再び飛鳥崎の
夜景を見つめている。




