14-(2) 激昂、詰問
「睦月!」「むー君!」
報せを受けて宙と海沙、天ヶ洲・青野両家の面々が駆けつけた時、時刻はとうに深夜を大
きく回っていた。消灯後の病院。大慌ての叫び声と廊下のラバー質を鳴らす靴音だけが辺り
に響き、一同はエレベーターが開くのもそこそこに押し寄せる。
「……来ましたか」
だが、肝心の病室には「面会謝絶」と書かれたプレートが下がっているのみ。
代わりに六人を迎えたのは扉の前に立っていた皆人と、同じく彼に付き添うような形で佇
む包帯を頭に巻いた國子であった。
ちらり。しんとしていた院内だけに彼女らの接近は容易く分かる。
皆人は肩越しにこちらを見遣り、國子はスッと無言のまま小さく会釈をした。そこには社
交辞令のような余裕はない。事がそれだけ予断を許さぬものであることを窺わせる。
「ああ、三条君」
「話は聞いたぜ。……睦月は?」
その雰囲気を定之が逸早く気取る。ずいっと前に出、輝が隠し切れぬ顰めっ面のまま今部
屋の中にいるであろう当人、睦月の現状を問うた。
「今は眠っています。何とか一命は取り留めましたがまだ目を覚まさず、こちらも安易に刺
激できない状態です」
彼が病院に担ぎ込まれた──そう聞いて宙や海沙達は夜半にも拘わらず飛んで来たのだ。
しかし扉の前に下がっているプレートの通り、事態はかなり深刻らしい。答えた皆人の言
葉に海沙や翔子は声も出ずに青褪め、宙や輝はギリッと強く歯を噛み締めるしかない。
結論から言えば、睦月は強化換装に失敗した。故にその暴走したエネルギーは燃え盛る制
御不能の炎となり、膨れ上がって彼自身や周りを巻き込む大爆発を起こした。
それでも死者が出ずに済んだのは、不幸中の幸いというべきか。
暴走したエネルギーが限界を迎える寸前、國子がリリースワクチンを睦月に命中させる事
に成功したため、破壊力が多少なりとも軽減されたものと考えられる。尤も直前のタウロス
との戦闘に加え、國子や仁以下リアナイザ隊の面々は大半が負傷してしまった。何よりも当
の睦月が負ったダメージは外見以上に大きく、何とか峠を越した今も目を覚まさない。
「睦月……。ごめんなさい……ごめんなさい……」
「佐原、生きろ。生きてくれ。俺達はまだ、お前に全然──」
悲壮なままに。
時を前後し、病室の中では香月や仁、まだ動ける隊士や対策チームの仲間達が交代で必死
の看病を続けている。静かに計器類の電子音がリズムを刻み、息子の手をじっと握り続ける
母の横で、時折面々が汗を拭ったり声を掛けたりしている。
「……むー君は、西区の爆発事故に巻き込まれたんだよね?」
「そうだ。ちょうど睦月達があの場に居合わせていてな。それでこんな事になってしまった
んだ。……すまない。俺がついていながら」
御曹司自ら深々と頭下げて謝罪する。自分達に知らされた第一報通り、彼はあくまで睦月
は事故に巻き込まれたのだと説明していた。
だが確認するように口を開いた海沙を始め、場の誰一人としてその言葉をすんなりと受け
止める者はいなかった。不審。疑いの眼が一斉に皆人へと飛ぶ。
「頭上げなよ。そうやってそっちで勝手に手打ちにしないで欲しいんだけど。……何で?
何でそんな所に睦月がいたの? 何でそれをあんたが知ってるの? まさか全部偶然だなん
て言わないよね?」
「うちの仕事を手伝って貰っていたんだ。今日だけじゃない。お前達には黙っていたが、以
前から時折──」
「ふざけないでッ!」
淡々と、まるで用意されたような言葉を返す皆人。
しかしその台詞の途中を遮り、宙はむんずと彼の胸元を掴んだ。身長差故に見下ろされる
形にはなるが、一度心に火が点いた彼女はもう誰にも止められない。
「そんな事を訊いてるんじゃない! あたしは怒ってんのよ! あんたン家の仕事? それ
を睦月が? 何であいつなのよ、何であいつに頼まなくちゃいけないのよ!?」
「そ、そうだよ。ただでさえむー君は一度ポートランドで大変な目に遭ってるんだよ? あ
の時は大した怪我じゃなくてよかったけど、最近はテロとか通り魔とかで何かと物騒だって
いうのに……」
その実、事情の合理的な説明などはどうでもよかった。ただ無性に心が叫びたがっていた
のだ。何故? 彼女達にとってはその一点だった。何故他でもない、睦月がこんな目に、彼
ばかりがこんな危ない橋を渡らなければならないのか? 皆人がその“仕事”とやらを黙っ
ていたことも火をくべたが、何よりそんな理不尽さに幼馴染の少女達は憤るのだった。
「そ、宙ちゃん。海沙。あまり三条君を困らせちゃ……」
「まぁ、こいつらの気持ちは分からんでもねぇがよ。それならそうと、せめて俺たち大人に
は相談くらいしてくれりゃあ良かったのに……。まだ三ヶ月と経ってねぇんだ。あいつは何
だかんだで背負い込み易い奴だからよ。無理だけは、させてやるな」
「……すみません」
亜里沙がそんな険悪な空気に居た堪れなくなっている。それでもいち保護者として、輝が
ふんすと腕組みをした状態でそう訥々と諭しの弁を向けていた。返す言葉もない。ただ皆人
は國子が止めように止められぬのに気付きながらも、只々深く頭を下げて責任の全てを受け
止める他ない。
「……皆人」
普段の愛称でもないストレートな呼び方で、しかし宙はまだ彼の胸元から手を離さない。
睨み続けていた。じろっと、尚もまるで腹に一物あるといった感じの皆人を疑いの眼で見
つめ、収まりの付かない想いを疑問に乗せてぶつける。
「ねえ。もしかしてポートランドの時、何かあったんじゃないの? あんたン家、誰かに狙
われてんじゃないでしょうね?」




