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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-1.Prologue/運命は電脳と共に
1/518

1-(0) プロジェクトD

▼シーズン1『Begining the Vanguard』開始

 そこは薄暗い、やけにだだっ広い一室だった。

 内装は酷く殺風景のようだ。暗くて全体までは見渡せないが、調度品の類は一切置かれて

いないように見える。

 代わりに、幾つもの機材が置かれていた。

 竿状の器具の先に付いた観測機、ただ一ヶ所に集められた心許ない照明、淡々と電子音を

立てながら画面にグラフを描き続けるノートパソコン。それらを、何人もの白衣の人物達が

操作してその時を待っている。

「……」

 そんな彼らに囲まれるように、一人の男性が立っていた。

 白衣こそ引っ掛けているが、下に着たワイシャツはネクタイも無く比較的ラフなものだ。

年齢は三十歳半ばくらいだろう。彼はやや俯き加減で表情を隠し、照らされる照明や種々の

機材からのフォーカスをただ一身に浴びていた。

 ガチリ。ややあってその彼が動く。

 そうしてゆっくりと持ち上げ始めた右手には、一つの奇妙な装置が握られていた。

 形容するならば──銃身が極端に短い拳銃。或いは寸胴なメリケンサックのような。その

全体はメタリックな銀色で統一されており、唯一上面の一部だけが半透明のスライドカバー

で覆われてこの複雑そうな内部構造を守っている。

『TRACE』

 男性は、銃身の底に取り付けられた小さなボタンの一つを押した。

 室内にその機械的なコールが鳴り響く。白衣を羽織った人々が静かに固唾を呑んでいた。

 手首を返し、この拳銃型の装置を左手方向へ。

 ピンと。平たく開いた左手は、この凹んだ中に埋まる銃口へ。

「……っ!」

 押し付ける。すると瞬間、バチバチッと青白い電流が彼の掌と銃口の間で迸り、彼を銃口

から引き剥がそうとする。

 周囲を囲む計器が一斉にざわつき始めた。ディスプレイ上のグラフが激しく上下しながら

交わらぬ二曲線を描いていく。

「ぬ、うぅ……がぁッ!!」

 だがそこまでだった。彼は暫くこの見えない力に必死に抗ったが、結局弾かれるようにし

て装置もろとも吹き飛び、大きく床に叩き付けられてしまう。

「──大丈夫か!?」

 白衣の面々は慌てた。それでもこうした事態は想定済みだったのだろう、彼らは急いで周

りから飛び出し、床に倒れたこの男性の下へと駆け寄る。

「……はい。大丈夫、です」

 彼は息を荒げていたものの無事なようだった。それでも肉体的な、いや精神的なダメージ

は否めないのか、口元に浮かべる苦笑には力がない。

 白衣の皆が彼を抱き起こし、介抱していた。

 そんな中でリーダー格らしい恰幅のいい男性が、独りこの輪の外で沈痛に佇むとある女性

にそっと歩み寄ると、言う。

「あまり一人で抱え込まないでくれよ。君が倒れでもしたら、我々の計画はその途端に中断

を余儀なくされるからね」

「ええ……。分かっています」

 飾り気のない、首筋から少し下まで伸びた髪。落ち着いた、しかし同時に既に熟考が始ま

っていると思しき半ば上の空な声。

 彼女はこのリーダー格の男性を一瞥すると、また先の倒れた男性の方を見ていた。彼は支

えられながらも起き上がろうとしている。まだ、やれます──。本人はそう言ったのだが、

周りの面々が必死になってそれを止めに掛かっていた。

「……また失敗しちゃいましたね」

「そのようだな。……なぁ、もっと出力を下げて発動させられないものなのか? このまま

続けていては、彼の身体も……」

「無茶言わないでください。これでも計算上ギリギリの性能値と戦ってるんです。彼には悪

いですけど、これ以上妥協すると……本末転倒になってしまいます」

 そうか……。リーダー格の男性は気落ちした様子で顎鬚を擦り、暫しその場に立ち尽くし

ていた。女性の方も押し黙り、皆の輪の向こうで辛そうにしている彼を申し訳無さそうに見

つめている。

 もう一度お願いします! 駄目だ!

 適合値はどうなった? 今の所、前々回が最高ですね……。

 白衣の面々が彼を落ち着かせたり、わたわたと機材の方に戻ってああでもないこうでもな

いとチェックをしている。

 暫くざわめきが続いていた。集められた照明だけが変わらず同じ方向を向け続けており、

弾かれてその位置が大きくズレたこの彼の足元を照らしている。

「くそっ。一体どうすれば……」

「彼で無理だっていうなら、もう……」

『……』

 そんな時だった。先程のリーダー格が、そう弱気になる皆を励ますようにパンパンと手を

叩くと、進み出ながら言ったのだった。

「諦めるな! もう一度頑張ろう。この研究は人類を守る為のものだ。我々が投げ出してし

まったら、一体誰が奴らを止められる?」

「──っ」「所長……」

「今日はここまでにしよう。だが後日、また実験を再開する。……すまないが、それまでに

もう一度再調整を頼むよ」

「……。はい」

 やがて、このリーダー格の男性の一言で、面々が撤収作業に入り始めた。機材の電源を落

し、配線や部品を片付け、ぱたぱたと彼らは慣れた手際で室内を本来の殺風景でだだっ広い

それへと戻していく。

「……」

 皆に支えられて出て行く彼と視線を交わらせて見送り、リーダー格の男性達があれこれと

議論をしながら立ち去るのを横目に、彼女は一人部屋に残っていた。

 ゆっくりと靴音を鳴らして部屋の奥──彼が弾き飛ばされた場所に歩み寄り、床に落ちた

ままの先の拳銃型装置を拾い上げる。

『──』

 すると次の瞬間、スライドカバーの下から立体映像ホログラムが現れ、そこに金属の六翼を持った

小さな少女が姿を見せた。

 脇腹や手足首など、随所に金属質のフレームや輪を備えた空色のワンピース。

 若々とした白銀色のおさげ髪に、胸元に取り付けられている茜色の球体。

 そんな彼女の表情は今しゅんとし、申し訳なさそうな上目遣いでこちらを見ている。

「……大丈夫」

 しかし白衣の彼女は、そう呟くように言った。たとえ辛くとも、彼女はこの電子の少女を

努めて優しい微笑みで見つめ返す。

『……』

 ゆっくりと、二人は振り向きながら辺りを見渡した。

 室内は変わらず薄暗い。皆が撤収した事で、先ほどまであった各種機材も自分達の研究の

痕跡も、今はすっかり隠されている。こなれたものだ。


 再実験。これでもう何回目になるだろうか。

 再実験。やはり彼では駄目なんだよと思う。


 人気の無い静寂。秘匿されたその部屋で。

 二人は暫く、じっと文字通り暗がりの中に立ち続けていた。

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