孤高の三日月闇に消ゆ
夕暮れの高等科武道場から人影が一人、正門を出て歩いて来る。
暫く歩くとそこに気配も無くもう一人、電柱の陰から人影が現れた。
「・・・日向か。」
正門から歩いてきた人影が現れた人影にそう声をかけた。
すると声をかけた方向から物凄いスピードで小石が飛んできた。
「てめぇがその名前、呼んでんじゃねぇよ・・・。」
投げつけられた小石のスピードとは相反する静かな低い怒りの声がその人影、上月遡夜に向けられた。
「無闇に人に向かって物を投げるな。危ない。」
そう返しつつも、猛スピードで飛んできたあの小石を涼しい顔で背後にやり過ごした遡夜に日向はいけ好かない様子で小さく舌打ちをする。
「どうせあんただろ?」
攻撃的な視線を向けてくる日向の色素の薄い栗色の瞳を遡夜は無言のままその漆黒の中に見詰めると、かったるそうに伏せがちにした瞳を叛けた。
「何がだ?」
明らかに解っていて逸らされる会話のやり取りが日向には余計に怒りを煽られている様で腹が立つ。
詰め寄り遡夜の胸ぐらを掴む。
「解ってて言ってんなよ。合同練習の事だよ。どうせあんたが仕組んだんだろ!」
しかし遡夜は胸ぐらを掴まれたまま寸分も表情を変える事無く日向を見据えながら淡々と答える。
「俺は部長じゃない。」
その台詞にギリッと歯軋りを噛んだ日向は投げ捨てる様に遡夜を解放して言った。
「あいつがそんな頭回る訳ねぇ事くらいすぐ解るんだよボケッ!どうせお前があいつに何か言い含めやがったんだろうが!」
そう堰を切った様に言い放って興奮気味に肩で息をしている日向を冷めた目で見詰める遡夜。
ー気に入らねぇ!ー
そして、ゴクンと一つ唾をのむと静かに問い質した。
「何が・・・目的だ?・・・何でいつも僕に拘る?」
するとその言葉を聞いた遡夜が、漸くその顔に表情を見せる。
整った面持ちに黒く艶やかな髪が夜風に揺れる。
夜の闇が遡夜の漆黒の瞳の奥にある物を更に深く隠した。
細く綺麗に上げられた口角はまるで星の無い空に冷然と輝く三日月の様だ。
「拘る?俺がお前に?」
気位の高いその瞳が日向を鼻で笑う。
「拘ってないよ。今回は。俺はお前に。お前より寧ろ・・・。」
言いかけて遡夜はフッと言葉を消した。
そして佇む日向の横を通り過ぎながら日向の肩に軽く手を置いて言った。
「ま、精々土曜までに稽古しとくんだな。中等科剣道部部長と言えど、気ィ抜いてると足許掬われるぜ?」
闇に向かって歩いていく遡夜の背中を日向はその姿が消えるまでしかめた面持ちで見詰めていた。