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浅葱色の縁(えにし)  作者: 高嶺 あやな
壱章・陰(いん)の花 陽(よう)の花
3/51

古(いにしえ)の芳香

学校から帰った美緒は夕食もそこそこに風呂で一日の疲れを洗い流していた。


ーそれにしても、高梨先輩意地悪だよ。ああいう事サラッと言ったりやったりするんだから。ー


美緒は思う。

今日一日の疲れの大半はあの学校帰りのほんの僅かな時間にあると。


「でもあれなのかなぁ。高梨先輩はああいう事を何も気にする事無く出来ちゃう人なんだよね。って事はやっぱりいろんな子にああいう事してるんだろうなぁ・・・。」


美緒はまだ自らに残る掴まれた腕の痛みや、包まれた体の温もりを自分の指でなぞりながらそう一人ごちた。


そして、まだいまいち霧のかかった心の内を洗い流すかの様にシャワーを浴びる。


ー私は高梨先輩を好きなのかな?

・・・好きになっていいのかな?ー


もくもくと上昇する水蒸気に逆らい勢いよく落ちて行くシャワーの湯に視線を落としたまま美緒は思考の渦に取り込まれていく。


実は日向を好きかどうかという気持ちよりも、好きになって良いのかという事の方が美緒の悩みの真髄であった。


それと言うのも美緒には昔から誰にも言えない秘密を持っているからである。

それこそ、親友の椎葉葵にですら話すことの出来ない大きな秘密なのだ。


「私は市村鉄之助(いちむらてつのすけ)なのに・・・。」


そう、彼女の最大の秘密、佐倉美緒は幕末で名を上げたあの新選組の隊士の一人、市村鉄之助の生まれ変わりなのである。


「何でこんな記憶、あるんだろう。」


非常に断片的で、細かくは覚えていないのだが、自分が市村鉄之助だったという事と、所々の記憶が自分の中に残っている。

そしてそんな記憶から本を読んだりして更に思い出した事もある。



ー自分は土方歳三(ひじかたとしぞう)に仕えていた。ー







明治2年。

箱館では幕府軍が新政府軍との最後の戦いの時を迎えていた。

そして決戦も差し迫ったある夜、土方歳三は自分に小姓として付き添って来た年若き16才の少年、市村鉄之助を部屋に招いていた。


「土方陸軍奉行並(りくぐんぶぎょうなみ)。鉄之助です。」

「鉄之助か、入れ。」


部屋に入ると戦の最中とは思えぬ程、静寂漂った空間の中に、ただランプの琥珀色の光に照らされた土方が机に片肘を寝かせ、椅子に腰かけていた。


「奉行並と呼ぶのはやめろと言った。」

「・・・ですが・・・。」


そう言いながら、まだ成長しきらない鉄之助の小さな頭を撫でた土方は少し微笑んだ様に見えた。

が、しかしすぐにいつもの指揮官の顔に戻り、言葉を続けた。


「鉄之助、お前も解っていると思うがこの蝦夷の地も決戦の日が近い。いよいよと新政府軍もこの五稜郭目指して進軍して来るだろう。」

「はいっ!私も最後まで土方副長の御身を御守り申し上げる所存です!土方副長の足手まといにならない様、及ばず乍らこの市村鉄之助、精一杯太刀(たち)を振るいます!」


そう鉄之助は目を輝かせて言う。

その無垢で真っ直ぐ向けられる瞳に土方は一時(ひととき)、言葉をのんだ。


そして無言で机の引き出しの中から一枚の写真と金子を取り出すと、自らが帯刀していた刀を鞘ごと引き抜き、合わせて鉄之助の目の前に差し出した。



「これを石田村の俺の故郷に届けてもらいたい。」







流しっぱなしのシャワーの音が耳に入ってくる。


残念なのか、そうでないのか、その後の記憶は今の美緒の中には残っていない。

思い出せない。


ー思い出せないけど・・・何故だかその時の事を思うと胸が苦しくなる。ー


読んだ本によるとその後鉄之助は無事その大役を果たしたとされている。


美緒は勢い良く流れるシャワーの蛇口を捻り、その流れを塞き止めた。


ーこんなへんてこな記憶を持ってる私が、高梨先輩みたいな人を好きになるなんて・・・やっぱりおかしいよね。ー


自分以外の記憶を、しかも男性として生きた時の記憶を持ったままどこか釈然としない気持ちで誰かを好きになったりする事に、何か違和感とも罪悪感とも言える感情が自分の奥の方から湧いて来るのだ。


ーこれは・・・諦め?ー


美緒が風呂場から脱衣室に出ると、ひんやりとした空気が体を包んだ。

脱衣室で冷える前にそそくさと体を拭いて着替えた美緒は、自らの晴れぬ胸の奥に似た薄暗い廊下を歩いて部屋へと戻って行った。



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