チートな主人公が誕生したワケ〜とある女神様の場合〜
誤字脱字等ありましたら、よろしくお願いします。
「ま、誠に申し訳御座いませんでしたぁっ!」
真っ白で何も無い部屋の中、そのままめり込んでいきそうな位、思いっきり頭を床に押し付けて土下座をしている者がいた。
その正面では、訳が分からないといった表情を浮かべたジャージ姿の青年が呆然とそれを見下ろしている。
先ほど取り寄せた資料によると、彼は十六歳で人間界で言うところの「引き篭もり」という身分のようだ。この年代にしては弱そうだし、目の下に大きな隈を作っているのはその所為だろうか。
土下座をしている張本人──つまり私なんだけど、これからどうすればいいのか、土下座の状態のまま必死に頭をフル回転させていた。
ここは、人間界で死んだ人間が天国に逝く前に、自身の死を伝える場所だ。そして私はこの世界に住む人間の『死』を司っている。私に選ばれた人間は死んでここを通って天国へと送られる。
つまり私は、人間たちで言うところの死神のような存在だ。人間界じゃ、あまり神様的な扱いを受けてないけど、死神も立派な神様の一人なんだよ。天界でもそこそこの地位を持ってるはずだし。
あ、ちなみに、天国と天界は別物だから。天界は神様の住む世界で、天国は死んだ人間が次の生を受けるまで待つ場所って感じかな。
あと死神っていったって鎌なんて持ってないから。あんな内側にしか刃が付いてない武器なんか使いにくいって。
そんな死神様が、どうしてたかが人間の青年ごときにこんな超本気の土下座をしているのかというと、
「あのー、つまり俺って神様の手違いで死んじゃったってことですか?」
「そ、その通りです……」
……そうなんです。
やっちゃったんです、手違い。業務上の過失です、過失致死です、はい。ばっちり死んでます。
本来ここに来るはずの人間は、目の前にいる人間とは名前が一文字違いの、今にも死にそうだったじーさんだったのに!
この仕事に就いて(この世界に創造されて)からもうかれこれ百万年くらい経つけど、こんなこと初めてだ。
こんなことが起きるなんて、天界でも聞いたことが無い、きっと天界創造以来史上初の不祥事だ。
もし上の神たちに知られでもしたら、最悪……消されるかも!
真っ白な床を眼前にして頭の中に浮かび上がってくるのは、これまでのお役所仕事感覚でやってきた自分への文句や罵倒の言葉ばかり。
あー、なんで今日に限ってこんな簡単なミスを犯しちゃったんだろ、いつもなら間違えることがなかったのに。
ふと、頭を床に付けたままの状態で、昨日の出来事が蘇って来る。
あれは確か、一昨日の残業の所為で昨日も寝坊してたんだっけ……
*
ゴーンゴーンと鐘の音が頭の中に響いてくる。
おかげで夢の中にいた私の意識は現実へと引き摺り戻されてしまった。何の夢を見ていたのかは覚えていないけど。
「ん……今何時だろ?」
耳を澄まして鐘の音を聞いていると、鳴った回数は十一回。窓から差し込む光が眩しいからおそらく昼の十一時だろう。
布団を剥ぎ取りベッドから降りると、外側の窓際に巻物が置いてあるのに気が付いた。速達天使が置いていったのだろう。
窓を開けて手にとってみると、封をしてある黒い蝋の所に交差する一対の天使の羽のマークが目に入った。
うへぇ、上司からの手紙だ……
こちとら残業明けで寝不足だってのに、こんなタイミングで呼び出しなんて、ツイてないなぁ……
上司からの速達なんて呼び出し以外、受け取ったことが無かったので開けなくても分かったが、念のために開けて読んでみたところ案の定、呼び出し命令の手紙だった。
朝食兼昼食は行きがてら食べることにして、私は慌てて身支度を済ませて自宅を飛び出した。
昨日までは吹き飛ばされるんじゃないかと思わせるほどの豪雨と強風だったのにも関わらず、今日は程よい暖かさで、台風一過ばりの良い天気だった。
この二、三ヶ月の間、続いていた天候の神々の喧嘩がようやく治まったみたいだ。
久しぶりの晴天に少し嬉しくなったので、ちょっとの間、立ち止まって光を浴びてみる。寝起きの身体に日光が当たってまだちょっと寝ぼけていた身体が完全に覚醒した気がした。
……うん、身体がポカポカしてきてなんだかやる気が出て来た!
昨日までの嵐の原因は確か、その日は雨の神様が雨を降らせるはずだった日なのに、晴れの神様がスケジュールを間違えてカンカン照りにしてしまったのが事の発端らしい。巻き込まれる方の身にもなってもらいたい。
神様にも種類があって、○○の神々みたいな感じでひとくくりにされて呼ばれることがある。私は『生命の神々』的なカテゴライズだったような気がする。普段あまり意識していないので、記憶もおぼろげだ。
あと神様は世界ごとに別れていて、それぞれの世界の天界に役目を持った神様が暮らしている。
例えば、ここの世界の死神は私だけど、他の世界にも別の死神がいるってわけ。行ったことはないけど、そういった知識は持っている。上級の神様は世界を移動出来るらしいけど。
私は中級くらいの神様だからそんな力は、持ってないけど。人間界の会社でいえば、課長くらいかな。部下の天使もいるし。これでも生命の神様って格が高い方らしいんだけど、実感湧かないなぁ。
とまあ、そんなこんなで上司の待っている所まで歩いている(神様イコール飛んでるっていうのは間違い。私は飛べるけど、疲れるから基本は徒歩)と、途中で見知った顔を見かけた。
私のちょっと前を歩いているその相手に向かって声をかける。
「おーい」
「んー? ……なんだ死神か」
「あまり往来で死神って呼ばないでって!」
横とかを歩いている他の神様とかに「こいつが死神……?」みたいな視線でジロジロみられるのはあまり気持ち良くない。私はあまりメンタル強くないし、割と引き篭もりな性格の所為で他神からの視線にあまり慣れていないのだ。
「悪い悪い。それで、こんなところでどうしたんだよ、引き篭もりのデス子が」
「デス子って……」
死神→死→Death→デス、なんだろうけど、うーん……死神って呼ばれるよりかはマシか。あとナチュラルに引き篭もりって言うな。本当のことだけど、他神に言われるとちょっと傷つく。
「ちょっと上司からの呼び出しで」
「あー……そりゃ、ご苦労様で」
私の外出の理由を聞いた彼女──災害の神様は私に向かって南無南無と両手を手を合わせる。やめて、私はホトケじゃないから、ホトケは私が導く相手だから。
「サイちゃんはどうしたの?」
「今日は仕事が休みの日だからな。毎日毎日災害じゃすぐに生物総絶滅になっちゃうって」
「あ、そっか」
災害の神様なので彼女のことを私はサイちゃんと呼んでいる。本人もそれで良いみたいだ。
神様には人間たちみたいな名前が無いから毎回「○○の神様は~」とか、「○○の神様って~」と言うのが面倒くさいので、それぞれ呼びやすいあだ名みたいなのがあったりする。もちろん目上の神様には敬語だけど。神様の世界も上下関係が厳しいのだ。ここら辺は人間界と大差ない。
それにしても、休みの日があるっていいなぁ。私なんか毎日必ず何人かは死ぬから年中無休で仕事だよ。
一度でいいから丸一日、お休みが欲しい。どうか世界が平和になりますように。ブラック反対、世界平和万歳。
それじゃあ、サイちゃんはここで何をしていたんだろう。散歩ってわけでも無さそうだし。
「ちょうど暇だったし、外に昼飯を食いに行こうかと思ってな」
「ホント!? 私もまだだったんだけど、一緒にどう?」
「おう、いいぜ。どこにする?」
私の場合、朝食兼昼食だから少しガッツリ食べたいな。この後、上司に会って疲れるだろうし。
どうせそのまま仕事に直行するハメになるんだろうから、夜ご飯の分も食べなきゃな。一回で三食分食べて意味があるのかな。
そのままサイちゃんと話しながら二人で、飲食店の並ぶ区画へと足を向けて歩いていく。
傍から見れば、友達同士仲良さそうに見えるが、こうみえてもサイちゃんは私よりも上位の神様だ。
神様は名前が大雑把になればなるほど上位の神様であるのが一般的だ。
災害といっても、地震だったり竜巻だったりと種類があって、それぞれの神様が存在する。
それを統括しているのが災害の神様であるサイちゃんなのだ。人間界で例えると、サイちゃんは別部署の部長クラスだろうか。
さっきの天候の神々でいえば、天候の神様>雨の神様=晴れの神様みたいな感じかな。
上下関係が比較的厳しいこの天界で、どうしてこんな親しげに話が出来るのかと、それはサイちゃんの人柄……じゃなくて、神柄? のおかげと私の仕事内容の所為だったりする。
人間界で災害が起きれば良くて怪我、最悪というか、よく死亡者だって出る。
そういった理由でサイちゃんとは顔を合わせる機会が多かったので、自然と友達のようになっていた。
というよりも、人が死ぬ原因って案外多いから、コネクション的には私って知り合い多いほうなんだろうけどなぁ……なんで友達少ないんだろ。友達が沢山いる死神っていうのも不自然な感じだけど。
普通、同じ系統の神様同士で仲良くなるものらしいのだが、私は毎日の仕事と、ちょっと特殊な系統ということも相まって友達が少ない。
引き篭もり気味で友達が少ないって、自分で言ってて悲しくなってくるなぁ。そのうちに死神から、ぼっち神ジョブチェンジとかしたらどうしよう。
そんな私の数少ない友達の一人であるサイちゃんとの雑談は昨日の仕事の話に移っていた。
「そういや、昨日はうちんとこのが迷惑掛けたな、すまん」
「いいって、私の仕事だし」
「後で厳しく言っとくから!」
「……お手柔らかにね」
どうやらサイちゃんのところの神様が昨日、発生させた災害の規模を間違えたようで、予定よりも多くの死者が出てしまったらしい。道理で私の仕事がやけに昨日は多かったわけだ。昨日の残業の原因はサイちゃんのところだったのか。予定外の死者が出ると手続きが面倒になるからね。
そうしてやって来たのは商業区の中に店を構える『天下一』という名前のお店。こういったお店は商業の神々が副業として経営していたりする。ほら、本業は神様業だから。
店の看板を見て毎回思うんだけど、天界と天下一の『てんかい』の部分をかけているらしいけど、ここは天の上だし、残りの『ち』はどこいった? とツッコミどころはあるけど、残念ながら私はツッコミの神様ではないのでそのままスルー。
まぁ、それでも天界に広く出店している、大手チェーン店だし、味もそこそこだからよく食べに入るんだけどね。腹持ちのいいメニューも多いし。一日一食か二食なんてのが当たり前な私にとっては頼りになるお店だ。
お昼時ということもあって、店内は賑わっていたが、なんとか二人分の席を確保し、それぞれ昼食と買いに向かう。
サイちゃんはBLTサンド、私はカツ丼のA定食を買った。どちらも人間界の食べ物だけど神様の口にも合うので天界でも人気のメニューだ。流石は人間、もっと美味しい物を造ってくないかな。
天界製のはどうも味気ないというか、「とりあえず腹が膨れれば良いだろ?」みたいなコンセプトで造られているとしか思えない料理ばかりだし。神様も、もっとグルメになるべきだよ。
Aセットには半ライスと味噌汁も付いている。私はこの味噌汁が好物なのだけど、どうやっても自宅じゃ再現できないんだよね、何か隠し味でもあるのかな?
それぞれ「いただきます」と言ってから食べ始め、しばらく無言で食事にいそしむ。私はこれで残り一日を乗り越えなければならないので、よく味わって食べる。あぁ、カツが美味しい。
お互い食べ終わって、一息ついたところで雑談タイム。たぶん上司も仕事で忙しいだろうし、そんな急がなくてもいいかな。
そのうちに、お互いの現在の格好の話題になった。他の神様は自分の仕事を象徴した感じの格好をしていることが多いらしいけど。
「それにしても、相変わらずデス子って地味な格好だよなぁ」
「そうかな?」
サイちゃんに言われて自分の格好を見下ろしてみる。
確かに全体的に黒っぽいというか、決して派手ではないけど。あまり化粧ッ気が無いのは認めざるを得ないけど、唯一のお洒落っぽいのは襟のところにつけてあるデフォルメしたドクロマークのバッジくらい。
言い訳だけど、これも仕事の都合上仕方の無いことだったりするのだ。
仕事を始めてからの数百年はもっと別の格好もしていたりしたのだけど、段々と月日が経つにつれ、私のところにやって来た人間たちは揃いも揃って「死神っぽくない」と言い残して逝ってしまうのだ。
どうやら人間界の死神のイメージはドクロと黒いマントで黒い鎌を持っているのがデフォルトらしい。そんなわけで少しでも人間のイメージに近づけるために試行錯誤した結果、今の格好に行きついたというわけ。
「そんなこと言ったらサイちゃんの方がもっとおかしいじゃん」
「いや、まぁ、この格好が楽だからなぁ……」
自分でも少しは自覚しているようで、苦笑いを浮かべながら頬をかくサイちゃん。
今のサイちゃんの格好は地味な紺色っぽい長袖長ズボン上下セットになっているやつだ。人間界では「学校ジャージ」とか呼ばれているものらしい。
「動き易くて楽なんだよな。ちょっとの汚れも気にならないしさ」
ちょっと言い訳っぽく言ってるけど、全然説得力無いし。
お互い女神のくせに全然そういうのに興味が無いので仕方ないといえば仕方ないのだけど。
*
その後、サイちゃんとはその場で別れ、ようやく私は上司のところへ向かうことにした。
出来ればこのままバックレたいけど、後々面倒だし、嫌なことは早めに終わらせてしまおう。今日の分の仕事も全く手を付けてないし。
商業区からお偉いさんたちが居を構える区画に向かって、テクテクと歩いていく。頭上を追い越していく天使や神様を下から眺めつつ、しばらく歩いていくと目的の場所が見えてきた。
半円状の建物で、人間界で例えるなら「かまぼこ」みたいな形をしている。私たちは普段「トンネル」と呼んでる建物からは途切れることなく神様やその使いの天使たちが出入りを繰り返している。
私もその流れにのってトンネルの中に入っていく。
建物の中はシンプルな造りで、入り口の反対側に白く光る円盤が床に一列に並んでいるだけだ。他に描写すべきような物も無く、大した装飾もされていない。
というのも、ここに上司がいるわけではなく、ここから上司の待つ場所まで行くからだ。
要はここはただの通過ポイント、光る円盤の上に乗ると、行きたいところまで飛ばしてくれるワープ装置みたいなものらしい。仕組みは不明。
もっと街中に配置して、一神につき一個支給するべきだと思うんだけど、中々レアなものらしく、持っているのはお偉いさんたちだけ、非常に羨ましい。
円盤の順番を待つ列に並んで自分の番が回ってくるのを待つ。こうしている間にも円盤からは出たり入ったりとせわしなく発光を繰り返している。
と、何気なく出入りする神様たちを眺めていると、その中にまたもや見知った顔を見つけることができた。
この無駄に広い天界で、仲の良い神様に一日で二回も会えるなんて今日はツイてるのかな。
それとも私が引き篭もり気味なだけか……
「おーい、ジゲンさーん!」
私が名前を呼ぶと、その神様がゆっくりとした動きでこちらを向く。声を掛けたのが私だと分かったのか、こっちに来てくれた。
「お久しぶりです、ジゲンさん」
「あ……どうもです」
よれよれのスーツを着て、くたびれたような雰囲気を醸しているこの神様は次元の神様のジゲンさんだ。
いつも疲れているけど、ちゃんと休みは取れてるんだろうか。他の神様のことを言えるような立場じゃないけど、ジゲンさんの仕事も結構ブラックっぽいし。
次元の神様は神様の中でもちょっと特殊な神様で、主な仕事は世界の次元の調整、というものらしい。それと死んだ人間が天国に逝くための仕組みを構築したのもジゲンさんだそうで、この神様ともちょくちょく顔を合わせている。
あと、他の世界にも行くことができる割と格の高い神様らしい。
ただその仕事は私以上にハードらしく、ジゲンさんに会うといつも大きな隈があって、一週間連続の徹夜明けみたいな様子をしている。
今日も例に漏れず疲れきった表情のジゲンさんは私がここにいるのに少し驚いているようだった。
「あの……どうしたんですか……こんなところに?」
「ちょっと上司に呼び出されまして」
「あぁ……それは……お疲れ様です」
と、疲れきった声で喋っているジゲンさんを見て少しだけ死神で良かったと思った私だった。
ジゲンさんもこの後も仕事があるということで、そそくさと去って行き、程なくして私の順番がまわって来た。
上司のいる場所を念じながら円盤に足を乗せると、一瞬の浮遊感のあと私は別の場所に立っていた。
「失礼しまーす」
足元の円盤の向かい側に私の上司は居た。
その人の机の上には沢山の巻物が積まれ、幾つかの山を形成している。
「おや、随分と早かったですね」
開口一番に皮肉をぶつけてくる上司に若干、心の不快指数を上げながらも平静を装って返事をする。このメガネ神様にはどうあっても勝ち目は無いし、上下関係は絶対なのだ。一部例外を除いて。
「すいません、こっちも仕事がありまして」
そう返しながら近付いていくと、その人は仕事中だったようで机に向かったまま顔を上げずに私と話していたらしかった。いくら忙しいっつったって、相手と話す時くらい顔上げろっつーの。
「そうそう、そのお仕事の話なんですけどね」
やっと机から目を離してこっちを向く。相変わらずキザったらしい金縁メガネが鬱陶しいことこの上ない。今の仕事の最大の不満は直属の上司がこの神様だってことかな。上司が変わるなら大抵の仕事は我慢できるくらい今の上司は苦手だ。
「今何か失礼なこと考えませんでした?」
「いいえ、気のせいじゃないでしょうか」
まあいいでしょう、と私の上司である生命の神様はメガネをくいっと、指で押し上げこちらを見てくる。
「な、なんですか?」
「いえ、別に、相変わらず地味な格好ですねなんて思っていませんよ」
「そうですか。さっさと本題に入ってください」
そう言ってやると、上司は机に積まれた巻物の中から一つを取り出して私に渡してきた。
広げて中に書かれているものを確認すると、最近の私が送った人間の人数をデータにしたものだった。こうやって見てみると、最近は天国に送った人数が増えているのがよく分かる。グラフが急な右肩上がりになっていた。
「そして、こちらも」
もうニつ差し出された巻物を見てみると、片方は私の同僚にあたる、生の神様がここ最近、人間人間界に送った(生まれさせた)人数のグラフと、人間界の総人口のグラフだった。
総人口のグラフはここ最近で急激な右肩下がりになっている。つまりここ最近は死ぬ人が急に増えて人口が減っているということだ。
……あー、そゆこと、これが呼び出された理由か。
「言わなくても分かりますね?」
「言われなくても分かりますんで帰っていいですか?」
「ちゃんと規則を守ってくださいよ。話は以上です」
そういうや、再び自らの仕事に戻ってしまう上司。ムカつくことこの上ない。
「失礼しましたー」
再び円盤を踏んでトンネルに戻ってくる。
「あー、ホントにムカつくな!」
悪態を付きながら建物から出て、そのまま自分の仕事場に向かう。といっても自宅兼仕事場なので家に帰るのと同義なんだけど。
上司にさっき言われたことを簡単に言うと「人口を調整しろ」といことだ。
上司の言う規則というのは、人間界の総人口の上限のことだろう。
人間界にはその時の文明の規模に応じた数の人口が決まっている……らしい。
詳しくは知らないけど、「世界のバランスが〜」とか、「世界のルールが〜」とかそういった感じらしい。人口が減りすぎても増えすぎてもいけないのだ。
現場の私からしたらちゃんと自分の仕事さえ全う出来れば、あまり気にならないのだけど。
で、さっき見せられたグラフからして、あの急激な変化はたぶんサイちゃんとこがミスった所為だと思う。災害の規模が大きくなった影響で死亡者が増えて生まれてくる人間が追いついてないんだろう。
だったら生の神様呼んで生まれさせる数を増やせよ、というのが正直な感想なんだけど。
*
帰宅すると早速仕事場に入る。ここは私専用で、基本誰も入って来れない。仕事中、ここにいるのは私と死んだ人間だけだ。ちなみに、私の家から入れるけど、天界とは異なる空間らしい。詳しいことはジゲンさんに聞いて下さい。こういう空間の設置等も彼の業務なので。
「うげっ……」
部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは真っ白な部屋に置かれた机の上に形成された巻物の山。上司の部屋のとそっくりで、げんなりする。
一つ取って見てみると、事故の神々から送られてきた明日の事故の予定だった。他のも確認してみると、災害の神々や他の神々から送られてきた死人が出そうな明日の予定ばかりだ。
私はこれを基に明日の死亡者を決めていくのが主な業務になる。事故や災害の規模、地域ごとに、誰が死ぬのか、死ぬ人数を決めていく。
もちろん適当に決めるわけではなく、もう死にかけている人間、寿命が尽きようとしている人間を優先的に選んでいくが、ただ運が無いというだけの理由で死んでしまう若い人間もいる。特に交通事故なんかだと私でも死ぬ人間を選べないこともある。
たまにこの部屋で死んだことを伝えると「なんで殺したんだ!」と食って掛かってくる人間がいるけど、私だって好きでやっているわけじゃない。仕事じゃなかったらとっくに放り出していただろう。
「さて、やるか」
当日の仕事はその日のうちに終わらせなければならない規則だ。そうしなければ死んだ人間が私の部屋を通って天国へ行けず、人間界を彷徨うことになり、生きている人間を襲ってしまう。
これが世に言う幽霊の正体だったりする。実在するんだよ、幽霊。私の不手際の所為だけど。
*
「お、終わったぁ……」
机の上に突っ伏して脱力する。
どうにか今日のうちに仕事を終わらせることが出来た。これで明日は今日決めた死んだ人間を天国に送って、その後明後日に死ぬ人間を決めて……
あー! 休めねぇ! せめて殺人とか防げる死だけはやめて欲しいな。世界平和を希望します。
最後に明日死ぬ予定のリストを天国に送信して、そしてジゲンさんみたいにフラフラに疲れきった身体を引きずってベッドに潜り込むとそのまま意識を手放した。
*
回想終わり。
うん、だいたい思い出した。確かこの青年の住む地域は一番最後にやったんだった。
もう疲れきっていて意識も若干朦朧としていたし、時間も無かったから、あまり書類とか見ないでパッパッと終わらせちゃったんだっけ。
だから本来、交通事故で死ぬはずだったじーさんじゃなくて名前が一文字違いの青年が事故死してしまったと。
よし、真相解明完了!
「って、何にも解決してねぇ!」
「えっ、どうしたんですか?」
「いえいえ何でも」
現在進行形で絶賛困惑中の青年は置いといて。
本当にどうしよう。死んじゃった以上、人間界にも還せないし、予定外の人間を天国に送っちゃうのもマズい。既に天国にはじーさんの方の名前で連絡してあるのに、違う人間を送ってしまったら上司に報告されてバレてしまう。
──存在消去
神様にとって最悪の展開が脳裏をよぎる。人間とは違って死ぬことの無い神様にとっての極刑は存在の消去だ。人間みたいな天国にも行けず、無に還るのだ。そして新たに代役の神が創造され仕事を引き継ぐ。
早くしないと、上司が嗅ぎ付けてやって来てしまう。どうしよう?
証拠隠滅、しかないか……
最悪、目の前にいるこの人間さえ見つからなければ、なんとかして上司を誤魔化すことは出来るだろうけど、その方法が全く思いつかない。
あぁ、どうしよう!
そんな時だった。
この私専用の仕事場に、その人が割り込んできたのは。
「あの……ちょっと、いいですか……?」
「ジゲン……さん?」
やって来たのは、昨日トンネルで出会ったジゲンさんだった。今日も相変わらずくたびれている。
突然の来訪に驚く私を見て、ジゲンさんは疲労の色を表情に浮かべながら「お仕事中にすいません」と断ってから話し始めようとしたけど、その前に私が部屋の隅っこまで彼を引っ張って行って黙らせる。
間違って死んだ人間の青年は完全に放置の状態だけど、今はそんなことはどうでもいい。ジゲンさんが来てくれたおかげで、どうにかなるかもしれないのだ。
「(ちょっと頼みがあるんですけどいいですか?)」
「え……頼み?」
「(しっー!)」
誰にも聞こえないように小声で話す。本当にいいタイミングで来てくれた。
うまくいけば、誰にもバレずに済む。ジゲンさんをちょっと騙すことになるかもしれないけど、仕方ない。今度ご飯でも奢らせてもらおう。
「(実はですね、あそこにいる青年が間違ってここに来てしまったようで)」
「(ほ、本当ですか!?)」
「(はい、どうやらシステムが老朽化していたみたいですね)」
ジゲンさんは次元の神として、また人間界とこの部屋と天国を繋ぐ仕組みを構築した神として驚きを隠せないでいる。自分で創ったシステムに不備が出たって言われたら誰だって驚いちゃうだろうけど。
よし、いい感じに信じてくれたみたい。このまま一気に押し切っちゃおう。
私が思いついた方法は、ジゲンさんの異世界に渡る力を貸してもらって、あの人間をこことは違う別の世界に送ってもらうという方法だ。それなら上司にもバレないしね。
送る先の世界にはちょっと迷惑が掛かっちゃうかもしれないけど、仕方ない。人間一人をねじ込むだけだし、そこまで影響は無いだろう、多分。
「(それで、なんとか彼を帰してあげたいんですけど、彼のいた世界が別の世界らしいんですよ)」
「(別の世界のシステムと混同してしまったんですか。それは、また……厄介ですね)」
「(ジゲンさんって、異世界に渡る力あったじゃないですか、その力で彼を帰してあげてくれませんか?)」
「(し、しかし……)」
システムを構築した神として責任を感じている様子だが、安易にしかも人間を異世界に転移させるとなると、天界の規則的にギリギリアウトだろう。仕事に真面目なジゲンさんにとっては厳しい選択かもしれない。
「(彼には何の非もないんです。それこそ損害賠償も付けて帰してあげるくらいじゃないと)」
「(た、確かに彼には何の非も無い様ですが……)」
ジゲンさんは困ったような表情で、青年の方をチラチラと見ている。
青年の方には間違って死なせてしまったお詫びとか言ってちょっと特別な力でも上げて異世界に行ってもらおう。
これなら天国に逝かせなくても済むし、元いた人間界に還さないで済む。私もバレないで済むし、一石三鳥じゃん。もしかして私って天才かも?
「(……わ、分かりました。やってみます)」
「(ありがとうございます! ちなみに彼の居た世界は剣と魔法のある世界だそうです)」
「(……あぁ、あの世界ですか。了解です)」
そのままジゲンさんには異世界に送ってもらう準備をしてもらい、私は青年に説明すべく、彼の下へ戻る。送る世界が剣と魔法がある世界なら彼も喜んで行ってくれるだろう。これまでの経験からこの世界のこれくらいの年代の男子はそういった世界に憧れているということを知っている。きっと彼も例外じゃないはずだ。
突然死んだと告げられ、さらにはしばらく放置されていた青年は若干、涙目になっていた。そりゃ、いきなり死んでそのあと放置されたら心が折れそうになっちゃうか。
「あの、それで俺はどうしたら……?」
「間違って死なせてしまってごめんなさいね。お詫びと言ってはなんだけど、代わりに剣と魔法のある異世界に転移させてあげるわ」
「本当ですか!?」
異世界というワードが飛び出した途端、これまでの不安げな表情から一転してもの凄く嬉しそうな顔になる青年、さすがは引き篭もり。
ふっ、チョロイな……
「それともう一つ、お詫びの印に特別な力を一つ授けてあげるけど、何がいい?」
「マジっすか!? えー、どうしようかな……」
しばらく考え込んだ後、ようやく決まったのか、それを私に告げてくる。人間界のゲームに出てくるようなチート能力だった。
私はそれをそのままジゲンさんに伝え、青年に授ける準備をしてもらう。ジゲンさんは見た目とは反対にサイちゃんよりも格の高い神様なので、人間一人に能力を授けることくらいなら造作も無いらしい。羨ましい。
ジゲンさんの準備が整ったのを確認してからそれっぽい素振りをして、もったいぶった口調で青年に向かって語りかける。出来るだけ、神様っぽく、威厳多めで。
「それでは行ってらっしゃい。あなたの新しい人生に実りがあらんことを!」
それにあわせてジゲンさんが異世界転移を発動。青年は無事に異世界へと旅立っていった。
「ふぅ、なんとかなった……」
思わずその場にへたり込んでしまう。一時はどうなることかと思ったけど、本当に今回は運が良かった。ジゲンさんが来てなければどうしようもなくなって、上司にバレところだった。
偶々来たのが世界を渡る力を持っているジゲンさんで本当に助かったよ。
「あの……それじゃあ僕はシステムの確認に……」
「あ、すいませんジゲンさん、ご迷惑掛けて。出来ればこの件は内密にお願いします」
「いえ、こちらにも不手際があったみたいで……それでは」
「システムの老朽化?」と首を傾げながら去っていったジゲンさんと入れ替わるように私の部屋に飛び込んできたのはあの忌々しいクソメガネ上司だ。
あ、あぶねぇ、ギリギリセーフだった……
「……おや、先ほどエラーが発生したと報告があったのですが?」
「あぁ、それでしたら今、次元の神様が解決して下さいましたよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです。あの、まだ仕事があるんで」
「……分かりました。ちゃんと規則を守ってくださいよ?」
今この場には私しか居ない。これ以上追求もできず、仕事という理由がある以上、上司もあまり長居は出来ない。若干不服そうながらも、クソメガネはそう言い残して帰っていった。
勝った! あのクソ上司が何も知らずに帰って行った! あー、気持ち良い!
さて、この良い気分のまま今日の仕事を終わらせちゃうか。
まだ全然今日の分が残ってるし、これは今日もまた残業になりそうだな、はぁ……
ホントに神様業って大変だよ、もうちょっと一つの職に対する人数の見直しをするべきじゃないかな。暇な時にでもクソメガネにダメ元で掛け合ってみようかな。
*
こうして私はチートな主人公を誕生させてしまったのでした。
異世界に飛ばされた彼がどんな物語を作っていくのかは、また別のお話。