第五話
案内された三嶋の部屋は、なんかアニメとかの張り紙とかそんなので埋め尽くされてるのかと思ってたけど。
意外にそんなのは何もなくて、さっぱりしていた。
三嶋のお母さんに促され、あたしと美恵がそれぞれ一人掛けのソファーに座って、そのまま三嶋のお母さんが出て行ったはいいけど。
三人になった途端、誰も何も言わないから気まずい空気が流れていた。
ソファーは二つしかないから三嶋は居場所に困ったのか、立ったまま困っている様子だ。
あたしも意気込んで三嶋の気持ちを確かめるって、ここまで来ちゃったわけだけど。いざ三嶋を目の前にすると、どうやって切り出したらいいのかわかんなかった。美恵もいるし、言い出しにくい。
本当は一人で来たほうが一番良かったんだろうけど、一人で三嶋の家まで乗り込んでこれるほどの勇気はあたしにはなかった。
「あの……、それで、二人で何かの用事だったんですか?」
しばらくの沈黙の後。黙っている私達を見かねたのか、気まずい雰囲気に耐えられなかったのか。
三嶋は恐る恐るという感じに口を開いた。
「用事……? あっ! あたし用事思い出しちゃった!」
美恵はわざとらしすぎる言い訳を使ったかと思うと、荷物を持って立ち上がった。
「え、ちょっと、美恵!」
「ごめん、帰るね。ごゆっくり〜♪」
止める間もなく、美恵は満面の笑顔でそのまま部屋を出て行ってしまった。
階段を降りていった美恵が、おじゃましました〜って言ってるのが階下から聞こえてくる。
まぁ、気を遣ってくれたのは嬉しいけど、もう少し自然に出て行ってほしかった。二人になってさらにしんとしてしまった部屋の空気が重い。
「三嶋、とにかく立ったままじゃ話せないから、座りなよ」
「は、はい」
とりあえず、あたしは三嶋にさっきまで美恵が座っていた、あたしの前のソファーに座るよう促した。三嶋はどこか緊張した面持ちで従った。三嶋の部屋なのに、これじゃまるで立場が逆みたい。
「今日は、三嶋とゆっくり話そうと思って来たの。ここなら話せるでしょ? 恥ずかしいってことないんだから」
ずっと黙っててもどうにもならないから、思い切ってあたしは切り出した。
「三嶋と二ヶ月付き合って、幸せでもあったけど、辛いこともあって……。でもずっと我慢してたから。聞いてくれる?」
三嶋は緊張した様子は相変わらずだったけど、頷いてくれた。三嶋のこと傷つけるかもしれないし、嫌われるかもしれないから本当は言いたくない。でも言いたいことも言えないで我慢してるなんて、そんな表面だけの付き合いは、あたしはしたくない。
好きだからこそ、三嶋にもあたしのことわかってほしい。あたしの気持ち、あたしの二ヶ月分の思い。知って欲しかったから、あたしは三嶋の目を正面から見据えた。
「あたし、この二ヶ月ずっと……寂しかったんだよ、三嶋」
「え……?」
「付き合ってていつも不安を感じてた。あたしと三嶋の間の距離は付き合う前から全然埋まってないんじゃないかって。好きなのは……、あたしだけなんじゃないかって」
初めて打ち明けたあたしの気持ちに驚いたのか、三嶋は意外なものでも見るような目であたしを見ている。そんな三嶋を見ながら、あたしは続ける。
「やっと気持ち通じて、最初は嬉しかった。でも三嶋は学校であたしが会いに来ても恥ずかしがってばっかりで、あたしと話す時もずっと敬語だし……」
三嶋を責めるようなこと言ってるのに、三嶋は意外にも目を逸らさないで聞いていた。もしかしたら、三嶋もちゃんと向き合おうとしてくれてるのかもしれない。
だったら、あたしも真剣に、素直に伝えなきゃいけない。怖くても逃げちゃだめなんだ。
無意識のうちに、あたしは自分のスカートをぎゅっと握りしめていた。
「学校じゃ話せない、休みの日もあんまり会ってくれない。その上何も話してくれないなんて。こんなの、付き合ってるなんて言えないよ……!」
あたしは二か月分の思いを全部吐き出した――。
――その時、コンコン、とドアが鳴って、開いたドアから三嶋のお母さんが顔を出した。
なんてタイミングの良さだろう。真剣に話していたはずのあたしと三嶋の意識は、完全にそっちに向いてしまった。
「英次、ちょっと買い物頼まれてくれない? 紅茶入れようと思ったら、ちょうど切らしちゃってて。いつもと同じのでいいから」
「わかったよ。木原さんも……」
「だめ。私と女同士の話をするのよ」
「……はい」
しぶしぶ立ち上がって、三嶋はハンガーにかけてあったコートを取り、肩に引っ掛けながら部屋を出て行った。
話が中断されてしまって、なんか拍子抜けしてしまったあたしは、三嶋の後姿を半ば呆然としながら黙って見送っていた。
「ここ、座っても?」
不意に問いかけられ、三嶋の出て行ったドアから目線を戻すと、三嶋のお母さんはさっきまで三嶋が座ってたソファーのところに立っていた。
「あ、はい、どうぞ」
慌てて促すあたしににこりとして、三嶋のお母さんはソファーに座った。
「あのね、最近英次の様子がちょっと違っててね」
「え……?」
唐突に切り出された話に、あたしは三嶋のお母さんが言おうとしていることがわからなくて、瞬きを繰り返しながら三嶋のお母さんを見た。三嶋のお母さんは優しそうな微笑みを浮かべていた。
その微笑を見て、やっぱり親子なんだ、って思った。笑ったときの目元が、三嶋に少し似てる。
「英次、最近アニメ見なくなったのよ。女の子のゲームみたいなのも全部捨てて……普通になりたいって言うの」
「三嶋……じゃなかった、三嶋君が、ですか?」
「そうよ。ふふ、あなた見てすぐわかっちゃった。あなたのために、あの子なりにかっこつけたかったのね。全然かっこついてないけど」
「あたしの、ために……?」
呟くようなあたしの問いかけに、三嶋のお母さんはにこりとして頷いた。
そんな話聞いちゃったらもう、あたしの胸に三嶋への想いが込み上げてくるのは言うまでもない話で。あたしは我慢できず、勢いよく立ち上がった。
「あの、すいません、ちょっと三嶋のとこに行って来てもいいですか!?」
「ふふ、どうぞ。もう買い物も終わっただろうし、お店は駅の近くだから。駅の方向に行けば会えると思うわ」
「ありがとうございます!」
あたしはそう言ってすぐ、相変わらず優しそうな微笑みを浮かべている三嶋のお母さんに一礼して、飛び出すように三嶋の部屋を出た。それにしてもやっぱり三嶋のお母さんはすごい。あたしの気持ち、全部お見通しだったみたい。
三嶋に今会いたい。今すぐに。あたしはその一心で三嶋のもとへ走った。