第三話
放課後の教室、人気の無くなった校舎を照らしていた夕日も沈もうとしている。
あたしは時計を見上げて、もう何度目かもわからないため息をついた。
教室で待ってたら、もしかしたら三嶋が弁解に来てくれるかもしれないって……。
バカみたい。やっぱり三嶋が来てくれるわけ無かった。もし来てくれたら、慌てて言い訳してくれたら、それだけでもう、全部許そうと思ってたのに……。
もう待ったって無駄なんだろう。あたしは勢いよく机に突っ伏した。
でもあと少しだけ待ったら来てくれるかも、なんて、期待を捨てきれないでいるあたしはやっぱりバカだ。
帰ろうか、あと少し待とうかって、机に突っ伏したまま頭の中でぐるぐる考えていたその時。
「ちょっと、加奈子? なんでこんな時間に教室で寝てんのよ?」
机に突っ伏してたから、寝てるように見えたんだろうか。肩を揺すられて顔を上げたら、そこには慣れ親しんだ二人が立っていた。
「美恵……。それに、小池君」
「久しぶり、木原さん」
そう言って、小池君は相変わらずの優しい笑顔で笑いかけてくれた。本当に久しぶりだった。あの時以来会ってなかったから。
「うん、久しぶり。元気そうで良かった」
「まぁ、何とかね。部活に打ち込んでたし」
小池君はそう言って困ったように笑った。それでも、あたしを責めるようなことはしない。
小池君を利用するような形で傷つけてしまったこと――そんなことは微塵も感じさせない優しい人。優しさを利用したって罪悪感もあって、何も言えなかったけど、あたしは感謝を込めて小池君に笑顔を向けた。
「そうそう、小池はほんと頑張ってるよ、最近」
美恵がそう言って、小池君の背中をぽんとたたいた。小池君もそれに笑顔で答えている。
こういうやり取りを見てると、美恵と小池君ってほんと仲いいと思う。部活も同じバスケ部だし、よく一緒にいるし。
「そういえば、今日は部活は?」
二人がジャージを着ているのに気づいて、あたしは美恵にそう聞いた。
「さっき終わってね。今は教室に道具取りに来たの。それより加奈子、今までここで待ってたんでしょ。三嶋とは……」
美恵はそう言って真剣な顔をすると、心配そうにあたしの顔を見た。
「ううん、会ってない」
「そっか……」
美恵は少しほっとしたような、でもがっかりしたような、複雑な表情をしてそれだけ言った。
美恵には三嶋とのことは全部話してある。あたしの気持ちが揺れているこの状態でまた三嶋に会ったら、あたしと三嶋の関係に良くも悪くも何か変化が起きるだろうことを、美恵はわかってるんだ。
自分のことのように心配してくれてる美恵の暖かい気持ちがすごく伝わってきて。我慢してた、いろんな感情が溢れそうになった。
「美恵、あたし、三嶋がわかんない。三嶋の気持ちが全然見えないの」
「加奈子……」
「でも、好きなんだもん。やっとのことで捕まえたのに。絶対離したくないのに……」
涙が出そうになって、あたしは必死に瞬きを繰り返しながら堪えた。
そんな俯き加減のあたしの顔を、美恵が突然両手で挟んで、美恵の顔の方向に向けた。その拍子に涙がこぼれ落ちて、あたしはびっくりして美恵を見た。少し怒ったような真剣な顔をした美恵と目が合う。
「加奈子。見えないなら、自分から確かめなきゃだめだよ」
「え……?」
「離したくないなら尚更、逃げてちゃ話にならないでしょ。怖がって、目逸らしてどうすんの! あんたらしくもない」
「……!」
あたしは思わず息を呑んだ。美恵のそのたった一言で、気持ちにかかってたもやが一気に晴れた気がした。
美恵の言うとおりだ。あたしが逃げてちゃ何もならない。三嶋のことが好きで一緒にいたいなら、あたしの方から歩み寄る努力をしなきゃいけなかったんだ。
「目が覚めた?」
美恵がやれやれって感じの顔で微笑んでる。本当、いい友達を持っててよかった。
「……そうだね、美恵。あたしは三嶋が好きなんだから、自分の気持ち信じて、もう一回頑張るしかないんだよね」
「そうそう、俺は木原さんのそんなまっすぐな感じが好きだったんだからさ」
それまで黙って見守ってた小池君が、笑顔でそう言ってあたしの背中を押してくれる。なんだか、やっとあたしも上手く笑えそう。
「そうだよね。泣き寝入りなんてあたしらしくない。絶対、三嶋のこと離したりしないんだから」
「ちょっと、そこまで言っちゃう? さっきまでのしおらしさはどこ行ったのやら」
あきれたような美恵の言葉。でもそんな言葉とは裏腹に、美恵は嬉しそうにふふっと笑った。
「まぁ、加奈子らしいっちゃ、らしいけどね」
「ありがと。でね、美恵。早速明日ちょっと付き合って欲しいんだけど……。もちろん、付き合ってくれるよね?」
「……え?」
あたしの表情から言いたいことを察したのか、美恵の表情は徐々にひきつった苦笑いになった。美恵のそんな表情に、あたしは満面の笑みで答えた。