第二話
次の日になっても、あたしの心から不安は消えなかった。
最近は三嶋が恥ずかしがるから行ってなかったけど、どうしても会いたくて、会って不安を消して欲しくて。昼休み、あたしは三嶋の教室まで会いに行った。
「あ、三嶋!」
今日一日ずっと笑えてなかったけど、あたしのいる廊下まで出てきた三嶋を見たら、少しだけ心が緩んで、三嶋に笑いかけた。でも三嶋は笑い返してくれなくて。
「木原さん。すいません、帰って下さい」
やっぱり、開口一番にその言葉。きっとあたしの顔から笑顔は消えてしまっただろう。
「……どうして?」
「教室はちょっと……、恥ずかしいというか」
三嶋は困ったようにそう言った。
きっとこう言われるだろうってわかってた。でもそんな三嶋の態度に、あたしの不安は募るばかり。あたしはわかってほしくて、訴えかけるように三嶋の目を見た。三嶋が怯んだのが、表情でわかる。
「どうしてよ……」
「え?」
呟くように同じ言葉を畳み掛けるあたしを、三嶋はただ困惑した顔をして見てる。
あたしの不安になんて、やっぱり気づいてくれない三嶋。あたしは俯いて、手をぎゅっと握り締めた。
どうしていつもそんなに恥ずかしがるの? どうして会いに来ちゃいけないの?
あたし達、付き合ってるんじゃないの? それとも、噂が大きくなってあの子に知られるのが、嫌なの……?
心の中でいろんな言葉達がぐるぐる回ってる。
ありえないって、恥ずかしがるのは三嶋が照れ屋なだけだって、わかってたはずだった。でも昨日の三嶋と彼女の笑顔が頭にちらついて、不安は打ち消すことができない。
「木原さん……? どうしたんですか?」
三嶋の不思議そうな声。全部言って確かめなきゃ、このままじゃあたしが苦しいだけ。あたしは勇気を振り絞った。
「噂、聞いちゃったから。後輩に告白されたんでしょ?」
「あ、いえ。それは違うんです。その噂は、ただの噂です」
「そっか。じゃあ、告白なんてされなかったって言うのね?」
「はい」
三嶋のこの言葉を信じたい。でもまだ、三嶋と彼女の笑顔が頭から離れてくれない。
「でも昨日、あたし見ちゃったんだ。後輩の子と、仲よさそうに話してるとこ」
「あ……」
「何話してたの?」
「それは……、その……」
三嶋は焦ったように口ごもった。しばらく待ってみても、その続きが聞けることはなくて。
ずっと不安だった。付き合えるようになったのも、あたしが好きで好きで、やっと捕まえたから。本当は三嶋は、あたしのことそんなに想ってくれてないんじゃないかって……。
ただ部活のこと話してただけ。きっぱりそう言ってくれたら、あたしはやっと信じられるのに。
「話してくれないの? それとも……話せないの?」
そう問いかけても、黙っている三嶋。あたしの不安は増幅するばかり。
「ねぇ、あたし達付き合ってるんだよね? 付き合ってるなら、何でも話せるでしょ?」
「すいません。……話せないんです」
そう言って、三嶋はただ気まずそうに俯いてしまった。
あたしの心に、不満感とか不信感とか、そういう嫌な感情が次々に生まれてくる。
三嶋なんて、あたしのこと全然わかってない。あたしは不安になるばっかりで。
三嶋と付き合えるようになった時、あたし夢を見てるかと思うくらい嬉しかった。でもきっと、時間があたしを欲張りにしたんだ。そばにいるだけ、それだけじゃ足りない。三嶋にも、あたしとおなじくらい、あたしのこと想ってほしいって……。
三嶋を好きな気持ちは少しだって変わってない。でも、好きだからこそ、辛いことだってある。
いくら強気でも、あたしは実はそんなに強くなかったのかもしれない。
頭ではだめだってわかってた。でも体が言うことを聞いてくれなくて。慌てて呼び止めようとする三嶋を振り切って、あたしは、三嶋から逃げ出した。