第一話
きっかけは、三嶋の一言。だからこれは、三嶋の蒔いた種。
だって、学校じゃ恥ずかしいって言うんだからしょうがないじゃない。
もし追い払われても、三嶋の何倍もあたしの方が好きでも、絶対引かない。
あたしの気持ちは、そんなに簡単なものじゃないんだから。
「加奈子ぉ。やっぱり帰ろうよ。これじゃまるでストーカーだよ」
隣にいる美恵は、落ち着かない様子であたしの洋服の裾を引っ張っている。
おとなしく目立たない三嶋と、派手でうるさい性格のあたし。正反対の二人がやっとのことで結ばれてから、早二ヶ月。めでたく恋人同士になったわけだけど……。
今あたし達がいるのは、三嶋の家の前。
何でこんなことになっているのかというと、やっぱり”あの噂”。あれが、この事態の発端であり、原因であると言えるだろう。
それというのも、つい一週間前のこと――……。
「えっ? 何それ……。本当の話なの?」
「うん、ほんとほんと。後輩の知り合いが言ってたからさぁ、ウソつくような子じゃないし」
愕然として聞き返したあたしに、クラスメートは面白そうな顔をしてそう答えた。
情報通のその子から聞かされた新しい噂話は、あたしにショックを与えるのには十分すぎるものだった。にわかには信じられないその話に、噂を聞こうと集まってきた女子達が無意味にざわめいている。
普通なら目立たないあいつの噂なんて誰も興味を持たないところなんだろうけど……。あたしの人目をかえりみないアタックのおかげで、あいつの知名度もずいぶん上がったみたい。
心配そうな好奇の視線を投げかけられるのが嫌で、あたしは噂の輪から外れた。
「どうしよう……」
席に戻り、つぶやきながら机に突っ伏すようにして盛大にため息をついたあたしに、美恵が後ろから呆れたように話しかけてきた。
「何気にしてんの? あんたは一応”彼女”でしょ?」
「だって! これが気にしないでいられるわけないじゃん」
衝撃の事実に、あたしの気分はどん底まで落ち込んでいた。
それというのも噂の内容が、三嶋が同じ部活の後輩に告白された、って話だったからだ。しかも話によると、大人しいけどなかなか可愛いらしい。大人しいってだけでも三嶋は好きそうなのに、可愛いなんて……。派手顔でうるさいあたしじゃ、とても対抗できない。ふさぎこむあたしを見ながら、今度は美恵がため息をついた。
「ありえないよねぇ。誰かさんのときも驚いたけどさ、みんなどれだけ趣味悪いのよ。前よりマシになったのは確かだけどさ、弱々しい女顔は相変わらずだし」
「そうなのよ。三嶋って、よく見ると結構可愛いから……!」
「いや、悪いけどそれはあんたの勘違いだから」
美恵がなんか言ってるけど、無視。それより、どうしたらいいんだろう。今まで、三嶋を好きなのはあたしだけだったのに……。
その日の放課後、噂話に落ち込んでいたあたしは、肩を落としてとぼとぼと靴箱に向かっていた。落ち込んでると、気力がまるで湧いてこない。廊下まで窓から光が差し込んでて、天気いいな、とかなんかそんなことを思ってふと、窓の外を見たその時。
「三嶋……!」
ぼんやりしてたあたしの意識は、窓の外の中庭にいる人物に一瞬で集中した。それもそのはず、中庭にいたのは、三嶋一人だけじゃなかったからだ。三嶋と笑いながら、仲のよさそうに話しているのは……。
「あの子……」
間違いない。噂に聞いたあの子だ。確かに大人しそうな雰囲気だけど、優しそうで、三嶋の好きそうな感じがする。小柄で女の子らしいから、男にしては身長の低い三嶋といても違和感が無い。
横に立ったら三嶋の身長、追い越してしまうあたしと違って。
横に立ってもどうしても、恋人になんて見られないあたしと違って。
”お似合い”。二人を見ながらそんな言葉を連想してしまった自分が悔しかった。
それに何よりショックだったのが、あの子と話している三嶋の笑顔。あたしといても、三嶋はあんな顔見せてくれたことなかった。付き合ってるのはあたしのはずなのに。あんなに仲良さそうに、楽しそうに話すなんて。
三嶋はあたしと話すとき、いつも敬語で。恥ずかしいって、人目ばっかり気にして。
この二ヶ月間、休みの日だってデートに誘ってくれたことなんて無い。
いつもいつも、好きの気持ちはあたしばっかり大きくて……。
あの子といる三嶋は、あたしの知らない三嶋に見えて。なんだか見ていられなくて、あたしはそれ以上二人を見ないようにその場を走り去った。