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とある廃部危機の演劇部


ずっと憧れていた

恋焦がれた世界が眼前に広がるのに

私はいつまでもそこで踏み出せないままでいた





演劇なんてものを見たのは、中学の学校行事で一度だけだ。芸術に触れる機会をつくるとか何とかで、一年次には美術館、二年次にはオペラ鑑賞、三年次には演劇鑑賞だった。その三年次には、受験勉強のために推薦が決まった生徒のみの鑑賞と言う事もあり、二時間ほとんど寝ていても怒られなくて済んだ。

そんな私が今や演劇部の部員なのだから、やっぱり人生なんて分からないものだ。


高校三年の四月半ば。

まだ寒い空気を背中に感じつつ、ぼんやり考えて部室までの廊下を歩いた。

演劇部の部室は特別棟の3階、最奥だ。同好会レベルの部室は、部員9人の毎年廃部の危機をぎりぎりで免れてきた結果の、左遷のようなものなのだと、部長はため息を吐いていた。

公演の機会は年二回。名誉挽回のチャンスは一年にたったの二回しかないというのに、もう何年も客席を埋められない状況だという。三月の公演が終わったばかりだというのに、四月半ば、すでに次の公演の演目について会議することに決まっている。


もちろん、そんな追い込まれた演劇部の部員である私にも、演目について何か案を考えてくるという義務がある。しかし、正直な話何の案も用意してきていなかった。

私の所属している演劇部は確かに少人数ではあるが、演劇のレベルは高いように思う。

それは、自分が所属しているからとかいう贔屓目などではなく、自分自身初めてこの部の公演を見たときにその完成度の高さに驚かされたから、だ。

もちろんだから私は案を何も用意しなくてもいい。ということは絶対にないのだろうが、やっぱり私は案なんか用意する気にはならないのだ。

理由はふたつ。

ひとつめはここ二年間の公演の脚本は本当に素晴らしいものだったから。彼の書く脚本に間違いなんかない。彼になら全部を丸々任せられる。という、他力本願とも思える信頼と尊敬が理由といえる。

脚本を担当している副部長は、おそらく全部員からそのような絶対的な信頼を得ている。何を隠そう私ももともとは彼の脚本のファンなのだ。


ふたつめの理由は、


「佐伯」


部室までの最後の廊下で、背後から名前を呼ばれる。


「は!はいぃ!」

「お、驚きすぎだろ」


気配もなくいきなり声をかけられたために、思ったより大きな声が出て、自分でも驚いた。けれど、恐る恐る振り返ってみると、私に声をかけた本人の方が確実に驚いているようだった。


「す、すみません。……桜井くん」


私に声をかけたのは、どうやら演劇部で副部長を務めている、桜井千尋くんだったようだ。


「まぁ、佐伯に後ろから声かけちゃったの俺だし、謝らなくていい」


ちくり、と私の小さくて面倒くさい心臓は痛む。佐伯にだって。

普通自分の前を知り合いが歩いていたら、背後からそのまま声をかけるだろう。それなのになぜ桜井くんは謝ったのか。といったら、それは相手が私だからだ。


「こ、声をかけるくらい……私がぼーっとしていたから、過剰に驚いてしまって、すみません」

「……いいよ。怒ってんじゃないし」


桜井くんはそういうと、さも当たり前のように私の隣に並んで一緒に部室へ向かおうとした。

口数は少ないように思う彼だが、気を遣ってくれていることは明らかで、きっと優しいんだろうなと思った。それでも私には、自分が彼の隣に並んで歩くのは不自然に思えて、一歩半後ろを歩くことにした。


「もうみんな集まってるかな。俺のクラス科学でさ、遅れた」


桜井くんは言いながら少し眉をひそめたが、私があからさまに気まずそうな顔をしているからだろうか。


「佐伯のクラス、科学の担当誰」

「え、えっと、木村先生です」

「あの先生さ、授業の進行下手すぎじゃない?俺時間通りに終わったことないわ」

「あ、私もです」

「やっぱり?授業開始に遅れてくるくせに終わらないとか」


先生や授業の愚痴。

そんななんてことはない会話でも、私には苦しくて堪らなかった。

人と話すとき、誰かといるとき、その人が本当は自分をどう思っているのかわかってしまうから、辛い。私の薄っぺらな肺は、息をするのが精一杯だ。


「佐伯、」

「は、はい」


被害妄想かどうかを知る方法なんてない。

傷つかない方法なんてない。


こんなに息苦しいのに、暗い思考は止まらない。


私は周囲に恐怖して、浮かないよう、でしゃばらないよう、誰かを極力不快にしないように、最良を選択しようと生きていて。そんな自分の態度が周りの人間に気を遣わせているとわかってはいても、生き方は簡単には変えられなくて。


私が次の公演の演目について何の案も用意してこなかったのは、私の話なんて誰も聞きたくはないように、私には思えるからだ。


「何もそんなに暗い顔をしなくても、次の公演が終われば、佐伯も解放されるよ」


桜井くんは少し困ったような顔で笑って、そう言った。

私は他人事のように、魅力的な表情だと、思った。




まだ、サイトの使い方がわかっていないので、いろいろ頑張ります。

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