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第一章-07


 翌朝の九時ごろ。数十名の傭兵の列に狛彦もたどたどしい足取りで支持された場所に並んでいく。狛彦は思い切り欠伸をしていた。

「昨日は良く眠れたか?」

 ルイが尋ねる。

「まぁまぁかな。でも朝早くに起こされて……選ぶのに二十分も掛からなかったのにさ、三時間前に起こされたんだ」

 それは地平線から陽がようやく顔を出す頃に、傭兵から起こされたせいだった。眠気の覚めない狛彦だったが、傭兵たちと共に歩みを進めていくうちに何とか状況を理解できた。辿り着いたのは鎧の保管所だった。武器庫と同じ位の広さだったが無機質な白塗りの室内で、殺風景な屋だった。鎧はサイズ別に揃えられていて、狛彦の体躯に合う鎧を見つけ出すのにはそう長く時間は掛からなかった。貸し出された甲冑は、胸と脛。肩や前腕を守る鋼鉄製のもので、他の傭兵と大差ない簡易なデザインだった。装着に戸惑うこともなく、容易に装着が出来るようになったのは、物の数分だった。

「今日からお前も街を巡回する傭兵の一員だ。今日は特に苦労するかもしれないからな、私と一緒に巡回をしよう」

 ゴルドーは厳しい表情のままで狛彦に告げた。戦闘員と称される傭兵たちとは二十四時間体勢で街を巡回する。陽の出ている間は魔物の出現率が低いため、面々の殆どは雇われ兵たちだった。それでも彼らの生命を最低限守るため、手錬の傭兵と二人一組で巡回する決まりとなっていた。しかし、魔物の出没が頻発する夜間では、熟練の傭兵たちを主にしてさえ、最低でも二人一組で街を巡回する。

 飛行能力を持つ魔物の出現はかつてなく、もしそのような輩が襲撃してきても対応できるよう、実力者を筆頭に、五名の魔術師が集落の高台や城壁の近くで待機している。フロンティアには魔術師として認定された者は二十余名しか存在しない。それでも国内トップレベルの実力者はせいぜい四、五名程しかいない。その中にはココの姿もあった。それでも中、遠距離攻撃に限れば傭兵の一個大隊の戦闘力を有している。そんな彼らが放つ魔法には破壊力はありすぎるため、街中では使えず、街を巡回するのは大抵傭兵たちの務めとなっていた。彼らは傭兵たちの援護が主な役割となっている。

「魔物なんか出ない方がいいんだ……」

「それもそうだだけど、俺にとっては出てくるならとっとと出てきてやられて欲しいね。早く元の世界に戻れるからな」

 ゴルドーの発言は、フロンティアの一住民としてはごく当たり前のものだったが、狛彦にとってはまるで逆の思いだった。彼から仮のシフト表を渡された。一枚は懐に入れ、予備の一枚は仮眠室の壁に貼り付けた。

(さて……どんな一日が始まるのやら)

 新たな生活が始まる期待感と不安感が、狛彦の胸中を巡る。各個人の戦う理由は何であれ、決意を新たに狛彦の、そして猛者たちの鬼気迫る日々が始まった。傭兵たちは、三時間街を巡回し四時間の休養をとる、というサイクルで仕事が回っている。

「傭兵たちとのコミュニケーションをとることも必要だからな」

 そんなゴルドーの計らいで、三時間毎に傭兵がパートナーとして変わりながら、狛彦は午前九時から街の巡回を始めることとなった。陽の出ているときは魔物の出現は極々稀である。その定説どおり、今回は街を巡回していても魔物が現れることはなかった。

 かくして午前中の勤務が終わり、狛彦は休憩の時間を迎えた。集落で剣や鎧を身に付けたまま、ココに教えて貰った食事処で先日と同じメニューを食した。長椅子に座り、一息つきながら狛彦は街の大通りや幾つかの細道のことを思い出してみた。どんな店かあるのか、どんな人物がいたのかを思い浮かべてみる。その街並みは中世ヨーロッパの街並みに似ていた。そして午後も、午前中とは別の傭兵と共に街を巡回した。それからも魔物は出現することはなかった。この日は特に何の問題もなく、一日の任務を終えた。全てにおいて狛彦にとって初めての経験である。楽しみを感じることはなかったが、仕事始めの程よい緊張感を感じた彼だった。


 狛彦が街の巡回を始めて一週間が経った。街の地理にも慣れ、剣の使い方も感覚的に理解出来た頃だった。彼は落ち着かない様子で城内をうろついている。そして彼は中庭の窓越しに、誰かが木刀を持ち、素振りをしている姿を見つける。

(ミューラか……)

 狛彦は何をする訳でもなく、窓枠に両肘を付いて彼女をボーっと見詰めていた。

 ブンッブンッブンッ。

 彼女の表情は真剣そのものだが、動きはあまりにもぎこちなかった。それが剣術を知らぬ狛彦にも一目瞭然だった。刀を振り上げれば胸が揺れ、それを抑えるために全身に余計な力が入っている。ヒールを履いているために彼女の足元は非常に不安定だった。

「ふぅ……」

 必死に木刀で素振りをしていた彼女は、ようやくその腕を止めた。額に滲んだ汗を、右の甲で軽く拭う。

 狛彦の存在に気付き、彼のほうに視線を向けた。軽く微笑みを返す。

「精が出るなぁ。でも全然ダメだよなぁ、っと」

 狛彦は窓枠に片手をかけ、中庭の方へジャンプして渡った。ミューラは持っていた木刀を、一番近くにあるテーブルに立て掛ける。軽く頬を膨らませると、不満そうに呟いた。

「悪かったわね。こんなことするの初めてなんだから仕方ないでしょ」

「なおすところなら一杯あるんじゃないか。そんなヒールのある靴はトレーニング中とはいえ向いてないだろう。体のバランスが悪くなるから、全身に力が入ってしまうんじゃないか? それに………」

 狛彦は彼女の谷間を指差しながら言葉を続けた。

「その胸、揺れて邪魔だろう。胸当てくらい付けた方がいいんじゃないか?」

 その表情や言葉には卑猥な意味合いは全く感じられなかったが、彼女は言葉に詰まり、とっさに胸を両腕で庇うように隠した。恥ずかしさのあまり、頬だけでなく顔全体を真っ赤に染める。

「っ……馬鹿っ!!」

 そう言うと、ミューラはそそくさとガウンを肩に掛けた。そして狛彦と目を合わさないよう、ドアのほうへ走っていく。

「おい! 忘れもんだよ」

 狛彦は立て掛けてあった木刀を握ると、ひょいっとミューラに向かって投げた。それを受け取った彼女は無言で、しばらく狛彦を睨みつけると、何も言わずに背を向けて走り去っていった。

その姿が見えなくなったのを狛彦は確認すると、今一度周りを見回した。中庭には彼以外誰もいない。剣の柄を握った。

「ふぅ……これで思いっ切り出来る」

 ―シュッ!

 風が鳴った。剣を振り翳すと未だかつて経験したことのない快感が全身を駆け巡る。振るうごとに剣が手に馴染んでいく感覚。狛彦は笑みを深めていった。

                                   ≪続≫

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