第一章-06
陽は暮れ、温暖な気候が続くこの季節でも星空が広がる時間になると、吹きわたる微風はひんやりとしている。狛彦はジェフの案内で一階にある武器庫に向かっていた。ひっそりと冷たい空気に包まれている。二人が訪れた時にはゴルドーを筆頭に、収集されていた十余名の戦闘員たちが目的地の入り口で集合していた。
(こいつが?)
(本当に光の勇者なのか? そこまで強そうには見えんがな)
強面の猛者たちが、顔を寄せてひそひそと耳打ちをしている。狛彦は不愉快な気分にさせられた。それでも相手の小言に腹を立てるのも馬鹿らしく思ったのか、彼は聞き流していた。彼らの目の前には鉄製の扉がある。それは『地獄の門』のように一見乱雑に見えても、人間だけでなく見たことのない動物や草花の彫刻が計算しつくされているように施されている。二人の甲冑を着た傭兵が、ゆっくりとその扉を開く。金属を擦り合わせた重たい音が中庭に響き渡る。
倉庫内には様々な種類の、そして数え切れないほどの武器が収納されていた。その圧倒的とも言える数の多さに、狛彦は口笛を吹いて驚きを表現する。
「好きなものを選べ。これからお前の身を守る相棒となるからな。じっくりと探し出すんだ」
ジェフやゴルドーだけでなく傭兵たちの視線が狛彦に集中している。それでも狛彦は武器庫の中へ、ゆっくりと歩みを進めた。何度も彼は首を上下左右に往復させる。目の前にはスピアやサーベルだけでなく、剣や弓、大砲のようなものさえあった。それらの武器を実際に見るのさえ初めてだった。
狛彦は倉庫の中央で戸惑っていた。数百はあろうかという武器の中から、これから訪れるだろう数々の困難を共に戦い、数々の危険から身を守ってくれる相棒を選ばなければならないからだ。これまで武器を手に取る経験すらない狛彦にとって、それぞれの武器の意味合いを完全に理解することは出来なかった。
しかし、倉庫の最奥に彼の目についた武器があった。柄と鞘の端を専用の台で置かれてある剣。一Mは優に超えている。その容貌はまさに日本刀だった。
「こ、これは……」
それがこの世界でそう呼ばれているかは分からなかったが、その姿形は彼の知る日本刀そのものだった。
他の剣や弓などの様々な武器も、かつて達人と呼ばれる者たちが使用していた由緒ある代物のも多いと彼は聞かされた。しかし、その存在感はまるで他の武器の輝きを一瞬にして消し去ってしまっているように感じた。それほどのオーラを狛彦はしっかりと受け取っていた。それは勘違いかもしれないという懸念が頭を過ぎるが、それでも彼の瞳にはその剣以外映っていなかった。狛彦は無意識にその剣に手を伸ばしていた。剣自体には埃は立っていたが、無造作に置かれているわけでもなかった。
剣の重量だけでなく、剣自身が放つ禍々しいまでの威圧感が彼の両腕に圧し掛かった。息を吹きかけ、表面の埃を落とす。彼は鞘から刀を半身だけ引き出した。片刃で黒光りしている。力強く、自己を主張していた。狛彦の膝が微かに震えている。彼が感じたのは初めて武器を手にした恐怖でも、不安によるものでもなかった。彼はすぐに理解した。武器全般に対してさほど知識がなくても、それが名刀過ぎるほど名刀であることを。
(これだ……)
刃を鞘に戻す。その手つきは滑らかなものだった。
「それを選ぶのか」
「ああ。コイツが俺の相棒だ。前の世界でも同じ形のを見たことがある。使い方はよく知っている」
ジェフの問い掛けに狛彦は即答する。柄から鞘へと握りなおし、危険の無いよう刃先を下に向けた。武器庫から、剣の持ち出しを許可する証明書にサインをするよう、狛彦は一人の傭兵から一枚の紙と羽根の付いた万年筆を手渡される。その内容は『剣の無期限持ち出し許可』というだけの、極々単純なものだった。彼はすぐに自身の名前を書き入れた。
「そういえばどこかに連れていってくれるんだったよな」
左腰に剣を丈夫な紐で結わえて貰い、引き締まった顔つきに変わった。そして剣を手にした余韻も冷めやらないうちに、狛彦はジェフに問い掛ける。
「ああ、そうだ。城の入り口にある仮眠室に案内する。付いて来い」
そう言うとジェフは彼に背を向ける。狛彦は刀を腰に下げたまま、彼の背中を追っていく。傭兵たちが小話をしている中で、一人だけ彼らの後姿に鋭い視線を向けている男がいた。しかし、すぐさま集会は解散され、集まっていた者たちは四方八方に散っていった。
城の廊下は蛍光灯のような明かりで照らされている。正面入り口から突き当たりまで続く紅い絨毯。殆ど装飾の施されていない純白の壁や、大理石のような床も相まって、狛彦は何処か冷たい印象を受けた。二人の目の前には二十ほどの仮眠室が連なっている。その中でも城の入口に最も近い部屋が狛彦専用の仮眠室と定められた。そのドアに凭れかかり、年の頃は彼と大して変わらない青年が腕を組んで立っていた。先刻、狛彦に視線を向けていた人物だった。髪は緑に染まっていて、左頬にある一筋の傷が特徴的だ。
「あんたは?」
狛彦は怪訝そうに聞いた。
「俺の名はルイ。お前の隣の部屋の者だ。せいぜい俺たちの足を引っ張ってくれるな」
そう一言残すと、ルイはすぐに城の入り口とは生反対の方向へと踵を返す。彼の棘のある言葉には、狛彦と言う存在を受け入れきれていない節があった。そのことを狛彦は感覚的に理解した。ルイの姿が消えた後でも狛彦は、怪訝そうな表情のまま廊下の先を見詰めていた。コホン、とジェフがわざとらしく咳払いした。
「いいか。これからは仮眠室が中心の生活になるだろう。いざというときには皆の手が必要となるから覚悟しておけ」
「ああ。わかった」
狛彦は光の勇者と言われていたものの、彼に割り当てられて部屋は他の傭兵たちが泊まる部屋と同じ作りだった。人一人が横たわるだけで精一杯のベッドには、薄いブルーのカバーが掛けられている。ヒノキのような香りが際立つ、無地の小さな机の正面には、上半身が映し出される長方形の鏡が備え付けられていた。
「見回りはローテーションで行う。六時間ごとに相方を交代しながら、そして場所を変えながら街を巡回していくが……これから一応、お前専用に鎧を創らせる。それまでは朝から夕暮れまでの勤務となる。細かい番表は鎧が出来た日に渡す。いいか?」
「難しいことはよくわからないが、要するに魔物が出てきたら、とにかくぶっ倒せばいいわけなんだろ」
拳を胸辺りで握り締めると、狛彦は自信気に言った。
「………まぁ、いい。ひとまずはその解釈でいい」
苦笑というよりも、その表情には呆れが含まれていた。ジェフから鍵を渡された狛彦は、彼が振り返るのを確認するとすぐに部屋に入り込む。
(今まで施設でも全部ずっと管理されてたし……そう意味では何とかなるだろうな)
仮眠室にあるシャワーを浴びると、狛彦は早めにベッドへ向かった。
≪続≫