第一章-05
翌朝。チュンチュンと、鳥たちの力強い囀りが新しい一日の始まりを教てくれた。朝陽が水平線から顔を出してきている。淡かったはずの太陽の光が、まるで挨拶するかのようにゆっくりと力強く大地を照らしていく。ようやく訪れた爽快な目覚めに狛彦は背伸びをする。開けっ放しにしていた窓から入ってきた澄んだ風と、鳥の鳴き声が目覚まし時計の代わりになった。コンクリートに囲まれた世界ではこうはいかないと、狛彦は思った。彼のよく見かける人工的に並べられた街路樹や花壇のような、見てくれを重視した草花と比べて、フロンティアの自然は精神的に圧倒されるような存在感があった。
狛彦はすぐに着替えを済ませると、とにかく食事が出来る場所を探そうと、廊下に出た。
(中庭には誰かいるだろう……)
城の施設を全て知っているわけではなかったが、彼の行きなれた雰囲気の食堂や売店があることはいささか疑問だった。以前は、バイト先の食堂で、そしてバイトが終わればコンビニ弁当を夕食として食すのが彼の日常のリズムとなっていた。
四階のレストランは開いていたが、もう一度は入ろうとは思わなかった。誰かに会えば普通の食事が出来る場所もわかるだろうと思い、彼は中庭に向かって足を進めた。
しばらく見つめていても、人の動く気配は感じられない。狛彦は中庭に広がる草木を、窓越しに眺めていた。諦め半分、彼は中庭から去ろうとしたその時だった。
「やあ、君が狛彦くんだね。探したんだ。一度遠めで見かけたんだけど、忙しくて挨拶が遅れちゃって……」
狛彦は突然、背後から声を掛けられた。親しげな口調に、さっと振り返る。
「君は?」
「僕はね、ココっていうんだ。僕も戦いに参加するんだよ。これからもよろしくね」
狛彦より頭一つほどの長身で、細身で色白の青年だった。白や青、緑などの様々な色彩が、まるで呪文のように服のあちこちに刻まれている。ココと名乗った青年は何枚も重ね着しているものの、差し出された右手、裾からはみ出した腕からはかなりの細身だと伺えた。
「ああ、よろしくな」
ココは掌を肩の高さまで上げた。大きな琥珀色の大きな瞳で狛彦を見詰めている。その意図を汲み取った狛彦は差し出された右手を軽く叩いた。
「あ、ところで……」
狛彦は右手で頭を掻きながら、何の気兼ねなく食事が出来る場所を聞いた。そして、ココに連れられて辿り着いたのは、集落のほぼ中心にあるこざっぱりした食事処だった。十五名入れば満員と言う小さな店だった。それでもメニューは豊富だった。ココのお勧めは『ソリアーヌの揚げもの定食』という名で、見た目は元の世界のトンカツ定食そのものだった。先日の夜はフランス料理のような食事だった。この世界では色んな種類の食文化があると彼は知った。二人は、特に狛彦はボリュームたっぷりの朝食を済ませた。白飯のお代わりは自由と、前の世界の定食屋と同じシステムなのは喜びでもあった。白飯の御代わりをした狛彦は満腹感に腹を撫で下ろし、口直しに麦茶を喉に流す。
「この食事は口に合う? まぁ、それだけ沢山食べてるのをみればわかるけどね」
クスクスと笑いをこらえようともせず、狛彦に聞いた。
「ああ。ここのメシは旨いよ。だけど城で食べる、高級そうな食事は苦手だな。ちまちま形式通り食べても楽しくないからな……」
背筋を伸ばして、次に出て来る皿を待つじれったさと、座り方やフォークの持ち方にさえルールのある食事に狛彦は極端な苦手意識を抱いていた。そもそも高級レストランなど、彼はテレビでしか見たことがなかったのだが。最小限に抑えたおくびを更に手の甲で隔す。ココは笑みを浮かべながらも、わかるよ、と狛彦に同意した。屈託のないその笑みを崩すことはなく、二人は食堂を後にした。
≪続≫