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第一章-04


「一人で歩いていいか?」

 狛彦の胸の内を理解したつもりでいるのか、ミューラは何も言わずに了承してくれた。彼にとって頭を整理するためには一人のほうが、都合がよかったからだ。魔物への対策については翌日、要人を集めて会議を行うと聞かされている。それまでは休息を取るように指示されていた狛彦は、何もする当てもなく、もう一度城の中を落ち着かない様子で歩きまわっていた。

 城は十五階建てで、最上階は導師専用のスペースとなっている。一般の人間が自由に行き来できるのは彼えらの居住スペースのある十三階までだった。そして幾つかの大広間、狛彦が通っていた小学校のグラウンドほどはあろうかという中庭。彼が今回確認できたのはそれだけだった。

 再び中庭に辿り着いた頃には、とうに太陽が頂点から遠く離れていた。それだけの時間が必要になったのには城内が広すぎただけではなかった。幾つもの曲り角。殆ど同じ造りの廊下や窓、部屋の扉や階段。よほど城の設計と彼の方向感覚が合わなかったのか、狛彦は同じ場所をグルグル回っていることに気付いた頃には、十余分も掛かっていたほどだ。この城がそれほど巨大だということに、驚きと共にひどく感心する。

 そして今一度中庭を覗き込んだ。もう一度メイに声を掛けようかと考えたものの、いくら見回しても彼女の姿はなかった。中庭で屯している人々の輪に溶け込もうとは、まだ思わなかった。

「ふぁ……っ」

 誰かに見られてはいけないと、大きな欠伸を必死にかみ殺した。

「やっぱり面倒くさい………」

 精神的に疲労を感じた狛彦だったが、もう一度頭の中を整理しようと十四階にある自分の部屋へと戻っていく。その足取りは重かった。

 狛彦は刻々と表情を変える風景を見詰めていた。傾きかけた陽光が、どこか遠くへ飛ぶ鳥たちの影を見せている。

(それにしても俺が元の世界に戻る方法はあるのかな? 何が俺ウを選んだのだろう……)

 瞳を閉じ、頭を必死に回転させた。

(悪魔を倒せばわかるかもしれないと言っていたが、あいつらは本当に俺を還す気があるのか? それに俺を筆頭に戦うと言ったって、喧嘩しかしたことのない俺がそんな大役が務まるのか、な?)

 それらが不安や疑問が頭の中をグルグルとまわっていく。彼は胃が痛くなりそうな気がした。壁掛けの時計を見たり、窓の外を何度も眺める。部屋に戻り、橙色をしていた大空はいつしか鈍色の夕空に変わろうとしていた。

 そして水平線から夕陽が見えなくなった頃。代わりに満月が夜空を支配し始める頃。扉が叩かれる音が聞こえた。間を空けて、扉を開けてみると一人の女史が掌を膝上で合わせながら佇んでいた。決して派手な服装ではないが、身嗜みは清潔感に溢れている。

「夕食は如何でしょうか」

「ああ。腹が減ったから、よろしく頼みたいな。でも、金は持ってないんだ」

「それなら大丈夫ですよ。ミューラ様から夕食の準備をするようにと承りました。料金も既に頂いておりますので、四階のレストランまで案内をさせて頂きたいのですが………」

 食事をしなければ何も始まらない。かと言って全てのものが無償で手に入るわけではないことは理解していたが、ひとまずはその恩恵にあずかろうと思った。

「それではこちらへ」

 女史が狛彦の肯定の頷きを確認すると指先を廊下へ向け、ゆっくりと歩き出した。その後に彼は付いていく。

「そこまでしなくてもいいのにな。ここまで丁寧にされると、逆にこっちが緊張してしまう……」

 狛彦は苦笑すると、女史もそれにつられて微苦笑した。案内された場所はTVで見た三ツ星レストランのようなテーブルや椅子のデザイン。いかにも高そうなクロスに、ディープトーンの絨毯。客は二人の老夫婦が入り口で狛彦とすれ違っただけで、後から入ってくる客はいなかった。中央の席に座らされ、狛彦は落ち着かない様子で周りを見回していた。メニューを渡されたが、どのような料理か見当も付かなかった彼は、シェフに任せるよ、と一度言ってみたかったセリフを口にした。出てきた食事はフランス料理のようなもので、芸術性を重視された五皿が時間差で出される。身体を動かし盛りの青年には非常に物足りない量だった。シェフに薦められた赤ワインも少しだけ飲んでみた。年代ものと言われたが、その良さは彼にはよく分からなかった。

「部屋までお連れしましょうか?」

 軽く酔いが回ってしまった様子を見たシェフは、微笑みながら提案した。しかし、金銭面の心配や食事の片付けをする必要もなく、周りの人間に気を掛けさせるのは心苦しく感じた狛彦は、一人で自分の部屋に戻った。

(やっぱり物足りないよなぁ……)

 空腹を紛らわそうとベッドに勢いよく転がった。まだ八分ほどの空腹が残ってはいたが、精神的なものか肉体的なものかよく分からないような疲れが、彼の瞼を重くさせる。ベッドの柔らかく包み込まれるような感触と、身体中の隅々に回る酔いが心地よい。彼はどうしてもその快楽には逆らえなかった。

                                           ≪続≫

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