【プロローグ】
構想10年以上。
書き始めて7年。
なんて大層なこと言ってるけれど、実は基本的には書き終えているのです。
ただ、現在は設定の調整に努めてます。その為の新しい場面の挿入。場面の削除など四苦八苦(≧Д≦)
少しずつかもしれませんが、コツコツ書いていきたいと思います。
【プロローグ】
光があれば闇がある。しかし、闇があるからといって光があるとは限らない。一筋の光の存在すら許されず、暗黒が支配する邪悪な世界。そこには哀しみ、怒り、絶望―あらゆる負の感情が渦巻いていた。そんな無限の闇の広がる世界で生き残った一人の男。彼は圧倒的な邪悪な力に心身を委ね、彼は滅びと破壊を望む悪魔の化身となった。生きとし生けるもの全ての絶望を糧にして、それは徐々にだが確実に力を蓄えていた。無上にも膨らむ邪悪な衝動が魔物を創り出し、その力の矛先は生命の満ち溢れる光の世界へと向けられた。
太陽の光を恐れ、闇を好む魔物たちは陽が落ちると出没を始めてしまう。そして、陽が完全に落ちた今。街には戒厳令が出され、この街の住民は外出することはおろか、明かりを灯すことさえ制限されている。周りを見渡しても、一ヶ所としてカーテンを開けたまま明かりを灯している家はない。それが光を、そして生命を標的にする魔物から逃れる唯一の手段だからだ。しかし、この日は何かが大きくが違っていた。
山の端に夕陽が重なり、一際静まり返った街に深い影が広がっていく。灰褐色の分厚い雲が連々と広がる夕空からは、稲妻が鳴り響き、夜の闇に身を潜め始めた街並みを激しく照らす。山の中腹に巨大な城が聳え立っている。幾度となく弾ける閃光が、その姿を浮き彫りにさせた。その城には、国を統治する立場にある導師。医師や学者。剣工の他、様々な分野の最高権威たちが集っている。そんな彼らを守るため に、常日頃、精鋭の傭兵たちが城壁の周りに配備されている。
其処へ向かう二つの影。彼らは必死に逃げていた。生命を奪う魔物という存在から。その表情には疲労と恐怖が大きく滲み出ている。大きな影―父親は徐々に落ち着きを取り戻し、昼間に起こった悪夢のような出来事に思いを巡らせていた。
(まさか陽が落ちる前から魔物が出てくるなんて……)
彼らは家族揃ってピクニックへと、街を挟んで城とは正反対に位置する草原に向かっていた。澄み切った晴天の中で彼らは時を忘れ草原の中を駆け回り、食事をし、花を摘んだ。童心のままにはしゃぎあった。父親である彼。娘であるメイ。そして、その時は確かに母親も一緒にいた。家族揃って出掛けることは滅法久しぶりで、彼らはひとときの幸せを充分に感じ取っていた。時間を忘れ、いつの間にか訪れてしまった夕暮れ時。透き通った青空に紅の色合いが強くなっていく。ようやく彼ら家族が帰路につこうとした、その時だった。
生い茂った木々の陰の先から、漆黒の身体を持つ魔物が、地鳴りのような咆哮と共に現れたのだ。現れる筈のないと思っていた魔物に、まっさきに襲われてしまったのは、一番近かった、力のない母親だった。
『逃げて。せめてメイと貴方だけでも……』
死を目前とした妻の言葉。例えそれが母親としての本意だったとしても、父親にとって愛する妻を見殺しにしてしまった事実は変わらない。己の無力さに抑えきれないほどの悔恨の念が、父親の心を重く支配していた。娘の心の痛みがひしひしと伝わり、彼の背負う重責と罪悪感に拍車をかけていた。
(そろそろ来るか………)
後方から響いてくる魔物の足音が、徐々に大きくなってきていることに気付いた父親は、ゆっくりと足を止めた。目的地である城を見つめる。本来ならば手の届くような距離の筈だった。それでも疲れ切った二人には果てしなく長い道のりに感じられた。
「パパ、どうしたの……?」
メイの細く震えた声を聞くと、父親は思い悩んだ様子で、娘を背中から降ろした。荒々しい息を整え、娘の髪を撫でた。まっすぐに彼女の瞳を見詰める。瞼は赤く腫れていた。恐怖に涙さえ枯れ果てているようだった。
「ここからは一人で行きなさい。警備の傭兵たちが必ず助けてくれるから………」
父親は娘に、目一杯の優しさで囁いた。
「いやだよっ! パパと一緒じゃなきゃ……」
悲痛な面持ちでメイは叫んだ。その声は恐怖で震えていたが、父親と離れたくない想いで一杯だった。
―ドゴォォッ。
二人を追ってきた魔物が、曲がりくねった街角から姿を現した。勢いに身を任せ、石造りの家の一部を粉砕しながらその巨体を静止させた。吹き飛んだ石の破片が、細かい塵となって二人を襲う。明かりを完全に消していた住民たちはその尋常じゃない騒音に怯えながらも、外に出ることはおろかカーテンから顔を出すことも出来ずにいた。
「きゃあっっ!」
メイは両腕で顔を庇うものの、防ぎ切れずに左頬に一筋の傷が付き、血が滲む。
父親はメイの掌に両の手で優しく包み込むように握った。
「さぁ、早く。これでもパパは剣技には自信があるんだ」
魔物と対峙し、勝ち目がないことは彼自身、重々理解していた。しかし、自分たちが魔物に背を向けてしまえば、二人とも殺されてしまうことは火を見るより明らかだった。彼は父親として、そして一人の人間としてそれだけは避けたかった。どちらかが生き長らえるためには、どちらかが犠牲になる必要があった。例え自身の命が失われることになっても、それが娘であるメイの命を救う唯一の方法だと彼は確信した。
父親は覚悟を決め、大きく息を吸った。魔物の方へ振り向き、腰に掛けていた短剣をゆっくりと抜いた。彼の意思を確認したように、魔物は両腕である巨大な剣を鳴らす。古びた金属を擦り合わせるような耳障りな音が響く。彼はメイに向かって微笑んだ。その微笑みには死への覚悟と、娘を守る決意に満ち溢れていた。
「後で必ず逢いに行くから」
一番近場に配置されていた二人の傭兵たちが騒ぎを聞きつけ、父娘のすぐ傍まで駆け付けようとしているところだった。彼らも剣を抜いていて、緊迫感で空気が凍っている。父親は傭兵たちの存在を確かめると、魔物に視線を向けた。彼の目尻から一筋の涙が零れ落ちる。その涙を娘に見せないように、決して振り返ろうとはしなかった。
(ごめん、メイ。君と一緒に城に行くことは出来そうにないんだ)
「うおぉぉぉぉっ!!」
全ての力を振り絞り、魔物へ向かって走り出した。彼の表情には微塵の迷いさえなかった。只々、娘の明るい未来だけを信じて。
(母さん。今、いくよ。メイは、メイならきっと強く生きてくれるはずだ)
ようやく二人の傍へ辿り着いた傭兵の一人が、父親の元へ走り出そうとするメイを抱きしめて抑えた。彼女もそれを必死に振り解こうとするが、大の男の力には敵わない。
魔物に立ち向かった父親を制止させるには、彼らは着くのが遅すぎた。それでもメイは力の限り、彼を止めようと叫んだ。最後の肉親である父親が、魔物に立ち向かうことを止めさせようと。
勢い良く突き出された魔物の刃が大きな影の身体を深々と貫いた。皮肉にも彼が振り翳した剣は、魔物の巨大な体躯に触れることさえ出来なかった。短剣が地面に落ちて乾いた音を立てる。
―グゥルァァァッッ。
「パパーーーッッ!」
メイの瞳から溢れ出した大粒の涙が、風に乗って流れる。彼女の悲痛な叫びは魔物の凄まじい咆哮に掻き消され、父親に届くことはなかった。
しかし、次の瞬間。メイの胸元にあるペンダントが複雑な幾何学模様に沿いながら激しい煌めきをみせた。二人の傭兵が目をつむってさえも瞼の裏に突き刺さるような眩しさだった。
光は果てしない天空へと駆け登っていく。その姿はまるで竜の如く、最後の力を振り絞るかのような輝きだった。その先には雲に隠れ、地上からは決して見えなかった満月が優しくその閃光を受け止めた。
「導師。今………」
城の最上階にある広間には一人の女性と、導師と呼ばれる少年のような風貌の男性がいた。彼女は巨大な窓に手を添え、虚ろな瞳で分厚い雲に覆われた夜空を見詰めている。
「ああ。扉が開いたのだ。我々にとって良い方向に向かうのか、そうでないのか……。全ては異邦者の力に委ねられているのだ」
彼はまるで不安を押し隠すように、荒れ狂う夜空を鋭く睨みつけた。しかし、彼の表情の意味は、ただ乱世への不安だけではなかった。彼の胸の内には誰にも知りえない苦悩と葛藤が占めているということを、今はまだ誰も知らない。
「この世界の運命をかの者に委ねるしかないのか………」
≪続≫