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プロローグ

プロローグのその前




トクン、トクン、トクン…



コポッ…コポポ…



不思議なぐらい穏やかで心地いい…



ただただ、すべてを委ねる心地よさに心が蕩ける気がした。



時折聞こえる声は暖かく、穏やかでただそこには幸せしかないように感じられた。







第1章


プロローグ



苦しい。苦しい。苦しい。


なんだか分からないが、体中が引き絞られる感じがする。


苦しくて苦しくて、息もできない。

ただ、もがき続けていると、突然視界が開けたのを感じた。

















「オギャァァァァァァァァァァ」









「ああ…なんてこと…」

そう零したのは誰だったのか。


朝日が射す部屋の中、鮮やかな青い髪と瞳を持つ女性たちがせわしく動きまわり、産まれた赤ん坊を一目見て誰もが固まってしまった。



中世ヨーロッパを彷彿とさせる天外付きの豪奢な細工のされたベットで今まさに赤ん坊を産んだ女性は、長い深紅の炎のように跳ねまわる髪に深紅の力強い瞳を潤ませ、褐色の肌に汗をかいていた。

荒い息の中で必死に我が子に手を伸ばす。

「私の赤ちゃん…」

赤ん坊を抱いている産婆は、淡い水色の眉をキュッと引き締め、小さく喉をならす。

「奥様…ご子息様にございます。」

「私の坊やね」

産婆は赤ん坊を抱いたまま、母親に子供を引き渡そうとはしない。本来であれば、新たな命の誕生に誰もが晴れやかに顔を綻ばせるはずのこの瞬間に、この場では誰もが硬く表情を強張らせていた。

産婆は、必死に我が子に手を伸ばそうとする母親には赤ん坊を差し出すことはない。

「私の坊やを抱かせてちょうだい。」

痺れをきらして、苦しい息の中そう告げると、産婆は小さく首を横に振る。

「どうかこのまま御館様の元へ。」

そう告げると、隣にいた侍女へ泣き続ける赤ん坊を渡してしまった。

「なぜ!私の坊やよ!返してちょうだい!」

力の入らない体を叱咤して、なんとか起き上ろうと痛む体に鞭打つ。

「落ち着いてくださいませ!まずは御館様のご意見をお聞きしませんと!」

「なぜなの!なにがあったの!」

暴れる女性を産婆と侍女で、なんとかベットに押し込み興奮する彼女を睡眠の芳香を使って眠らせる。

「今しばらくお休みくださいませ。あってはならない事なのです。」

苦しそうに顔を歪めながら、産婆は産後の処置を続けていく。





大きな赤ん坊の泣き声が隣室から聞こえたとたん、大きなため息をついた。その男性は、濃紺のストレートの背中の中ほどまである髪を首の後ろで一つに纏め、黒に近い青い瞳を安堵にゆらしている。穏やかで優しげな印象のすっきりとした顔立ちに、190㎝はありそうな長身で、労働などしたことがないほっそりとしたしかし、弱さを感じさせない体つきをしている。


「産まれたか…」

感無量といった感じで安堵を滲ませる言葉が、薄いすっきりと整った唇からこぼれる。

後は、妻子の無事を産婆や侍女か伝えてくるのを待つばかりと、側にある品よく細工の施されたソファに腰かけた瞬間、隣室の騒ぎが聞こえてくる。

髪と同じ色の形よく整った眉を寄せ、隣室のドアを睨む。


ゆっくりと隣室のドアが開き、今だ泣き続ける赤ん坊を抱いて侍女が一人部屋から出てくる。その侍女の強張った表情に男性もまた、眉間の皺を深くし静かに立ち上がる。


「御館様。ご子息様にございます。」


そう言って侍女は男性に赤ん坊を差し出した。




「ああ…」



赤ん坊を見た瞬間、男性の口から声が漏れた。


それはあってはならないことだった。それだけはないようにと、我が子が妻の腹に宿ってから願ってやまないことだった。

「ピューファにはなんと…」

「奥様にはまだ何も。産婆様はそのまま御館様にと。おしゃいまして。」

「そうか…」

ため息のように呟くと、震える体を叱咤し、我が子をその腕に抱きとめる。泣き疲れたのか、泣き声がか細くなっていく息子を腕に抱くと暖かなぬくもりが伝わってきた。

どうしようもなく、泣きたくなる。これは、罰だろうか。思いを貫き続けた自分自身への罪が、我が子の姿を借りて目の前に現れたのだろうか。

我が子を抱きしめ頬を寄せていると、隣室のドアが開き、出産を手伝っていた侍女と産婆が部屋から出てきた。

「ピューファはどうした。」

それまでの苦悶の表情を消し、産婆に声をかける。

「奥様はご無事にございます。今は、お休みになられております。」

男性の声に産婆は静かに礼をとり、現状を伝えるのみに留めた。

「そうか…。ご苦労であった。此度のことはおって伝える。今は休め。」

その言葉に、産婆と侍女は再度礼をとり、退室する。


男性と寝むってしまった赤ん坊それに部屋に控える侍女と赤ん坊を世話する役目の侍女のみの中、誰も身動きもせず時間だけが過ぎていく。

小さく息を吐き出すと、男性は我が子をしっかりと抱きなおすと、ソファの傍のローテーブルに置いてある二つの箱に手を伸ばした。

赤いビロードの生地に金の飾り細工が施された長方形の箱と、青いビロードの生地のみで細工の一切ないシンプルな正方形の箱が一つづつ。

青い方の箱に手を伸ばし蓋を開けると、ピアスがひと組入っていた。濃紺の宝石がそれぞれのピアスに6つづつ。3つそれぞれの宝石が小さな銀の鎖で繋がり、一番大きな耳たぶに付ける宝石にはまた3つづつ同じ宝石が連なりその下に大蛇が水仙にからまっている紋章が銀細工で施されている。そのピアスを手に取ると、腕の中で眠る赤ん坊の耳に鎖で繋がっている3つの宝石を耳たぶと耳の側面に均等に付けていく。痛がって起きないように、このピアスには治癒の魔術も施されているので赤ん坊が目覚めることはない。

ピアスを両耳に着け終わると続いて、赤い箱の蓋を開ける。赤ん坊の手のひらほどもある赤い宝石を中央に戴いたネックレスが現れる。赤い宝石の周りを同じような赤い小さな宝石が彩り、金の鎖でつながれ、首の留め金の所に、剣に槍が前で交差している紋章が金細工で施されている、それを赤ん坊の首にかける。

とたん、赤ん坊はむずがるように身を捩るが、男性が力強く抱きしめしばらくすると落ち付いたのか、また深い眠りに落ちて行った。

「すまない。」

そう呟くと、妻が眠る部屋に向かい、その部屋に置かれているベビーベットへ我が子を静かに下ろす。

「ピュイ。お疲れさま。」

妻の眠るベットまで歩み寄り腰かけると、汗ばんだ妻の髪をかき揚げながら、キスをおとす。これから先は、思えば辛く険しいものになるだろう。だからどうか今はただ安らかに眠ってほしい。




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