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ある字術士かく語りき  作者: 江宮
壱ノ巻
6/7

第五章 戦うということ

第五章 戦うということ


 手紙に書かれていたのは、友人の一人を拉致したという犯行声明と交渉場所の指定だけだった。

 交渉場所は、俺たちの通う高校。

 朝も通ったはずの人気のない道を、独り自転車で駆け抜ける。


 走っている途中で、気づいたことがある。

「結局、南の能力ってなんなんだ……?」

 そう。

 話は途中だったのだ。

 身体能力の強化、って今まで俺は実感してないし、体育の成績だって平均くらいだ。何か発動条件みたいなのがあるんだろうか。

 ……って話を親父さんとしておけばよかったな……。

 まあ、悔やんだって仕方ない。

 やれることをやって伊能を取り戻すだけだ。

 だけなんだけど。

 本当に悔やまれる……。

 というか、やれることをやるだけで伊能を取り返せるかどうか、はなはだ疑問だし。

 などと考えながら自転車を走らせること数分、高校の前についた。

 全力での走行だったため息が上がり、汗もすごい。

 自販機でスポーツドリンクを買う。500ミリペットボトルの半分ほどを一気に飲み干してから考える。

 交渉で大事なのは、掴みだ。何事も掴みが肝心。

 さて、なにかないかな……?




 校庭には数人の男と、縛られて転がされた伊能がいた。

「やっとご登場か、南のおぼっちゃん」

「ケッ、言いたいように言ってくれるじゃねえか。西野のボンボンが……」

 一触即発、という感じ。白スーツとにらみ合う。

 この空気は予想していた。というか、俺も挑発してるし。

 そこで俺は手に持っていたペットボトルを掲げてみせる。

「手土産だ。喉が乾いたころじゃないかと思ってな」

「ほほう、気がきくねえ。立場のチガイってやつがわかってるんじゃねーの?」

 取り巻きから笑い声が上がる。

 本当に、むかつく、野郎だな、こいつは……。

 その後ろには手首と足首を縛られて口にガムテープを張られた伊能が転がされている。

 笑い声と沸き上がる怒りを無視して、下手投げでペットボトルを放る。

「ありがたく受け取りな――『(バク)』!」

 最高点に達していたペットボトルは――内部から一気に圧力を高められ、文字通り爆発した。

 パン、という乾いた音に続き、プラスチック片や内容物やらが飛び散り、男たちを襲う。言ってみれば即席の手榴弾。俺特製のペットボトルグレネードだ。中身は砂にしておいたため、相当痛いはずだ。というか実際俺にも当たっていて、かなり痛いんだが、伊能は白スーツと取り巻きが盾になって無事。

 ここまでは計画通り――!

 先手は取った。そしてその隙に男のそばを駆け抜けて伊能に近づき、ポケットからカッターナイフを出して手首のロープを切る。

 が、そこまでだった。

 白スーツの無言の蹴りが腹につき刺さり、ふっ飛ぶ。さっきのペットボトルグレネードで『爆』の字を長いこと発動せずに保っていたため、体力的にはすでにへろへろだから、これは相当に痛い一撃。

 この痛み。これがきっと、戦うということを象徴しているんだろう。

「舐めた真似をしやがって……!」

 西野が右手を掲げる。そこには白い光。

「『(ケン)』」

 空中に描かれた光の軌跡がぎゅっと西野の手に凝縮し、無骨な西洋剣を形づくる。幅の広い、両刃の両手剣。なんと、こんなことができるのか。

 目を見開く俺を見て、西野は言う。

「本当にトーシロなんだな、おい。そんなんでよく戦場に出てきたな。死にたいのかお前」

「っせ、ばーか……」

 よろよろと立ち上がり、何とか足を踏ん張る。……ん、まだいけそうだ。

「強がりも大概にしとけよ?」

 笑いながら西野が剣を構える。やけにぎらぎらしてまあ……痛そうだなおい。あれ、当たったら死ぬんじゃね?

 思考がまとまるより速く西野が斬り込んでくる。

「うおぁっ!」

 反射的にバックステップ回避。続く二撃目、三撃目も何とか回避し、ようやく距離をとることができた。

 平静を装いながら十手を抜き、右手一本で構える。

 そして考える。こいつはきっと、この剣で戦うのに慣れているだろう。字術を用いた戦いにも慣れているにちがいない。ならば、無策で挑むのはあまりに無謀。

 状況を整理しよう。守るべき伊能まではやや距離がある。男たちが再び拘束しようとしている様子が見えるが、伊能がもがいて作業は難航しているようだ。ということはつまり、俺はこいつと一対一(タイマン)張れるってこと。伊能には悪いが、もう少し耐えてもらえるとありがたい。

 だが――増援は期待できない。俺の体力も少ない。先ほどのような奇襲はもうできない。


 何か策があるのか?



「どうした、その十手はハッタリか!」

 西野が斬りかかってくる。

 反射的に右腕が動き、剣の軌道を変えるように十手をぶつける。そのまま右肩めがけて十手を突き出す。

「ぐっ……?」

 予想外の俺の攻撃に、西野は回避行動をとる。

 というか俺も予想外だ。こんな動きをしようと思ってはいない。そもそもの話、今剣を十手で受けられたのはなぜだ。俺は今、回避しようかと考えなかったか?

 汗がしたたる。それで気づいたが、西野の顔も汗でびっしょりだ。

 そうか、やはり疲れるんだ。あの剣を実態化したまま戦闘し続けるのは。いくら血脈によるアシストがあるとは言っても、MP(のような何か)を消費することには間違いない。

「ええと……お前、次代当主、だったっけ?」

「……そうだ。西野家次代当主、西野虎太郎だ」

「そうか……あ、俺、南家当主・南彼方。って、こないだ名乗ったか」

「そういえばそうだったな……。お前、こんなところでこんな話とは、ずいぶんと余裕だな」

 余裕、ではない。

 思考のための時間稼ぎとしての会話。

 考える。こいつの力量はどの程度なのか。次代当主、ってことは、波奈と同レベルか? それならまあ、親父さん相手にするより楽か……?


 ……違う! 俺が波奈に勝てるわけないじゃん!


 完全に思考を間違えた気がする……。

「さて、そろそろ遊びは終わりにするか」

 西野が剣を構え直す。

 こうなったらアレに賭けるしかない。さっきから俺の体を動かす、正体不明の反射神経。

「そうだな、そうしよう」

 俺も十手を構える。

「これで終わるぜ……!」

 今度は、はっきり知覚できた。

 膨大な経験に裏打ちされた、次の行動の予測と指針。それが、脳内に組みあがる。それに沿って動くのみだ。


 彼我の初動タイミングは同時。

 振り下される必殺の刃を、想定通りの軌道で受け止め、手首を捻って絡めとる。二本の金属棒の間に捉まれた剣は、動くことができない。

 そして俺の行動はここまでではない。

 まだ、もう一手打つ。

「ふっ……!」

 十手の柄に左手を添え、一気に捻る。剣は一瞬だけそれに拮抗したが、すぐにまっ二つに折れた。

 ここまでが、脳内に出来上がっていた行動指針。次の一手は自分で考える。

 驚愕に見開かれる西野の目。だがしかし、すぐに剣への力の供給を止めてその存在を消すと、再び右手に光を灯す。

 その右手めがけて力一杯、十手を突き出す。

「ぐあっ……」

 金属棒の直撃。相当痛いはずだ。光が明滅する。

 今度は眉間めがけて十手を薙ぐ。西野はかわすことができずそれを食らい、大きくよろめく。

 その隙をついて走りだす。

「おおおおおぉぉぉっ!」

 絶叫しながら、伊能を取り囲む男たちへ突っ込む。すると三度、あの感覚が訪れた。

 最初の一人に飛び蹴りを当て、そいつを足場にもう一度跳躍。対面の男の顔にひざをめり込ませて反動で飛び下がり、左の男の鳩尾に左拳を打ちこんで――右の男にふっ飛ばされた。

「野郎、よくも!」

 男が襲いかかってくる。だが今の俺にそれを回避するだけの体力はない。

 倒れ伏したまま腹に蹴りを受け、もう一度ふっ飛ぶ。痛かった。普通に痛かった。意識が一瞬遠のき、聴覚が機能停止したかのように、何も聞こえなくなる。

 これほど痛いことを俺はしたんだ、と感じた。罪悪感はないが、忘れてはいけないとも感じた。

 同時に二撃目を覚悟した。――が、いつまで待っても痛みは訪れない。


 目を開けると、見知った姿があった。

 その黒髪と、その着流しを確認したのが、俺のその日最後の記憶となった。

 ………………

 …………

 ……





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