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ある字術士かく語りき  作者: 江宮
壱ノ巻
5/7

第四章 危機

第四章 危機



 翌、月曜日。

 間違えた。

 日付変わらず、月曜日早朝。

 東田家はそこそこ学校に近いので、徒歩で登校。でも出発時刻は以前とあまり変わらない不思議。


 波奈と並んで歩くのは、実は相当不安だった。とりあえず、まず思うのは、つりあわねー、ってこと。それから、信奉者連中が黙ってないだろうな、とか思う。というか一応は同居状態なわけで。これなんてエロゲ? とか言いたくなる。

 懸案はもう一つ。なんだかんだで、名前で呼び合うようになってしまったことだ。『波奈』『彼方くん』と呼び合う関係。端から見れば……、いや、考えるのをやめよう。そうしよう。

 普通に雑談――字術の話だったり、今日の小テストの話だったり――をしつつ歩いて、学校に到着。

「おーっす、南」

「うげ、中田……」

 いきなりやってもうた!

 最初のエンカウントがこいつとか、幸先悪すぎるぞ俺!

「なんだよ、人の顔見てうめくな、よ……」

 よし、フリーズしてる! 波奈の存在に気づき、フリーズしてるぞこの男!

「よし、今のうちに離脱だ、行くぞ波奈」

「?」

 小首を傾げながらも歩き出す波奈。よし、勝った――

「待てよ南ぃぃぃぃぃぃ!」

 怖ええ!

 顔が、怖ええ!

「な、なんだよ中田。俺は急いでるんだ」

 主にお前から逃げるために。

「るせえ! だいたいなんでお前と東田さんが一緒に登校している! なんで名前で呼び合っている! この土日に何があった!」

「なんもねえって!」「彼方くんはうちの離れに住むことになりました」

 波奈アアアアアアアアアアアッ!

 何お前、天然!? 天然なのか!?

「な、同居!?」

「待て待て! 別に一つ屋根の下で寝てる訳でもないし」

「お前らここに東田様を汚す存在がっ!」

「「「なんだと!?」」」

「寄るな変態ども!」

 ファンクラブ会員に囲まれた。これは非常にまずい。

 皆さん目が据わっておられる。立ち上る闘気はもはや殺気。


 ああ、字術でサクッと離脱できないかなあ……。


 気がつくと波奈は会員A……って、中田じゃねえか! に、エスコートされて教室へ向かってしまった。

 味方はいない。八方塞がり。これはキツい。

「覚悟!」

 俺を囲む輪が狭まってくる。今にも拳が飛んできそうだ。

 まったく、なんだって朝から……。



 三十分後、教室。

 変態という名の紳士たちは、顔は狙わないことにしているみたいだ。ただし服に隠れる部分はすでにボロボロだ。

「大丈夫……ですか……?」

 波奈が、恐る恐るといった様子で顔を覗きこんでくる。

「あ、ああ。大丈夫大丈夫……」

「なーにやってんの朝から」

 バシ、と背中が叩かれる。先ほどの傷が痛み、一瞬息が詰まる。

「い、伊能……」

 後ろから現れたのはクラスメートの伊能亜美。

 いい奴だし人望もあるが、やたらテンションが高い。そのうえ、時々人格が壊れる。ちょっと面倒なときもあるが、基本いい奴だ。

「ま、待て。今朝は勘弁してくれ。多分死ぬ」

「死ぬ、って……」

 何か言いたげな伊能だったが、担任が小ばしりに入ってきたため、渋々席についた。



 午前中の授業を死んだ目で聞き流し、昼休み。

 俺は深刻な危機に直面していた……。

「昼メシ買うの忘れた……」

 なんてこった。

 気がついた時間が遅かったため、パン買い競争にはもう間に合わないことが予想される。かといって、今から外に出ることは許されていない。この空腹でリスクを犯すのは得策ではない。

 机につっぷして耐える。ひたすらに耐える。

「あの……彼方くん?」

「……心頭滅却……」

「彼方くーん……?」

「……立ち去れ煩悩……」

「……お弁当、食べますか?」

「ありがとう波奈!」

 ガバッと身を起こす。

 波奈が布包み――やや大きめの直方体――を差し出してくる。両手で受け取り、感謝する。

「ありがとーう!」

 さっそく包みを解く。蓋を開け、箸を握る。やべえこれ、この卵焼きなんか特に、素朴ながらもすごくうまそうだ……。

「いただきます!」

「どうぞ、召し上がれ」

 そう言って自分の包みを置いてある自分の机に戻っていく。

「東田ちゃーん」

「はい?」

 いつも一緒に昼を食う面子の一人、伊能が声をかけているのが見える。そのまましばらく話し、二人で戻ってくる。

 伊能が俺の机を指さし、

「一緒に食べるからそこちょっとどけて」

「ん、おお、了解」

 ちょうどそこに購買に行っていた中田健太が戻ってくる。

「あれ、今日は一人プラスか、……て! お、おい南どういうことだよ!」

「しらねー。さっさと食えば?」

「ち、なんだよ冷てえなあ……」

 隣の席の椅子を引っ張ってきて座る中田。俺の前は伊能の席のため伊能はそこに座る。中田の対面には東田。


 そういえば、こいつが誰かと昼を食ってるの、見たことねえな……。


 そうしていつもとちょっと違う昼休み。

 すごく久しぶりに、日常を取り戻したような気がした。



 放課後。

「南、今日暇か?」

「わるい、今日はちょっと……」

 そんなやりとりを中田と交わし、やや急ぎ目に教室を出る。

 先に教室を出ていた波奈と昇降口で落ちあい、東田邸へ向かう。


 昨夜の一件、結局俺ができたことといえばハッタリだけ。なんか危機感が湧いてきたので、もっと鍛えてもらわねば、と思っている。

 あとは知識。字術関連の知識が、おそらく、まったく足りない。

 その両方を得るには――鍛錬を重ねるしかない。


 離れで着替えようとしていると、携帯電話が鳴った。

「メール……?」

 俺の日々のメール件数は、多い方ではない。むしろ少ないだろう。まったくない日だって多々ある。

 メールは、中田からだった。なんだろう? たいていこういうのは遊びの誘いかなんかなんだが……?


<From:中田健太>

<To:南彼方>

<件名:無題>

<本文:それで結局お前は、東田さんとどーゆー関係なんだ?>


 さすがに吹いた。

 どーゆー関係、って……。

 ええっと……師弟関係? なんかちょっと違う?

 それじゃあ……恋愛関係、じゃないしなあ。名前で呼び合うとはいっても、別にそんな関係ではない。同居はしているけど、どちらかというと家族的、兄弟的同居って感じがするし。

 やっぱり師弟関係? あー、共闘関係、ってのもありえるか。あるいは同盟関係? 東田家と南家で。

 早くしないと鍛錬の時間が減ってしまうということで、時間がないなりに考えた末、返信。


<From:南彼方>

<To:中田健太>

<件名:Re:>

<本文:少なくともお前が思っているような関係ではない>


 送信、っと。

 ついでに携帯の電源を切り、充電スタンドに突っ込む。

 さて、着替えるか……。




 中庭に出ると、波奈が待っていた。

「悪い、遅くなった」

「いえ、私も今来たところです」

 そう答える波奈の足元に置かれているのは……コンクリートブロック?

「今日はこれを持ち上げます」

 持ち上げる、って……?

「もちろん字術で、です。重いですよ」

 重いとはいっても、さすがにそれくらい腕力で持ち上げられる。

 そこを字術でやるとどうなるのか、って話だよな。

「使う字は『()』……浮く、ですね」

「コンクリブロックを宙に浮かべろ、と」

「はい。とりあえず浮かべることが最初です。一メートルの高さに五分浮かべることを目標にやってみましょう」

「一メートル、五分、ね……」

 ずいぶんと目標が具体的だが。

 やってみますか。


「最初にやって見せますけど……ちょっとレベルの高い技術からお見せしますね」

「レベルの高い?」

「まあ、ちょっと、ですけどね」

「どんなのなんだ?」

「直接書かないんです。空中に書いた字を、発動時に対象まで移動させます」

「移動……」

 今一つピンと来ない。

「とりあえず見ていてください。行きますよ……」

 流れるような一連の動作で、波奈が字を書く。さすがに速いし、筆致もしっかりしている。

「『()』」

 唱えると同時、人差し指をうえから下に動かしてブロックを指さす。すると、淡く輝く筆跡が、ちょうどボールが落下するような速度で移動――見た目には落下――し始め、ブロックに触れる。一瞬輝きが強くなって、

「おお、スゲー!」

 浮いてる! 浮いてるよ!

 コンクリートブロックが浮いてます!

「……と、こんな感じです。やってみてください」

 涼しい顔で波奈が言う。

「そんなサラッと言うけど……」

 やるだけやってみるさ。

 だめでもともとだ。

 波奈がブロックを下す。

「それでは、どうぞ」

「っしゃあ! やったるで――!」


 午後八時。

 東田家、縁側。

「あれ、南くん、こんなところでどうしたんだい?」

「……あ、ああ、親父さん……」

 縁側にぐでーっと寝転がっているのは、何を隠そうこの俺である。

「ははあ、大分消耗したみたいだねえ」

「はい……」

 ちなみに一メートルまでは上がったが、二分が限界だった。

 疲れ果てた俺は、晩飯を食う気力もなくここに寝ていたわけだ。

「どれ、今日は戦闘鍛錬はなしでいいや。座学だ」

「……ありがとう……ございます……」

 座学?

 どさ、と腰を下す音がした。見ると、親父さんも縁側に腰かけたところだ。

「創始四家にはそれぞれ特徴があってね」

「特徴?」

「そう。得意な字のタイプがあるんだよ。

 たとえば東田家。東田家は、自然に関する字に強い。自然に関する意味を持つ字や、『くさかんむり』『きへん』がつくような時は、東田の血によって強化される」

 そんな属性みたいなシステムがあったのか。

「一般に東田家と北島家は、南家、西野家に比べて字術の効力が強い。そして北島は水、西野は『かねへん』とかの字に強いね。西野の特徴は、字術で作り出した物体の安定性。長時間維持できるし、強度もある。

 そして最後に南家だけど、南の血は火に関わる字を強化する。加えて南の血は、術者の身体能力を強化する」

「……は?」

 身体能力の……強化?

 それって……。


 字術関係ないじゃん!


「実践向き、ってことなんだろうね」

「いやいや、なんかウチだけ浮いてません?」

「その通りだ」

「否定してほしかった!」

「まあ、悪い能力じゃないだろう?」

「そりゃまあ……でも、いまどき実戦なんてそうそうないでしょ……」

「まあ、ね」

 可笑しそうに笑う当主。

 不遇だ……。

 と、そこへ咲さんが現れた。

「失礼します、当主」

「ん? どうした?」

 何やら話し始めてしまった。

 若干居づらいので、退散することにした。

 咲さんは神妙な面持ちだった。面倒ごとだろうか?

 とりあえず、一回離れに行こうか……。


 携帯電話の電源を入れた。

 その瞬間、電話がかかってきた。

 危うく取り落とすところだった……。

「もしもし?」

 ――ああ、やっとつながった!

「? 中田か。どうしたんだ?」

 ――お前、伊能を見かけなかったか?

「見てないが……なにか、あったのか」

 ――誘拐、らしい。


 ――正直、冗談だと思いたかったんだが。

 ――何度かけてもつながらないし、まだ家にも帰ってないみたいなんだ。

 ――俺? ああ、お袋同士で仲がいいから、連絡が来たんだ。

 ――警察には届けたらしいし、犯人からの連絡、みたいのもないからハッキリはしてないんだけどな。

 ――とりあえず、また何か続報があれば連絡する。



 通話終了、と表示された携帯電話片手にしばし茫然。

 現実味がない――いや、それを言ったら字術なんてもっとなんだけど、とにかく頭がパニックなのだ。事実として飲みこもうとしないのだ。


 何の気なしに庭に出る。

 夜風が気持ちいい。

「南くん」

「あ……親父さん……」

「君宛だ」

 差し出す手には封書。

 その場で開封。

「な……これ……」


 写真が入っていた。

 目隠しをされロープで縛られて横たわる伊能の姿が移っていた。


 手紙が入っていた。

 お前の友人だろう、助けにきたらどうなんだ? という内容だった。


 封筒に戻し、親父さんに向き直る。

「出かけてきます」

「危険だ。ここは警察に……」

「出かけてきます」

「南くん!」

 強い調子でたしなめられる。

 なめられたもんだ。


 一体何のために俺が字術士やってると思ってるんだろうか。


「何のための、字術だってんだよ……」


 こんなところで友達一人助けにいけないなんて、そんなの、特殊な力を持っている意味がない。

 俺が行かないで誰が行く。


 踵を返し、一度離れに入る。

 十手と自転車の鍵をつかみ、もう一度外へ。

 親父さんは、いなかった。都合がいい。

 屋敷の裏手に置いてある自転車で、屋敷の外へ出る。

 夜の街は、まだまだ寒い。



遅くなりましたが第四話です

やっと彼らも動き始めました……

……続き、頑張ります


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