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ある字術士かく語りき  作者: 江宮
壱ノ巻
3/7

第二章 鍛えてますから

第二章 鍛えてますから


 細くしなやかな指先に光が灯る。

 光の描く軌跡が文字を形作る――

「『()』」

 東田の声に合わせ、光の軌跡が炎に変わり、地面に置かれた木片に着火した。

 小さくとも、赤々と燃える炎。

「これが、字術……」

「ええ。この動作が字術の基本になります」

「ははあ……」

 なんつーか。

 ははあ、としか言いようがねえ……。

 とんでもない技だなこれは。ってか俺にもできんのか?

 東田に聞いてみると、

「できますよ」

 との答え。本当かよまったく……。

 曰く、字術士の血が流れていれば、強弱はさておき、字術を使うことはできるのだそうな。

 とりあえずやってみることに。

「えーっと、まずは?」

「まずは、指でやってみましょうか。右手の人差し指を出してください」

 言われた通り、指を一本立てる。

「その指は、筆です」

「筆?」

 大分唐突な宣告。筆……か。

「はい。あ、毛筆はお好きでない?」

「いや、むしろ好きだけど……」

 でもやっぱ、指イコール筆って。ちょっと無理があるような。

「字術において筆といえば、字術発動のために文字を書く物のことを指すので」

「なるほど。要は、この指で字を書く、って意識に持っていけと」

「はい。正解です」

 なるほどねえ。

 さて。集中集中。右手人差し指に意識を持っていく。俺は今から、ここで字を書く。この指が俺の筆……。


 徐々に徐々に、指先にぼんやりとした光が集まってきた。お、すげえ。

「まだです。集中を切らさないで」

 東田の声に、再度集中。

 筆、筆、筆……。

 光はなかなか強くならない。ぼんやりと明滅を繰り返すのみ。

 いつも毛筆で字を書く前、俺は何をしていたっけ?

 墨をつけて……そうだ。硯で余分な墨を落とし、筆の先を整える。

 右手人差し指が筆なら、左手を硯にしてやればいい。何となく、普段やっているような動作を両手で再現するようにする。

「……はい、大丈夫です」

 東田の声。光はさっきよりずっと強くなり、安定している。

「そのまま、空中に字を書きます。“そらがき”、小学校の漢字練習なんかでもやりますね。あんな感じです」

「なるほど」

 確かにそんなこともあったなあ。

「今回はさっきと同じ、『火』にしておきましょう。そんなに大きく書かなくていいですから」

 右手を伸ばし、空中に火という漢字を書く。しかし、これが難しい。

 まず、一画書くごとに自分の中からエネルギーが流れ出していく感じがする。それどころか、実は指に光を集めておくだけで驚くほど消耗する。そして、書いた軌跡に意識を向けておかないと、すぐに光が消えてしまう。

 結局、何回も書き直しを経て、ようやく形になった。へろへろの筆致で、なんだか頼りない火だ。

「発動の引き金は、その字を読み上げることです。音読みで、どうぞ」

「おう……いくぜ、『()』!」

 瞬間、光の軌跡が炎に変わる。重力に従うように、落下。木片に燃え移る。

「上出来ですね……『(チン)』」

 東田が一瞬で字を書き、火を消す。鮮やかな筆遣い。なるほど、これが鎮火か。

「しかし……こりゃきっつい……」

「ええ。あ、座ってていいですよ」

 言われるままにその場にへたりこむ。いやな汗でびっしょりだし、足はがくがくだしで、散々な状態である。情けねえ。

「字術は、術士の魂のエネルギー、といいますか、そんな感じの物を消費します。俗に言う、魔力、霊力、オーラ、チャクラなど、そんな感じです。我々は“呪力”と呼んでいますが」

「ああ、なるほど」

 さっき流れていくのを感じたのはそれか。

「たぶんそうですね。それにしても、初めて字術を使ったのにこの威力を保てるとは正直、思いませんでした。それどころか、この三時間ほどで一文字書けるようになるとは。さすがにご嫡男……」

 逆にびっくりだ。すでに三時間も経っていたのか。時間の感覚が完全になかった。

「いや、すまん。そんなに長いこと付きあわせてたなんて、気づかなかった。それに、さっきできたのもお前の教え方が上手いからだって」

「いえ、これはほとんど素質の問題ですね」

 そんなもんか……?

 そんなに褒められると、照れるより不安だ。

「話の続きですが、呪力は消費されます。ゲームの話でわかりやすく例えますと、ええと、術を使うと“えむぴー”というのが足りなくなって回復アイテムを使わないといけない、みたいな感じ……だそうです」

 なんで一部カタコトなのかは、聞かないほうがいいんだろうか。

 まあいい例えだと思うが。

「確かにわかりやすいな。んで? どうすれば呪力は回復するんだ?」

「はい、休養と食事ですね」

「簡単だな……」

「ええ。ですが、最初は呪力の回復の上限が低いです。これは慣れですね。慣れれば、かなりの呪力を蓄えておけるようになります」

「レベル上がって、MP上限が上がるみたいなもんか……」

「よくわかりませんが、たぶんそんな感じです」

 とりあえず、今日の鍛錬はここまでということになった。


 かぽーん、と言えばもうおわかりだと思うが。

 鍛錬のあと、風呂に入った。

 一人でだがな。

 今日は替えのTシャツとズボンくらい持ってきたので、風呂上がりはそれを着た。

 で、夕食。めっちゃ旨いカレーを、東田とお手伝いさん一人(咲さん、十九歳、女性)と、計三人で食べた。

 このカレー、咲さんが作ったそうなんだが。

 そこらのファミレスどころではない旨さで。

 すごいですね、めっちゃ旨いです、って言ったら

「仕事ですから」

 って言われた。なんか、それで別にいいんだろうけど釈然としなかった。


 就寝。昨日と同じ部屋。十時くらいには布団に入ったが、なかなか寝つけず。たぶん、あり得ないものをこの目で見、あり得ないことをこの手で起こした、その反動だったのだろう。

 布団のうえで胡座をかき、ぼんやりとして過ごす。

 時計を見るともなしに見る。間もなく日付変更、ってところか。

 唐突に襖が、音もなく開く。そちらを見ていなかったら気づけなかった気がするレベルだ。

「おーい彼方くん」

「びっくりした……なんですか?」

 東田(父)、登場である。

 和服姿(デフォルトらしい。似合う)の東田家当主は、左手で手招き。

「ちょっとおいで。あ、十手持ってきて」

「は、はあ……」

 ぶっちゃけ超怖いんですけど。

 暗くて表情見えないし。

 当主の後について、中庭。昼間、字術を初めて使ったところ。五月とはいえ、深夜の屋外はすこし肌寒い。

「いい月だねえ……」

 なんか上機嫌で月を見ていらっしゃるんですけど。

「あ、あの……」

「彼方くん、どうだい?」

「な、なにがですか?」

「娘だよ」

「……どう、とは?」

「波奈はあの通りの性格でね、友達も多くないとは思う」

「え、ああ……はあ……」

 正直、否定要素はない。

 俺は彼女が笑うところを、誰に対してのものも見たことがない。確かに昼休みとかも、一人で昼飯を食べて本を読んでいる。

「ああ、気を遣わなくてもいいよ。……僕はこんなちゃらんぽらんだが、嫁と母がうるさい人でね。波奈もその二人にしつけられて育ったわけで……」

「なるほど……」

「そこでだよ、彼方くん」

「はい」

「波奈と仲良くしてやってくれないか?」

「え、あ、ああ、そういうこと、か……。というか俺はもうすっかり友達のような気でいましたけどね……よく考えると、今までろくにしゃべったこともなかったんですね」

 完全に盲点だった。

 字術がなければ、接点はなかったんじゃないだろうか、って話である。

「じゃあよろしく頼むよ」

「はあ……」

「さて……じゃあやろうか、夜の鍛錬」

「へ?」

「波奈は字術の基礎を教える。僕は君に、字術を用いた戦闘術を教える」

「はあ」

 初耳なんですけど。

「それじゃ行くよ。構えて」

 いつの間に取り出したのか、東田家当主サマはなぜか抜き身の小太刀を構えている。

「ちょ、ちょっと」

「ルールは簡単、相手の首筋に得物を突き付けて『王手』とか『チェックメイト』と発声すれば勝利。あ、お互いに殺さないようにしよーね」

「いやいやそんな軽い感じで言われても……って! あっぶね!」

「ほー、今のをかわすか。なかなかやるね」

 結構ためらいなく突き出された剣先をかわし、あわてて距離をとる。


 やばい。

 これマジでやばい。


 全身から嫌な汗が噴き出す。じっとりとした手で、十手を握り直す。

 十手は本来、犯罪者を無力化するための武器。打撃武器だが、剣を破壊するソードブレイカーの一種とも言える。剣を【絡めとる】という動作が可能な、特殊な武器だ。

 次の一撃に備え、呼吸を整える。

 しかし、東田さんの次の行動は、俺の予想をはるかに超えたものだった。

 右手に小太刀。左手の指先には光がある。その光が閃き、意味を持つ記号となる。

 その意味するところは――

「『(フウ)』!」

 左手で宙に描かれた字が発光、俺をめがけて局地的な突風が吹く。

 漆喰の壁に思い切りたたきつけられ、絶息する。

「……ぐ……」

「おいおい、これは字術士同士の喧嘩だぜ? それぐらい予想できなかったわけじゃないよな?」

「く……そ……」

 なんだこれは。字術って、喧嘩で刃物よりタチが悪いぞ。いやもうこの人、刃物もってるけどさ。そして威力がチート級じゃねーか。

 片膝立ちになり、十手で次の一撃を受け止める。金属音が、夜の庭に響き渡る。

 もう一撃。もう一撃。恐怖心が十手を動かし、ほとんど反射的に防ぐ。

 次の瞬間、どうっ、と思いもよらぬ一撃が来た。

 すなわち、膝蹴りが俺の腹につき刺さったということ。

 痛みより衝撃が先行し、視界が一瞬だけ暗転。目を開くと俺は空を仰いでおり、首筋には鋭い切っ先。

「王手」

「……ありません……」


 翌朝。

 廊下で寝ていたら、東田に揺り起こされた。

「風邪を引きますよ? どうしてこんなところで……」

「いや……」

 夜の鍛錬のこと、言わない方がいいんだろうか?

「……部屋に……たどり着けなくて……」

 東田の頭上に疑問符が見えたのは、気のせいじゃないはずだ。


「離れ、って……離れ?」

 朝食の席。東田父、東田母、東田、そして俺というなんとも俺だけ浮いた布陣で、食堂にいる。

「おう。庭の奥にあるだろ。昔はお前の親父の家出用だったんだけどな。あそこに住んだらどうだい?」

「住み込みで……鍛錬……」

「そういうこと」

 昨夜を思い出し、ちょっと

「そういうこと」。

 気を取り直して。ませんよ。あ、今は叔父が面倒みてくれてるん金銭面とかで、そっちに連絡さえしてくれればたぶん……」

「そうかい、了解したよ。……いいよな? 叶美」

「構いませんが……」

 ふと、現代文の授業を思い出す。

 逆接の後が一番怖い。

「先に、筆者の言いたいことが来るになっていたのですが……」

 が?

「……その言葉遣いは、この屋敷に住まうものに相応しくありません。即刻改めてください」

 そこですか!?

「え、いや、その、俺なんか今失礼なこと……」

「それです!」

 ぴしゃりと言い放つ東田叶美さん。

「その、『俺』という一人称は、不適当です!」

「嘘だッ! というかそれなら、東田の親父さんだって」

「親父さん……?」

「あ、いや、その……」

「母上ッ!」

 焦る俺を見かねて、東田が口を挟む。口調が険しい。

「その方は南家の当主! そのような忠告は不要かと」

「しかし、」


「叶美」


 東田の親父さんが、きっぱりと言った。

「彼方くんの口調に関して、我々がとやかく言う必要はない。少なくとも、最低限の礼儀は心得ているようだしね」

「……わかりました……」

 渋々引き下がる東田母。

 なんか悪いような気がするけど……まあいいか。

 なんにせよとりあえず、引っ越しかあ……。



 午前中に東田と二人、離れに行ってみた。

 かなり長いこと放置されていたためか埃の量は尋常でなかったが、掃除すればかなり快適になりそうな部屋だった。四畳半プラス押入れ、家具は机と椅子、本棚一個のみ。明らかに最近増設したであろうユニットバスがくっついている。

 というかなぜ、ユニットバス?

 とりあえず掃除をした。ただし、字術で。

 これも鍛錬です、と言われて取り掛かったものの、やはり疲労が半端ではない。おかげで午前中で掃除は終わったが、俺はしばらくぴくりとも動けなかった。

 「清」とか「潔」とか、どんだけ酷なんだよ。画数多すぎ。字形保つのも難しいし。

 それを東田はまあ手際よく、ぱっぱと書いていく。物をどかし、字術を使い、またきれいに配置し直す。プロ級だったと俺は思う。


 昼飯――ラーメンだった。意外――をおいしくいただいて、午後。家から必要なものを搬出。

 衣類とか、一応の勉強道具とか、本とか、ゲームとか、そういったものを運び出した。全部持っていったわけじゃないから、まあ段ボール三つくらい。

 これはなんと、親父さんが車を出してくれた。ミニバンで一発搬送。おかげで楽々。

 そのあと、持ってきたものを出して収納して、気がついたら夜だった。重いものは俺がやるし、衣類も基本俺だし、親父さん手伝ってくれないし……ということで、思ったより時間がかかった。俺の土曜日、引っ越しで消滅。


 また東田と咲さんと三人で晩飯を食った。やはり旨かった。

 そしてまた風呂――ユニットバスじゃない方――に入って、離れに引っ込んだわけだが。

 あんまり疲れたんで、ちょっと本読んですぐ寝ようと思って。

 俺はこうして、古びた書棚の前に立った、というわけだ。



第二章です。

ストックはそろそろ尽きるので、続きは書け次第の投稿です。

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