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ある字術士かく語りき  作者: 江宮
壱ノ巻
2/7

第一章 朱雀、あるいは十手と筆の話

第一章 朱雀、または十手と筆の話


 字術士。

 初めて聞く言葉だった。



 母さんの遺言書に同封されていた手紙は、便箋5枚にも及ぶ大作だった。

 遺産の話から親族の話からあったあとで、字術の話が書いてあった。

 曰く。字術士とは、文字に秘められた意味を理解し、それを解放することのできる人のこと。江戸末期、南朱雀、東田青竜、西野白虎、北島玄武の四人の書家・学者たちが創り上げた、まさに魔法のような技術、だそうだ。

 例えば、念を込めながら木片に「火」と書けば、その木片は燃え上がる――みたいな、らしい。

 で、その開祖四家――って書いてあった――のうち、南の血を俺は引いているそうな。

 親父は俺が二歳の頃に死んだ。病死、と聞いている。手紙によると、親父は字術士、母さんはただの書道家、だそうだ。

 そして、母さんの手紙は、次のように締めくくられていた。


――母さんの部屋の桐の箪笥の、右上の引き出しの中にある金属片と、あなたのゲームソフト入れのアクリルケースの奥にある金属片を組み合わせて、母さんの部屋の金庫を開けなさい。きっと役に立つ。

――頑張ってね。


 指示長いよ、とか。

 何を頑張るの? とか。

 いろいろ言いたいことはあるけど。

 とりあえず俺は、生前、母さんの部屋だったところへ向かった。



 ……というのが、昨日までの話。

 今はぼんやりと六限目、数学の授業。

 五月の空気は頭をぼんやりさせるが、今日はいつもよりそれがひどい。

 そんな感じで、今日の授業が終わる……。


 放課後。というか、ホームルーム直後。

「南くん」

「あん?」

 机の中の物をかばんに収めていた俺は、後ろから声をかけられ、振り返る。

 声の主は東田波奈。クラスメートだったはず。才色兼備、加えてなんか家はものすごい金持ちのようで、恐ろしく広い日本屋敷に住んでいる。ご令嬢、という表現の似合う黒髪美少女で、口数は少なめながら信奉者というかファンが多い。非公式ファンクラブが存在するくらいだからな……。

 で、そんな東田さんが、俺に何の用でしょうか?

「今日の放課後、お時間ありますか?」

 ざわ、という効果音が聞こえた。気がした。

「え、……あ、おう。大丈夫だけど」

「じゃあちょっと……うちに来てくれませんか?」

 ざわ、ざわ。教室中がざわめいている。なんだこれ。福本漫画かよ。

 俺はというと、思わず絶句。さて、これはなんだろう何フラグだ?

「……だめ?」

「いや全然。いつでもOKっす」

 即答してしまった。美少女恐るべし。

「じゃあ六時半に迎えに参ります……あ、お夕食はこちらで用意いたしますので……」

 では、言うと、東田は踵を返し、平常運転の毅然とした足取りで教室をあとにした。

「おい、南!」

「んだよ」

 絡んできたのはチャラ目の軽音部員、中田健太。普段からつるんでいるが、見た目に反して義理堅く、悪い奴ではない……はずだ。

「お前、いつから東田さんとそんなに仲良くなったんだ!」

 ああ、忘れてた。

 ファンクラブの創始者の一人じゃないか、こいつは。

 そうだそうだ、と聞こえてくる。野次馬、さっさと散ってくれ。

「別に、しらねーよ。今までほとんど話したことなかったくらいだし」

「じゃあなんで! なんでいきなりお家にご招待だなんて!」

「俺が聞きてーくらいだよ……頭痛いから帰るわ。じゃーな」

「おい、南!」

 無視。周りの人間を、好奇の視線を向けてくるやつもそうでないやつも、全部無視。こいつら、俺が喪があけたばっかだってこと、忘れてんじゃねーのか? 気を遣えって訳じゃないけど、俺だってまだ本調子じゃねーんだ。



 そんなこんなで、帰宅。学校から自転車で十五分。

 鞄を放り出し、畳敷きの自室に寝転がる。……十秒ほどで上半身を起こす。

 机の上に、昨日発見した二つの金属片がある。組み合わせると、確かにぴったりくっついて、鍵になったのには驚いた。

 しかしなぜか金庫を開ける気にはなれず。

 そのまま放ってあったのだ。

「だけど……遺言だしなあ……」

 どうすっか……開けるか。開けまいか。

 しばらく考えた後で制服を脱ぎ、あとで出かけることも考えてジーパンとあまりよれていない黒のパーカーに着替え、母さんの部屋へ移動。

 金庫は窓際の棚の下段にあった。鍵穴に鍵をさ差し……回す、回った。開ける。

 桐……かな? の箱が一つ、ぽつんとおいてあった。

 箱をそーっと取り出し、リビングへ。テーブルに箱を乗せて椅子に座る。

 さらに何か仕掛けがあるのかとも思ったが、フタを持ち上げるとあっさりと開いた。中身は……、

「何これ。…………十手、ってやつ……?」

 二またになった金属の棒。一方が長く一方が短い。握りの後ろには一房の毛と赤い石がくっついている。およそ高校生活どころか、現代日本での生活に一切縁がないであろう存在。

 箱の中に、紙が一枚あるのに気がついた。

「えーっと……『父さんの形見です。肌身離さず持ち歩きなさい。母より』……意味わかんね……」

 頭を抱え、テーブルに突っ伏す。なんで持ち歩くんだ、十手を。普通要るか? 十手だぜ、十手。わっけわかんね……。

 突っ伏したまましばらく黙っていてみた。俺しかいない家の中、テレビもついていない。静寂というのがしっくりきすぎる。不気味なほどの静けさ。時計の針の音や家電のわずかな駆動音がやけに響いて聞こえる。


 そしてそれを、破る存在は突然やってくる。


 ぴんぽーん、と。インターホン。

「はい」

「東田です。迎えに……来ました」

「あ、ああ、はい。今、下に行くよ」

 受話器を置く。

 鍵と財布をポケットに突っ込み、しょうがないから十手を腰の後ろでベルトに差して一応パーカーで隠す。ハイカットのスニーカーを履いて、カギをかけてから一応確かめる。


 マンションのエントランスをくぐると、黒塗のリムジンが止まっていた。

「ちょ……」

 運転席のドアが開いて、黒服のスマートな青年が降りてきた。

「南彼方さまですね。こちらへ」

 後部座席のドアを開けてくれた。なんというか、これは……。

「あ、ありがとうございます……」

 乗り込む。後部座席の奥には東田波奈、その人が座っている。なんというかやっぱ美少女だ。しかも私服だ。うわやばいめっちゃ可愛い。どうする俺。どうしちゃうのよ!?

 いや、どうもしないけど……。

 車が発進。しばらく進んだころ、東田が口を開いた。

「今日は、急にすみません」

「いや……別に、晩飯、自分でつくるのめんどいし。むしろ助かった」

「そうですか……。……この度は、ご愁傷さま」

「いやいや、いいって、気を遣わなくて。フツーにしてほしい」

「普通……」

「うん」

「そうですか……」

 それから屋敷に到着するまで、東田は口をきかなかった。

 俺、なんか悪いこと言ったのか?


 夕食。

 父上はちょっと忙しいから、と言われて、二人で夕食。和食。豪勢。普通に料理屋で食うようなものだった。

 そして今。

 ここは旅館か? と聞きたくなるような広い広い風呂に独り浸かっている。

 効果音としてはそう、カポーン、って感じだ。わかってもらえるか?

 さて。

 考えるのはやはり親のこと。そして字術のこと、あとは東田のこと。

 父親は俺が二歳の頃に他界。母親の手紙によると、字術士だったそうだ。でも俺はよく覚えてない。

 母親は、そこそこ名の知られた書道家。その影響で、俺も時々書を書いたりはする。普段の字はすごい雑だが、筆を握ると別人だと言ったのは誰だったか、小学校の時の先生かな。んで、その母親は先日、交通事故により他界。

 字術。よくわからん。割愛。

 東田。確か、母さんの手紙の中の、開祖四家に名前が入っていた気がする。これは偶然だろうか?

 まあとりあえず。

「そろそろ上がるか……」

 ガチャッ

「お湯加減は……?」

「のおおおおおおおっ!」

 東田波奈、降臨。

「ちょ、おま、東田! 急に開けんじゃねえ!」

「え、あ、すみません……」

「ゆ、湯加減なら大丈夫だ、すごいいい感じ。うん。だからもう……」

「お背中流しましょうか?」

「すいませんでした!」

 水中で土下座の勢いである。俺、何かしたんだろうか。嬉しいが素直に喜ぶのはまずい気がする!

「い、いや、遠慮しとくわ。もう上がるし」

「そう……」

 扉を閉めて出ていく東田。

「危機は去った……、か?」

 湯あたりする前に上がるとしよう。全身がやたら熱いので。


 なんと着替えが用意してあった。インナー類と、浴衣。

 旅館か、と内心で突っ込みながらもおとなしく着る。ちなみに浴衣とかの和装の着付けは俺の数少ない特技の一つ。十手はしかたないので、帯に差した。

 客間に戻ると、なぜか東田と、にやにやしたオッサンがいた。

「お、来た来た。南彼方くん、だね」

「え、あ、はい」

「俺は東田家当主、東田汰浪。よろしく頼むぜ、南家当主さん」

「と、当主……?」

「おやおや、まさか知らんとは言わないだろう? 俺もキミも、字術開祖四家の血を正当に継ぐ者。先代・南猛亡き今、キミのみが南の生き残りだ」

 ああ……母さんの手紙のアレか。

 あれは……本当だったんだな……。

 んで……一体俺はどこへ流れていくんだ?

「ということは、父さんと知り合いですか?」

「知り合いも何も、長いこと共闘したよ。良い呑み友達だったしね」

「はあ……」

「それにしても、あいつが殺されてもう十五年……」

「そうですね……ん?」

 今なんか、流しちゃいけないワードを聞いた気がする。

「殺されて……? 父さんは、病死じゃなかったんですか?」

「ああ、うん。違う。あいつは殺されたんだ。開祖四家のひとつ、西野によってね」

 さすがに思考停止。

 え、これはあれですか。病死だと思っていた父親が、実は悪の組織の陰謀で殺されていたのでした的なにかか。

 そうかそうか、大変だなあ。

 ――って流せるか!


 そこからの話は長くなった。

 話し終えたときには、日付も変わっていた。客間で横になってもしばらく眠れなかった。


 まとめるとこんな感じだ。

 西野家には野望があった。開祖四家の持つ「宝珠」をすべて集め、他の三家を根絶やしにすることで、西野家が字術の頂点に立つ。すでに北島家は攻撃され、宝珠を奪われ、当主は行方不明だそうだ。

 父さんは襲撃を受けて命を落としたが、宝珠は奪われずに済んだとか。俺は字術に触れてこなかったので、西野の監視からは漏れているのが現状らしい。

 字術のこと。この十手は「筆」と言って、字術士の力を強化するアイテムだそうだ。各家に一つずつ伝わる、大切なものらしい。

 そして最後に。明日――いや、すでに今日か――から俺は、字術を教わることになった。素養のある者ならすぐ使えるようになるらしいが、さて、俺はどうなんだろう?

 



 翌朝、午前七時。

「やっべ、忘れてた……」

 今日は金曜日。

 学校じゃん。

 とりあえず、家に帰ろう。

「しかし……」

 東田に何も言わないわけにもいかんな。

 と、そこへ東田登場。というか、唐突に襖が開いたらそこにいた。

「おはようございます」

「お、おはよう」

「朝食は摂られますか?」

「あ、ああそれなんだけどな、昨日は忘れてたけど、今日学校じゃん。だから一回家に帰って、と思ったんだよ。なんかごちそうになってばっかりで、悪い気もするしさ」

「そうですか、わかりました。ではすぐに車を手配しますね。あ、その浴衣は差し上げますので……」

 では、と言って襖が閉まった。


 中略。学校に到着。

 略した部分は、家に帰って制服に着替え、かばんに教科書類を突っ込み、母さんの遺影に一応挨拶して、自転車を飛ばしてきたってところだ。面白みはない。

 教室で朝食用の総菜パンをもそもそと食う。一人の食事はやはり味気なく感じる。

 今日の放課後、再び東田邸にお邪魔し、字術を基礎から教えてもらうことになっている。十手は布の袋に入れて鞄の中にある。

 いろいろなことがありすぎて、今日も授業に集中はできなかった。

 今度の試験、若干まずいかもしれんな、なんて考えつつ。




初めて投稿する作品のため、至らない点も多くあるかと思います。ご意見、ご指摘、ご感想などお待ちしています。



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