第4話 攻守交替――アームリザード(armlizard)
リジアム系第4惑星ゾディには、地球の熱帯雨林に似た場所が存在します。赤道付近にあるその地域は、レヴィヤス(leviath)と名付けられています。アームリザードは、レヴィヤスに生息する巨大な草食動物です。
アームリザードの体は大蛇のように太くて長く、大きなものでは2メートルを超します。先端、頭の部分には大きな目と口があり、他端、尻尾の先には肛門があります。体全体が短い毛に覆われており、オスとメスで体色が異なります。どちらもお腹側の色が薄く、背中に行くほど濃くなるグラデーションがかかっていますが、メスは青色、オスは緑色をしています。また大人のオスは、頭頂部が赤くなっており、繁殖期にはさらに赤みと広さが増し、顔全体が赤くなります。
大蛇のよう、と書きましたが、アームリザードには太くて短い足が2本生えています。足は体の中央にあり、体をU字型に曲げた姿勢で、ゆったりと大地を歩き回ります。地面に生える植物を食べるときや、メタンを飲むときなどは、尻尾を上げたまま頭だけ下げ、体をh字型にします(ゾディには水はほとんど存在せず、地球の水に相当するものは液体のメタンです)。
さて、ここで惑星ゾディの気候について触れておきましょう。ゾディの平均気温は-100℃を下回ります。それでもメタンの沸点よりは高く、ゾディの海は常に蒸気を発しています。ゾディは常にメタンの雲で覆われ、地上にはほとんど太陽の光が届きません。そのため、ゾディにはあまり大きな植物がありません。
熱帯雨林レヴィヤスには、比較的大きな植物が生えています。と言っても、樹木の高さは最大でも1メートル程度。ほとんどが50cm程度の(私達の感覚からすれば)小さな植物ばかりです。
アームリザードは、大きなものでは2メートルを超しますが、通常は大人で1メートル60cm程度。私達人間より少し小さいくらいです。これは「体長」なので、体をU字型にしたときの「高さ」はその半分、80cmから1メートル前後となります。つまり、一番高い植物とほぼ同じ高さであり、彼らは樹木の頂上付近の葉を好んで食べます。
大人のアームリザードは群れを作らず、単独で生活します。私達が最初に発見したアームリザードも、レヴィヤスの森の中を1匹でゆったりと歩いていました。体色は青、つまりメスでした。頭を少し下げ、ハース(hearth)の葉を食んでいました。ハースは、円盤状の赤く硬い葉をつける樹木で、レヴィヤスではよく見かけます。ちなみに、アームリザードはハースだけを食べるわけではなく、基本的に植物ならば何でも食べます。
さて、この熱帯雨林レヴィヤスには、その中を大河が流れています。レヴィヤス川です。傾斜の少ないこの地域を、蛇行しながら進んでいます。地球の生物同様、惑星ゾディの生物達も水が必要であり、彼らの多くがここにメタンを飲みに来ます。
そのことに気付いた私達は、しばらくの間、レヴィヤス川沿いで生物の観察を続けました。それだけで、多くの新種を次々と発見できました。ですが、いまは、アームリザードに注目しましょう。
川辺に来たアームリザードは頭を水面まで下げると、巨大な体にメタンを染み込ませるように、ずっと同じ姿勢で飲み続けます。
しかし、注意しなくてはいけません。このレヴィヤス川には、獰猛な肉食動物が生息しているのです。観察の期間中、私達は数度、メタンを飲みに来た動物がその肉食動物に襲われる現場を目撃しました。無論、アームリザードもその餌食です。
ある日、メタンを飲んでいたアームリザードの首に、突然、茶色いロープのようなものが巻きつきました。アームリザードは首を動かし逃れようとしましたが、ロープはますます絡みつくだけで、離れません。
数分間抵抗を続けたアームリザードでしたが、メタンの中では呼吸が出来ない彼らは、ついに倒れ、動かなくなってしまいました。倒れたアームリザードの体が、ロープにずるずると引っ張られ、レヴィヤス川に沈んでいきました。
彼らを襲ったのは、レヴィヤス川に生息する肉食動物、グラサクル(grasacle)です。寸胴の茶色い体と平たい尾、そして6本の足を持っています。6本の足にはカギ爪の付いた3本の指があり、それを水底に引っ掛けて獲物の抵抗に耐えます。
グラサクルの一番の特徴は、アームリザード達を襲った触手です。頭頂部から50cm近い管が伸び、その先端に空いた穴から、触手を伸ばします。この触手を相手に巻きつけ、陸生動物なら水中に引きずり込み、水生生物なら締め殺します。
また管の先端には、触手の穴を取り囲むようにドーナツ型の目が付いています。この目は複眼と言って、無数の小さな目が集まったものです。とても感度がよく、薄暗いゾディでも遠くまではっきりと見通すことが出来るようです。グラサクルは狩りの際、まずこの複眼で獲物を探します。管が、ちょうど潜水艦の潜望鏡のようになっているため、水中から川辺の生物を探すことも出来ます。そして獲物を見つけると、標準をあわせ、一気に触手を伸ばして捕まえるのです。(ちなみに、グラサクルは顔にも小さな目が付いていますが、こちらは明暗がわかる程度のようです)
ところで、グラサクルの体長は、管の長さを除くと80cmくらいしかありません。自分の2倍近い大きさのアームリザードを捕まえて、食べきれるのでしょうか。
心配には及びません。グラサクルは非常に大食いのため、このくらいペロリと食べてしまいます。それだけではありません。実はこれは、捕まえたグラサクル本人だけで食べるわけではないのです。私達がこの現場を目撃したのは、ちょうど夏でした。この時期、グラサクルは繁殖期であり、水底の巣に5~6匹の子ども達がいるのです。捕らえたアームリザードは、食べ盛りの子ども達が綺麗に食べ切ったことでしょう。
季節はめぐり、冬になりました。
レヴィヤスは地球の熱帯雨林に似ていると書きましたが、冬が訪れる点で、大きく異なります。惑星ゾディは地軸(惑星の自転の回転軸)が大きく傾いているため、赤道付近であっても常夏とならず、夏と冬が存在するのです。ちなみに、夏も冬も、年に2回ずつ訪れます。
冬になると、レヴィヤスの植物達は種子を残してほとんど枯れてしまいます。そのため、草食動物たちは植物を求めて北や南に移動し、肉食動物たちもそれを追います。
しかし、アームリザードは移動しません。陸上から肉食動物が姿を消したいまが、彼らの繁殖の時期なのです。
冒頭に少し書いた通り、この時期、アームリザードのオスの顔が、赤く染まります。血気盛んなオスたちが、メスを求め争う点は、地球の生物たちと共通しています。
では、アームリザードの求愛を見てみましょう。
アームリザードの世界では、体がより大きく、そしてより力持ちのオスが、メスにもてます。そのため、オスたちはまず、メスの前で自分達の体の大きさを比べ合います。U字型に曲げた姿勢のまま、頭と尻尾を伸ばし、自分の体を少しでも大きく見せます。
次に、ケンカ。最初の“背比べ”で決着が付くこともありますが、たいていは背丈がさほど変わらないので、ケンカで決着を付けることになります。アームリザードのケンカは、首をぶつけ合うことで行われます。長い首を、どちらかが降参するまでぶつけ合うのです。
しかし、見事ケンカに勝利したオスがメスの心を掴めるかと言うと、そうとは限りません。このあとさらに、メスとのダンスが待っているのです。
他のオスを撃退したオスは、まず、メスに寄り添います。すると、あるタイミングでメスが首を下げるのです。オスはこれに、ピッタリ付いていかなくてはなりません。その後も、メスは首を上げたり下げたりを繰り返します。上げたかと思えば下げ、下げる途中で上げたりします。メスのこの動きにタイミングを合わせ、綺麗にダンスできたオスだけが、メスの心を掴むことが出来るのです。
オスを受け入れ、交尾を終えたアームリザードのメスは、枯れ枝や枯葉を集めて作った巣の中に5~6個の卵を産みます。卵はマグカップほどの大きさ。ほぼ球形で、茶色をしています。産卵から孵化までは約10日。孵化した子ども達は、20cmくらいしかありません。大人の大きさになるには、3年程度かかります。
ところで、植物が枯れてしまったこのレヴィヤスで、アームリザードは何を食べるのでしょうか。
肩透かしのような答えですが、アームリザードはこの枯れた植物を食べるのです。アームリザードの巨大な体の中には、枯れ枝を消化・吸収できる特殊な器官が備わっています。地球の生物の盲腸を、より強力にしたような器官で、私達は「大盲腸(bigger-cecum)」と呼んでいます。大盲腸のおかげで、わずかに残った植物の葉や、枯れ枝からでも、栄養分を吸収することが出来るのです。
ですがこれは、大人の場合です。大盲腸は、ある程度の大きさに成長しないと、その真価を発揮できません。体の小さな子どもでは大盲腸が十分な大きさになれないため、枯れ枝を消化・吸収できません。では、子ども達は何を食べるのでしょう。
実は子ども達は、肉を食べるのです。つまりアームリザードの赤ん坊は、他の動物を食べる肉食動物なのです。
地球には、私達人間を始め、肉も草も食べる雑食性の動物は多く存在します。その点で、肉と草を食べるアームリザードの生態は、特に奇異なものではありません。しかしアームリザードの場合、子どもの間は肉だけを食べ、大人になると草だけを食べるという点で、地球の雑食動物と大きく異なります。むしろチョウなど、親と子で姿かたちが全く異なる生物の生態に似ています。
子ども達の持つ消化器官でも、肉を消化することは可能です。また大人のアームリザードは、葉を食べるのに適した平たい歯を生やしていますが、子どものうちは歯の表面がギザギザしており、これは肉を食べるのに適しています。体が大人のサイズになるまでの3年間、子ども達はこの歯で肉を食べます。そして3年後には歯が磨り減り、葉を食べるのに適した平たい歯になるのです。
この両生類ならぬ「両食類」とも呼ぶべき生態は、どのような進化の過程を経た結果なのでしょうか。私達は、次の2つの説を立てています。
1つめ。彼らの先祖は肉食であり、なんらかの理由で体が巨大化し、それに合わせて草食化したとする説。もともと草食に適さない消化器官しか持っていなかった彼らが、体が巨大化することで大盲腸を獲得し、草食に移行したとする考えです。ただし、何故体が巨大化したのかは、現在のところ全くわかりません。
2つめ。彼らの先祖は草食であり、さらに元々もっと巨大な生物であったのに、小さくなってしまったため肉食化したとする説。アームリザードも元々は他の草食動物同様、冬には移動をしていたのに、肉食動物のいないレヴィヤスでの繁殖という行動を取ったため、冬に充分な栄養を取れなくなり、少ない栄養分に合わせて体が小さくなったとする考えです。
両者は、全く逆の考えです。アームリザード達は草食化したのでしょうか、肉食化したのでしょうか。私達は2つめの説、すなわち肉食化説を有力視しています。もし草食化したのだとすれば、彼らの体には肉食だった頃の名残(例えば、獲物を捕らえるのに適した鋭い牙や爪など)があるはずです。しかしこれまでの観察では、そのような名残は一切見つかっていません。このことから、私達は肉食化説を推しています。
そう、アームリザードの体には、獲物を捕らえるのに適した機能が何一つ備わっていないのです。そんな中、アームリザードの両親は、どうやって肉を得るのでしょう。そもそも、冬のレヴィヤスには生物がほとんど残っていません。獲物はどこで探すのでしょう。
その答えは、レヴィアス川にあります。
アームリザードは、夫婦で子育てをします。その夫婦が巣に子ども達を残し、揃ってレヴィヤス川に向かいました。他の生物の姿がほとんどないレヴィヤス川で、オスが頭を下げて、川のメタンを飲み始めました。
そのときです。
突然、アームリザードの首に茶色いロープのようなものが、巻きつきました。グラサクルの触手です。このままでは、子ども達の父親がグラサクルの餌食になってしまいます。
ところが、そうはなりません。次の瞬間、母親がグラサクルの触手に噛み付きました。慌てたグラサクルが触手を解き、引っ込めようとしますが、さらに父親まで触手に噛み付きました。そのまま、夫婦がタイミングを合わせ、求愛のダンスのように大きく首を持ち上げます。
グラサクルの足には鉤爪が付いているため、アームリザードに抵抗されても、踏ん張りが利きます。しかし、相手が2頭となると話は別です。ましてや上に引っ張られては、抗う術がありません。
川から釣り上げられたグラサクルは、そのまま1メートル近い高さから、硬い地面に一気に叩き付けられます。何度も何度も叩き付けられるうちに、ほとんどのグラサクルが気を失うか、悪ければ死んでしまいます。夫婦はこのグラサクルを、巣に持ち帰ります。
巣には、5~6匹の子ども達が待っています。クィークィー、と鳴き声を上げる子ども達は、両親が持ち帰ったグラサクルを一斉に食べ始めます。
夏になるまでの4分の1年間、子ども達はこうして両親に食べ物を貰います。しかし夏になり、レヴィヤスに動物達が戻ってくると、子ども達は兄弟だけで群れて生活し、小さな草食動物を捕まえます。夏の間に1メートル近くまで成長した子ども達は、2度目の冬を迎えると、今度は自分達だけでグラサクルを捕まえます。
グラサクルは、日ごろアームリザード達を食べています。そしてアームリザードも、グラサクルを食べて成長します。彼らはお互い、自分の仲間を食べた相手を食べ、生きているのです。