第1話 3つの性別――オービックテイルとマウズ(orbictail and mouths)
私達人間には、男と女がいます。地球上のほとんどの生物も、オスとメスの2つの性別があるか、あるいは性別が無いかの、どちらかです。ヘリアン系第4惑星アルゴニーで生物が発見されるまで、私達はみな、「生物の性別は、2種類までだ」と思い込んでいました。実際、それまでに発見されていた宇宙生物の性別は、0か、1か、2の、いずれかだったのです。
ところが、アルゴニーで発見されたオービックテイルとマウズは、その記録を上回る生物でした。彼らには、性別が3つ、存在するのです。
まず、オービックテイルからご紹介しましょう。
オービックテイルは、野球ボールより少し大きいくらいのサイズの虫です。最初に発見されたものは、大きさが8cm程度のものでした。のちの研究で、このサイズが大人のサイズであることがわかりました。全体的に丸い体をしており、体中に短く茶色い毛がびっしり生えています。クモのような長くて細い4本の足を動かし、緑色の葉っぱ(アルゴニーの植物は、地球と同じく緑色をしています)の上を走り回っていました。その頭には、3つの黒い目があります。3つの目のうち、左右の2つは私達と同じ可視光線を、真ん中のひとつは紫外線を見ていることが、最近の研究でわかりました。また口は、皮膚が伸びることで、自分の体と同じくらいの大きさにまで広げることが出来ます。非常にすばしっこく、また獰猛で、虫でも植物でも、口に入るサイズのものは何でも食べてしまいます。オービックテイルの内臓は、たいていの物は消化・吸収出来てしまうようなのです。
そして最も目を引くのが、名前の由来にもなっている、尻尾のような部分です。丸いからだの後ろが先細りとなり、その先端にまた、小さな球がついているのです。この球は何のためにあるのか、発見後しばらく謎でした。攻撃に使う様子も、防御に使う様子も、全く無いからです。最初は何かの感覚器官ではないかと考えましたが、それは間違いでした。この球は、生殖器の一種だったのです。
早速出て来ましたね、生殖器。この生殖器は繁殖期にしか現れないのですが、偶然にも、最初に発見したのが繁殖期だったため、名前の由来となりました。
一方、その数ヵ月後に、オービックテイルとよく似た、しかしサイズが2~3cmの小さな虫が、十数匹の集団で発見されました。地面に落ちていた植物の種に群がって、齧っていたのです。初めは子どもだと考えられましたが、観察の結果、これで大人だと判明しました。オスとの違いは、サイズのほか、目の数と口の大きさがあります。目は2つしかありません。オスにあった紫外線を見る目が、存在しないのです。また口は小さくて硬く、植物の種などを削るように食べます。発見されたのが繁殖期ではなかったため、尻尾と、その先端の球もありませんでした。もちろん、繁殖期になれば、尻尾と球は現れます。
私達は、先に発見された体の大きなオービックテイルを「オス」と考え、あとに発見された小さな方を「メス」と考えました。
ここで、「オス」と「メス」の定義を、はっきりさせておきましょう。地球生物であれば、精子を作る方がオス、卵子を作る方がメスです。活発に動き回る精子が、ほとんど動かない卵子に結合することで受精し、受精卵となります。
宇宙生物学では、この定義は使えなくなります。精子がほとんど動かなかったり、卵子が活発に動き回ったりする生物が、たくさん発見されたからです。そこで宇宙生物学では、性別を決めるに当たり、次の2つの条件を設けました。
1つめ。妊娠したり、卵を産んだりする方がメス、そうでない方がオス。
2つめ。2つの生殖細胞のうち、大きな生殖細胞を作る方がメス、小さな生殖細胞を作る方がオス。
この2つめの条件は、1つめの条件で決定できない場合に適用されます。例えば、互いに生殖細胞を体の外に出し、それを受精させ、そのまま外に放置する場合は、1つめの条件では決定できません――どちらも妊娠せず、卵も産まないからです。また、2つめの条件でも決定できない場合があります――全ての生殖細胞が、全く同じ大きさ・形状の場合や、そもそも生殖細胞を作らない場合です。この場合は、「有性生殖はするが、性別は1つ」と考えることにしました。
では、オービックテイルの場合は、どうでしょう。
例の尻尾は、最初のオービックテイル発見から数日後に、突如消えてしまいました。そこで、これは生殖器官なのではないかと、私達は当たりをつけました。つまり、繁殖期にのみ尻尾が現れ、それ以外の期間では体内に格納してしまうのではないか、と考えたのです。もしそうなら、アルゴニーでの1年後に、再び尻尾が現れるはずです。
アルゴニーでの1年が経過すると、予想通り、尻尾が現れました。そこで私達は、これが生殖器官であることを確定させるため、何匹かの尻尾を切り開いてその内部を調べてみました。結果、内部からは生殖細胞が無数に出て来ました。先に発見された体の大きなオービックテイルからは小さな生殖細胞が、後に発見された体の小さなオービックテイルからは大きな生殖細胞が、それぞれ出て来ました。よって私達は、大きい方をオス、小さい方をメス、と決定したのです。
どうして出てきた細胞が、生殖細胞だとわかったのか、疑問に思うかもしれません。でもそれは、難しいことではありません。遺伝子の数を調べれば良いのです。
生殖細胞は、生殖細胞以外の細胞(これを体細胞と言います)に比べ、遺伝子の数が半分になっています。オスとメス、両方の生殖細胞が合わさることで、遺伝子の個数が体細胞の遺伝子の個数と等しくなるわけです。オービックテイルの尻尾から出てきた細胞も、遺伝子の数が体細胞のそれよりも少なかったのです。
ですが、少なすぎました。
オービックテイルの生殖細胞には、体細胞の3分の1の遺伝子しかなかったのです。初めは、解剖の途中で何かミスをしたのだと思いました。しかし何度調べても、やっぱり3分の1の遺伝子しか出てきません。
いったい、何故なのか。後になって考えてみれば、どうしてこんな簡単なことがわからなかったのか、不思議に思いますが、私達は何ヶ月もこの問題に頭を悩ませていました。「性別は2つまでしかない」という固定観念に、支配されていたのです。そのため、「受精後、遺伝子がさらに増えるのではないか」とか、「体細胞の遺伝子には、同じ遺伝子がいくつもあるのではないか」とか、様々な説が飛び交いましたが、結局、そのどれもが異なることがわかりました。
答えがわかったのは、最初のオービックテイルが発見されてから、アルゴニーでの2年が経ったときでした。再びめぐってきたオービックテイルの繁殖の時期、私達はある奇怪な生物を発見しました。一見するとオービックテイルなのですが、体が倍近く“長い”のです。
オービックテイルは、ほぼ丸い形をしていました。生殖器が無ければ、上から見たときの形は円盤状です。それが、虫眼鏡のような形となり、4本の足で元気に走り回っていたのです。「オス」と同様に3つの目と大きな口を持ち、虫も植物も食べてしまいます。そして本来生殖器がある場所に、オービックテイルと同じくらいのサイズの、小さな円筒状のものが付いていたのです。その部分には、茶色い毛も生えていません。
口の反対側、お尻の方には、茶色い毛に包まれた小さな球が付いていました。そしてよく見るとそれは、目と足を失った「メス」のオービックテイルだったのです。
つまり、「オス」のオービックテイルと「メス」のオービックテイルが、円筒状の物で繋がっていたのです。ただし、どうやら「メス」の方は、生きている様子はありませんでした。目も足も失っていましたし、口もなくなっていたのです。ただ胴体が付いているだけでした。
いったい、何が起こったのでしょうか。観察を続けるうちに、私達は気が付きました。
「この円筒状の部分は、マウズに似ている」と。
ようやく、マウズの登場です。マウズとは、オービックテイルが発見される1ヶ月ほど前に発見されていた、大人しい虫です。体長は3cmほどで、円筒形の体に小さな丸い足を付け、のそのそと歩き回ります。短いイモムシを想像してくだされば、良いでしょう。灰色の体には、目も耳もなく、代わりに、無数の小さな穴が空いています。この穴が「鼻」の役割をして、周囲の情報を得ているようなのです。さらに、体の前後には、それぞれ1つずつ「口」が存在します。最初に発見されたマウズは、この前後2つの口で、せっせと葉っぱを齧っていました。
あまりにもオービックテイルと形が異なるため、のちにオービックテイルが発見されても、まさか同じ生物だとは誰も思いませんでした。ところがこのマウズこそが、オービックテイルの第3の性だったのです。
円筒部分がマウズに似ていると気付くや否や、私達はすぐに、オービックテイルの「オス」と「メス」、そしてマウズを、ひとつのケースで飼育しました。
結果は、ビンゴでした。
まず、オスとメスが近付き、求愛行動を始めました。互いに体をこすり合わせ、相手の生殖器を観察するのです。2匹はその後、しばらく体をこすり合わせ続けました。
するとそこに、マウズが近付いて行ったのです。どうやら、体をこすり合わせることで、フェルモンのような物質を生み出しているらしいのです。マウズはその匂いを感じ取り、2匹の元へ向かいました。
そしてマウズは、その2つの口で、オスとメスの生殖器をくわえたのです。
こうして、私達が発見した、奇怪な生物が誕生しました。虫眼鏡状のオービックテイルです。結合直後は、メスもまだ元気ですが、次第に衰え、目と足と口がなくなってしまいます。また、マウズの口も2匹に固着し、決して離れないようになります。
見た目だけではなく、中身も変化します。メスの体内からは消化器官が消え、オスが摂取した栄養を、マウズを介して吸収するようになります。
またオスの体内からは、心臓が消えます。その役割は、メスが担うのです。メスは消化器官が消えたことで空いたスペースを、心臓で埋めます。巨大な心臓が、オスの体内にまで血液を送ります。一方、オスの体内では消化器官が発達し、これまでよりもさらに多くの種類のものを消化・吸収できるようにします。
ところで、肝心の生殖活動は、どうなっているのでしょうか。その秘密は、マウズが握っています。
メスの体内から消化器官が消えたのと同様、マウズの体内でも消化器官が消えます。そしてその空いたスペースに、子宮が出来るのです。オスとメス、そしてマウズ自身の生殖細胞が、そこで結合し、受精卵を作り、成長するのです。
何故、このような不思議な生態を持つように至ったのでしょうか。その理由はまだ解明されていませんが、私達は次のように考えています。
もともとオービックテイルは、他の生物同様、2種類の性しか持っていませんでした。そしてオービックテイルは、マウズの体内に卵を産み付ける寄生生物だったのです。ところが、逆にそれを利用するマウズが現れました。体内に産み付けられた卵に、自分の遺伝子を入れ、それを育ててしまうマウズです。いわば、寄生生物に、寄生し返したのです。その結果、そのマウズの体内からは、オービックテイルとマウズの両方が、それぞれ不完全な形で誕生することとなりました。滅茶苦茶な遺伝子を受け継いだのですから、当然です。そんなことが何世代も繰り返されるうちに、現在のような形になったのではないか。私達はそう考えています。
この説が正しいかどうかは、まだわかっていません。これを証明するためには、オービックテイルとマウズ、そしてアルゴニーの生物達の遺伝子情報を調べれば良いだろうと考えています。進化の枝分かれの中で、近しい生物同士は似通った遺伝子情報を持っています。もしオービックテイルとマウズの遺伝子情報が、他の生物よりも離れていれば、この2種類は元々別の生物だったと考えられます。逆に、もし似通った遺伝子情報を持っていたら、上の説は否定されるべきです。
どちらにせよ、現状彼らの性が3つあることに違いはありません。では、この3種類の性は、なんと呼び分けるべきしょうか。私達は、最初に発見したオービックテイルを「オス」、後に発見したオービックテイルを「メス」と呼び、残りの1つの性を「マウ(mou)」と呼んでいます。
しかし、この命名は実は適切ではないことに、お気づきでしょうか。そう、もともと私達は、「妊娠する方をメス」と定義していたのです。ですが、彼らの中で妊娠するのは「マウ」です。そこで私達は、性別を決める第1の定義は、もはや使えない、捨てるべきものだと主張しています。まだ一般的に受け入れられている考え方ではありませんが、今後いくつもの性別を持つ宇宙生物が発見されていけば、性別の定義は大きく変わっていくでしょう。それがどのように変わっていくかは、私にはとても想像できません。
さて、あと少しだけ、オービックテイルとマウズの観察を続けましょう。
いまやオービックテイルのオスとメス、そしてマウズは結合し、あたかも1匹のオービックテイルのようになっています。事実、この体は死ぬまで3つに分かれることはありません。
オービックテイル(及びマウズ)の妊娠期間は、約10日です。その頃になると、マウズの体が大きく膨らみ、今にも破裂しそうになります。
そして、破裂します。
マウズの体には、鼻に相当する無数の穴が空いていました。小さな子ども達は、その穴を食い破り、マウズの体内からわらわらと出てくるのです。
当然、こうなってしまえば、マウズの体はボロボロになり、子ども達が出て行った後は残骸しか残りません。オービックテールのオスとメスは、互いの体を繋ぐパイプを失い、メスは地面に落ちます。口の無いメスは栄養を摂ることが出来ず、やがて死んでしまいます。またオスも、心臓が無いため、すぐに死んでしまいます。
300匹を超える子ども達は、生まれたときから、オス、メス、そしてマウに分かれています。その比率は、1:1:1です。小さなオスの頭には目が3つあり、メスには2つ。そしてマウズは、丸い体でのそのそと歩き回ります。
彼らの寿命は、アルゴニー時間で約5年。しかし、2年ほどで大人になり、大人になった子ども達のほとんどは、その年のうちに死んでしまいます。